2017年11月10日

「湖の男」

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アーナルデュル・インドリダソン 著
柳沢 由実子 訳
東京創元社

 エーレンデュル捜査官シリーズの「」の次の作品です。このシリーズはいつも、周囲にとっては終わってしまったように見える過去も、本人や身近な人にとっては終わっていないということを突きつけてくるように感じますが、今回も冒頭からそれを感じました。1970年前後に殺され、ロシアの盗聴器という重し付きで湖に沈められた中年男性の白骨が、アイスランドのある湖の水位がさがったことにより発見されるところから始まっているためです。

 その殺人事件と並行して語られるのは、第二次世界大戦後、まだ戦争の爪痕が生々しかったころ、奨学金を得てアイスランドからライプツィヒに留学した青年の学生生活です。青年は、大学で知り合ったハンガリー出身の女性と恋に落ち、幸せな日々を過ごしていましたが、それは共産主義独特の監視社会のなかでのことです。自分の眼を信じ、自分の頭で考え、自らの力で未来を切り開こうと考える人たちにとって幸せな環境ではありません。そうして悲劇が生まれました。

 最後の最後まで、青年の学生生活と殺人事件がどう結びつくのかわからず、なぜロシアの盗聴器という特殊な重しが使われたのか疑問に思いながら、最後まで一気に読んでしまいました。すべての謎が解けたとき、事件を解決する警察小説として上出来だと思うと同時に、「一九八四年」を読んだときに感じた監視社会の恐ろしさを思い出しました。

 わたしたちには忘れられないこともあれば、忘れてはいけないこともあるのだと、あらためて思いました。
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2017年11月06日

「声」

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アーナルデュル・インドリダソン 著
柳沢 由実子 訳
東京創元社

湿地」や「緑衣の女」と同じエーレンデュル捜査官シリーズです。このシリーズはどの作品においても、過去のできごとを掘りさげる点と喪失感が感じられる点が共通点だと思います。この「声」では、とりわけ喪失感を強く感じました。子ども時代に大切なものを失い、それを背負って生きていく過酷さは、おとなのそれとは比べ物になりません。それなのに、次々とそういった子ども時代の受難が明らかになります。

 クリスマス直前のアイスランドの寒々とした気候とあいまって、明るい雰囲気とは縁のない作品なのですが、読み始めると止まらなくなります。

 それは、思いもしないシチュエーションで殺人事件が発生(発覚)するところから始まり、ひと息つく間もなく、次々と怪しい、つまり犯人だと疑いたくなる人物が登場し、そんな疑われるような態度や行動におよんだのはなぜかという謎が、ひとつひとつテンポよく解き明かされるからだと思います。また、怪しい人物それぞれが抱えている問題にリアリティがあり、小さなドラマが見え隠れしていて、眼を離せないのかもしれません。そして何より、割り切れない、グレーの部分が残されているために、事件の現実味が増すのだと思います。
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2017年10月29日

「日本語の古典」

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山口 仲美 著
岩波書店 出版

 奈良時代の「古事記」から江戸末期の「春色梅児誉美(しゅんしょくうめごよみ)」まで、作品中に使われていることばに注目しながら、古典名作を紹介しています。

 著者が選んだ『ことば』という切り口で見たとき、もっとも驚いたエピソードは、「古事記」です。『ねぐ』ということばが取りあげられているのですが、これはのちに『ねぎらう』を派生させたことばです。

 景行(けいこう)天皇がヤマトタケル(幼名:オウスノミコト)に「何(なに)とかも汝(なむち)が兄(え)の朝夕(あしたゆふべ)の大御食(おほみけ)に参(ま)ゐ出(い)で来(こ)ぬ。専(もは)ら汝ねぎし教(をし)え覚(さと)せ」と言いました。「どうしてお前の兄は朝夕の食膳に出て来ないのか? よくお前からねぎらい教えさとしなさい」という意味だそうです。この兄は、オオウスノミコトのことですが、このあと弟に殺されてしまいました。なぜなら、弟が『ねぐ』をそういう意味にとったからです。著者は、ヤクザ仲間や運動部で「かわいがる」と言うと「痛めつける」「しごく」ことを意味するのと同じように、オウスノミコトが『ねぐ』を痛めつけて始末する意味にとったと説明しています。

 怖い話です。痛めつけた結果の傷は癒えても、殺してしまっては取り返しがつきません。それだけに、オウスノミコトの気性がよく伝わってきます。

 ほかにも、古典が数多く登場しますが、翻訳に関係する印象的な古典がふたつありました。ひとつは「伊曽保物語」です。わたしの学生時代の成績は、目も当てられないほどだったので、これが「イソップ物語」の翻訳で、しかも1593年刊行と、江戸時代より前に訳されていたとは知らず、驚きました。

 もうひとつは、「解体新書」の翻訳をしたとされる杉田玄白が書いた「蘭東(らんとう)事始」(一般的に「蘭学事始」として知られている書の原書名)です。「解体新書」のクレジットには、杉田玄白の名しかありませんでしたが、実は、杉田玄白にとって師と呼べる前野良沢が翻訳において最も大きな役割を果たしていました。その結果、前野良沢との関係が壊れてしまい、杉田玄白は、この「蘭東事始」で「解体新書」の経緯を詳らかにしたかったのではないかと著者は、解説しています。

 この著者の解説を読めば、ふだん接することのない古典も、おもしろい読み物に感じられました。
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2017年10月28日

「ガイコツと探偵をする方法」

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レイ・ペリー (Leigh Perry) 著
木下 淳子 訳
東京創元社 出版

 原題は「A SKELETON IN THE FAMILY」です。これは「A SKELETON IN THE CLOSET」とか「A SKELETON IN THE CUPBOARD」とか「A FAMILY SKELETON」(直訳すると「クローゼット(戸棚)のなかの骸骨」とか「家族の骸骨」という意味)をモジッています。「英語クリーシェ辞典」(ベティ・カークパトリック著、研究社出版)によると、恥ずべき秘密を指す言い回しだそうです。殺された人の遺体が戸棚などに隠されていて、もう白骨化しているという発想からくるもので、19世紀中頃からクリーシェになったそうです。「Scholastic Dictionary of Idioms」(Marvin Terban著、Scholastic Inc.出版)では、語源は不明としつつも、もう少し踏みこんで、ある男が敵を殺してクローゼットに隠していたものの結局はその骸骨が見つかってしまった話があったと書かれています。

 このクリーシェを文字どおりにとって、その意味としたのが本作品です。つまり、クローゼットのなか(あるいは屋根裏部屋)に骸骨がいて、その骸骨が外聞をはばかる秘密だという設定です。タイトルのとおり、そのガイコツと一緒に謎を解かんと探偵のように奮闘するのですから、そのガイコツ(名前はシド)は、眼球もないのみ見ることができ、脳もないのに考えることができ、舌もないのに喋ることができます。おまけにユーモアのセンス(少し子供っぽいというかオジサンっぽい)も持ちあわせています。そして、その相棒となるのは、一家の次女ジョージアです。ジョージアは、6歳のときに初めてシドと出会い、約30年経ったいまは、ティーンエージャーの娘を抱えるシングルマザーです。

 語源どおり、この作品でもガイコツが見つかってしまうのかハラハラしますが、シドの描写と人格というか骸骨格(純粋に『人』とは呼びにくいですから)が、ことばの遊びにもなっていて、謎解きと同じくらい楽しめました。
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2017年10月24日

「私小説 from left to right」

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水村 美苗 著
筑摩書房 出版

 わたしにとって、斬新としかいいようのない形式の小説でした。横書きで、英語の文と日本語の文が入り混じっています (日本語の文に英語の単語が挿入されたりもしています)。外国人と結婚した友人などが配偶者や子どもたちと話しているときの様子そのままに、小説のなかで会話が交わされ、独白がなされる小説というわけです。しかも『〜である』調です。

 12歳のとき、両親と姉とともにアメリカに渡り、その後およそ20年経っても大学院に籍を置きながらアメリカに暮らす、この小説のなかの30代の美苗は、帰る家(家庭という意味でもあり物理的な場所という意味でもあります) を奪われ、孤独に苛まれていると、この小説のなかで語っています。いつまでも大学院生であり続けることもできず、日本に帰るべく行動を起こすこともできず、宙ぶらりんでいる美苗が振り返る過去を読むと、日本で生まれ育った日本人が意識したこともない事柄、とくに日本人やその価値観に関係することが、いろいろ理解できました。また、日本語を拠りどころに過ごした美苗の学生時代を読めば、「日本語が亡びるとき」で著者が国語教育を充実させなければならないと力説した気持ちが以前よりわかったような気もします。

 そのいっぽうで、この小説のなかの話は、あくまでも過去のことであり、限られた環境下の話だと思わずにはいられませんでした。日本において、一億総中流時代は遠い過去になり、村や町といったコミュニティの姿も変わり、外国人労働者に頼る事業が増え、『格差社会』ということばが浸透したいま、この小説のなかの美苗が語る内容は、恵まれたお嬢さまの憂鬱に映り、現代の同世代の読者が、美苗の悩みに共感するのは難しいのかもしれないとも思いました。
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2017年10月23日

「謎解きの英文法 文の意味」

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久野 すすむ/高見 健一 著
くろしお出版 出版

 あまり期待せず軽い気持ちで借りたのですが、想像を遥かに超えて良かったです。こういう本で文法を学べば、文法に対する苦手意識を持つわたしのような学習者が減るのではないかと思ったほどです。

 特に勉強になったと思ったのは、I.二重目的語構文と II.受動態です。

I.二重目的語構文

 二重目的語は、以下の a. ような文です。
a. John taught Mary English.
b. John taught English to Mary.

 まず、驚いたのが、a. と b. では、b. のほうが基本だということです。以下 c. から d. は、どれも似ていますが、冠詞の違いに気をつけてみると、c. だけが旧情報 (the) よりあとに新情報 (a) 情報が出現します。よって、c. は自然な流れです。いっぽう、d. も e. も新情報より旧情報があとにきていますが、d. は基本形なので、自然な文になりますが、e. は不自然になります。あくまで、この一文で見た場合に限るので、前後の流れによって結果が変わることはあるそうです。

c. John gave the book to a girl. (自然)
d. John gave a book to the girl. (自然)
e. John gave a girl the book. (不自然)
 
 さらに、a. と b. には、ニュアンスの違いがあって、a. は、「ジョンがメアリーに英語を教えた」結果、メアリーが英語を学んで身につけたという含意があるのに対して、b. には、そのような含意がないそうです。いままで知らずに使っていました。

II.受動態

 受動態の項では、自然な受動態の文になるためには、以下の 1. と 2. (2-1.または2-2.) の条件を満たす必要があると説明されていました。

1. 能動形で他動詞となる文は、目的語の指示対象(つまり他動詞の目的語)が、動詞が表す動作の総体的ターゲットでなければならない。

『総体的ターゲット』ということばが、わたしには難しかったのですが、影響を受けて変化がもたらされるといった何かのターゲットになるという意味のようです。たとえば、ふつうの教授がひとり退職したことによって大学が受ける影響はないと考えるのが一般的なのでと、以下の (1) は、受動態として不自然になるそうです。

(1) The University of Hawaii was quit by Professor Smith in 1960.

2. 2-1.または2-2.の条件を満たさなければならない。

2-1. 受け身文は、その動詞が表わす動作が、その主語の指示対象の状態に変化をもたらしたことに関心を寄せる内容でなければならない。

(2-1) Today's mail was delivered by our regular mailman.

(2-1) は、昨日の郵便ではなく、今日の郵便に注目しているので、自然な受け身文です。

2-2. 受け身文は、話し手がその主語を性格づける内容でなければならない。

(2-2) Hamlet has been ready by millions of people all over the world.

(2-2) の場合、ハムレットが世界中の何百万人という人々に読まれるほどだという特徴を表わしているので、自然な受け身文です。

 二重目的語構文にしろ受動態にしろ、学生のころ、書き換え問題を散々させられた記憶がありますが、最終的には何もないところから自分の意見を書くことが求められるのですから、能動態を受動態にする手順、あるいはその逆の手順といったことより、こういった理論を学ぶべきだったと思います。
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2017年09月30日

「アフリカの印象」

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レーモン・ルーセル (Raymond Roussel) 著
坂口 恭平 イラスト
國分 俊宏 訳
伽鹿舎 出版

 わたしの想像を超えた作品でした。まず、タイトルに『アフリカ』ということばがあるにもかかわらず、架空の国の架空の国王の戴冠式から物語は始まります。それでも、やはりアフリカ大陸のどこかだとイメージして読み進めるのですが、舞台がアフリカだろうとどこだろうと関係ないような非現実的な描写が続き、まるで大きな見世物小屋を次から次へと覗いているような感覚に見舞われます。しかも、眼の前に繰り広げられる戴冠式のあれこれを観察している『私』が誰なのか、なぜ国内の事情に通じているのか、明かされるのは、中盤になってからです。

 物語の展開だけでなく、形式面から見ても、変わっていて抄訳です。さらに、イラストも超のつく個性派で、国籍や人種を超えています。帯には『摩訶不思議な世界』とありましたが、まさにそんな印象です。作家紹介では、1877年生まれ1933年没となっていますが、書かれた時代も感じさせません。

 時代や国籍や小説の形式といった枠を何も感じさせない、わたしの理解を遥かに超えた作品で、SFすら苦手なわたしには、消化しきれませんでした。
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2017年09月29日

「英語生活力検定」

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小山内 大 著
大修館書店 出版

 英語で仕事をしているので、それこそ何千回も使ってきた言い回しをいくつも知っているいっぽう、日常的な会話は、ほとんどできません。会議の合い間など些細なやりとりに困ってはいるものの、優先度の高いほかのことに時間をとられてなかなか習得できないのですが、この本は、隙間時間に三択クイズなどをこなしていけば、表現が身についていく点が便利です。知らなければ、勘違いしてしまうと思ったのは、以下のような問題です。

Q1. プレゼントを渡したら、
"It's a nice gesture."と言われました。どのような意味でしょうか?

Q2. 好きな男の子にふられてしまったことを友達に話したところ、
"What a shame!" と言われました。どのような意味でしょうか?

Q3. 「ぐっすり眠りなさい」と子どもなどに言うときは
"Good night, sleep ( )." と言いますが、 ( ) に入るのは何でしょうか?

答えは、それぞれ以下のようになっています。

A1. 親切にどうもありがとう。

A2. それは残念だね。

A3. tight、fast、sound などが決まった言い方。

 やはり学んでおくべきだと思った表現は、以下です。
「今朝は頭が割れるように痛むので、病気で仕事を休むという電話をします。」

I have a ( 1-1 ) headache this morning, so I have to call in ( 1-2 ) to my office.
選択肢:
1-1 (a) beating (b) breaking (c) pounding
1-2 (a) disease (b) ill (c) sick

答えは、

1-1 (c)
1-2 (c)

"call in sick" は、「体調が悪いので、学校や会社に電話をかけて休むことを知らせる」という意味だそうです。頻繁に起こるできごとは、短い表現であらわすことがありますが、知らないと全然わからないので、コツコツ表現をためていくしかないのだろうと思いました。

 自分でも意外だったのは、物音や動物などの鳴き声や動作に関する表現は、かなり正答率が高くなりました。ミステリなどを読むせいかもしれません。
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2017年09月28日

「凍った夏」

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ジム・ケリー (Jim Kelly) 著
玉木 亨 訳
東京創元社 出版

 主人公が新聞記者フィリップ・ドライデンの「水時計」「火焔の鎖」「逆さの骨」と同じシリーズです。

 少し変わったタイトルですが、もちろん夏が本当に凍ったわけではありません。大寒波に襲われ、凍るように寒い冬に31年前の夏の事件を追っています。このシリーズは、英国のあまり良くない気候がクローズアップされることが多いのですが、今回もそのパターンです。ただ、いままでと違うのは、その31年前の事件に新聞記者のドライデン自身が多少かかわっていて、子どものころ知らされなかったものの知りたいと思ったことも解き明かしていく点です。その夏の思い出も、大寒波に見舞われた冬と同じく、氷に閉じこめられたようにドライデンのなかで凍っていたのかもしれません。

 もうひとつ、これまでと違うように感じられたのは、ドライデンが、事件を追うなかで、妻のローラと重ね合わせてみてしまう人物と出会い、何か影響を受けたように見えた点です。高次脳機能障害と思われるその登場人物は、自ら昏睡状態に閉じこもっているようなローラに比べると自由に見えるものの、ローラに比べて恵まれているとは到底思えません。そんな経験のあと、ドライデンは、ローラと一緒に暮らす決断をします。もちろん、病院の全面的なサポートを受けながらですが、一大決心であることに変わりはありません。

 これまでの三作と違った印象をもった点もありましたが、忘れ去られていい事件などないのだといわんばかりに昔の事件を掘りかえしたり、気候に恵まれない英国の暗い雰囲気満載だったり、最後の最後までドライデンが謎解きに手こずったり、ドライデンシリーズらしさもあって、いままでどおり楽しめました。
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2017年09月22日

「アメリカ銃の謎」

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エラリー・クイーン (Ellery Queen) 著
中村 有希 訳
東京創元社 出版

 数十年ぶりにエラリー・クイーンシリーズを読みました。夢中になって読んでいた学生のころを思い出しながら読み、もっとも懐かしいと感じたのは、『読者への挑戦状』で、もっとも違いを感じたのは、エラリーの若さです。

『読者への挑戦状』とは、作者はフェアプレイに徹し、読者にも謎解きをするエラリーと同じだけの手がかりを与えてきたのだから、読者もエラリーと同様に謎を解いて犯罪の形を突きとめることができるはずだと挑戦するもので、謎解きが始まる前に差しはさまれています。その『読者への挑戦状』を読むたび、きちんと手がかりを拾えなかった自分にがっかりし、そのあとの謎解きを読むたび、人々の言動ばかりに眼がいってモノに対する観察を怠ったことを思い知ったものですが、今回もまったく同じ感想を抱きました。変化のない自分を情けなく感じたものの、昔と変わらず謎解きを楽しめました。

 昔とは違って見えたのは、学生のころ、眼光鋭いオトナに見えていたエラリーが、数十年経って自分が老いたいま、細かい観察力を持つ青年に見えたことです。時の流れを痛感しました。

 今作では、2万人の観客の眼の前で殺人事件が起こり、その凶器は銃と判明します。犯人も手口も不明という謎だらけの殺人事件なのですが、最大の謎は、2万人の観客の身体検査したり、犯行現場となったザ・コロシアム(ニューヨーク)を隈なく捜索したりしても、凶器の銃が見つからなかったことです。

 最後の謎解きで、どのように凶器が持ち出されたのか判明するのですが、それは、犯人が誰かわからなければ、辿りつけない答えで、その犯人は、わたしが一番最初に犯人から除外した人物でした。あまりにあっさりと作者に騙されてしまい、小気味よいくらいでした。
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