2019年06月15日

「エレガントな象」

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阿川 弘之 著
文藝春秋 出版

 わたしは、著者より娘の佐和子氏のほうの話題をリアルタイムに聞いた世代で、著者の作品を読んだ記憶はありません。はじめて読んだ随筆ですが、第二次世界大戦時代を生き、原爆を経験した広島の生まれである著者が書く戦争の記述がずしんと響きました。

 たとえば、1945 年の春、東京空襲に来る B29 群は、湘南地方上空で大量の宣伝ビラを撒いたそうです。「鎌倉藤沢忘れたわけではありません」という気味の悪い傑作もあったそうです。数十年を経て、この随筆を書かれていたとき、別の傑作を見つけたとありました。

『日本よい国花の国
五月六月灰の国
七月八月よその国』

 著者は、このひとつの帝国が崩れ去る運命をたった 3 行で的確に表現し、七(八)五調の調べをつけ、しかも韻を踏ませたこちらの傑作が 1939 年にアメリカに亡命した八島太郎氏の作ではないかと推測しています。1956 年に八島氏にお会いになった際、「僕はね、戦争中志願してアメリカの情報機関で働いていたんだよ。空から撒く伝単用の諷刺漫画を描いたり、日本兵に投降をすすめる励ましの文章を書いたり、此の戦争で死ぬ日本人の数を出来るだけ少なくしたいと考へてゐたからね」と八島氏が話されていたそうです。

 特高に殺されるか、戦争で死ぬか、選択肢がふたつしかないように見えた時代に別の道を示そうとした人物がいたことはもっと知られてもいいように思います。

 そんな戦争経験者である著者が、自衛隊の派遣先に関する議論に対し『だいたい、危険な地域に自衛隊を出せないといふのは、軍の本質を無視する矛盾した議論であって、いつまでもそんなことを言つてゐると、テロリストを含む全世界の人の侮蔑嘲笑のまとにされるだらう』と書いていらっしゃることは、安全は待っていれば黙って与えられるものだと思っているわたしたちを諭しているように思えました。
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2019年06月14日

「パコと魔法の絵本」

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関口 尚 著
幻冬舎 出版

 コメディタッチの日本版クリスマス・キャロルといった作品です。

 高度成長時代に身を粉にして働いて一代で財を成し、自らのことを偉いとするいっぽう周囲を見下す、ステレオタイプな嫌なオヤジが、あることをきっかけに悔い改めます。そのきっかけが読者の涙を誘う切ない不幸で、作品全体としては陳腐です。

 ただコミカルに描かれている点が評価できます。ひたすら湿っぽく描くなら誰にでもできそうですが、クリスマス・キャロルをコメディにするという果敢な挑戦はある程度成功しています。嫌なオヤジだけでなく脇役も、それぞれの個性が描きわけられ可笑しみに貢献しています。

 過去に映画化されたようで、それも納得できました。
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2019年06月13日

「Around the World in 80 Dates」

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Jennifer Cox (ジェニファー・コックス) 著
William Heinemann 出版

「80 日間世界一周 (原作はフランス語ですが、英語だと "Around the World in 80 Days")」から、本作の 80 という数字が生まれたのは間違いないと思うのですが、それでも 80 回のブラインドデートを目的に世界を一周するというのは、いくらなんでも無謀な試みではないかと読み始めたときは思いました。

 それが読み進めるにつれ、80 回のブラインドデートを敢行すると決めた Jennifer の考え方に納得したり、共感を覚えたりすることもあり、意外にも楽しく読み切れました。

 Jennifer にとってこの 80 回のブラインドデートの旅は、ソウルメイトを見つけるためのものです。でも、会うだけで相手がソウルメイトだとわかるのか、彼女は確信がもてませんでした。それで、The Science of Love and Passion というペーパーを書いた教授を 4 番目のデートの相手に選び、自分の考えを整理したり、その後その知識を活用したりします。

 多少情報武装しているところはありますが、基本的には自分の直感を信じて行動する Jennifer に共感できたのは、幅広く人の意見に耳を傾け、でも最後はきちんと自分で決め、周囲の人たちの気持ちをおもんばかり、自分を支えてくれる人たちに感謝し、自分で正しいと思えることを行動に移す彼女の生きる姿勢のようなものです。

 ロマンス小説に分類できますが、ソウルメイトを追い求める Jennifer の成長物語ともいえる作品です。結末は、その結末しかないと思えるような終わり方で、読後感が良かったと思います。
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2019年06月02日

「最新 LINEビジネス活用講座」

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菅谷 信一 著
主婦の友社 出版

 Amazon のカスタマーレビューで高評価を得ていた書籍です (2019 年 5 月 20 日に確認)。

 一般消費者を顧客とするビジネスにおいて、常連、言い換えれば自らの商品やサービスのファンを獲得していくことは重要で、そのツールとして LINE@ を活用していきましょうという内容です。

 わたしも LINE を使っていますが、ほとんどが友人とのやりとりです。メールと違ってスタンプのやりとりが根づいていることが主な理由でしょうか。返信を書く余裕がないとき、さくっとスタンプを送って気持ちだけ返信できて使い勝手がいいと思います。

 いっぽう本書にあるようにビジネスで LINE@ を使うメリットは、(潜在) 顧客との関係維持に効果を期待できる点です。昔と違って電話をかけることの心理的ハードルが相当あがりました。世代による差がありますが、プライベートで電話をかけるには事前に相手に都合のいい時間を確認する人が増えている印象があります。そしてプライベートで電話を利用する機会が激減することにより、店などの事業者に電話をかけるのを億劫に感じる人も増えているのでしょう。

 そういった変化のなか、中高年も含め広い世代に活用されている LINE を使って情報を発信したり気軽に問い合わせや予約を受けたりできるのは、小規模事業者にとって確かに魅力的だと納得できました。

 ただ LINE には、顧客に対し名前や電話番号などの個人情報を求める必要がなく (潜在) 顧客に LINE 登録してもらいやすいというメリットがあるいっぽうで、文字数といった制限もあります。そういった制限の克服方法についても書かれていた点が評価できました。

 全体的に、小規模事業者にとって実際的な内容だと思います。
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2019年05月16日

「ハードボイルド・エッグ」

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荻原 浩 著
双葉社 出版

 コミカルなミステリです。迷子のペット探しが得意でハードボイルドとは無縁な 30 代の探偵と、したたかなおばあちゃん秘書の凸凹コンビが笑えます。

 コメディ路線であることを考えると、犯人はすぐわかってしまうのですが、凸凹コンビの掛け合いと探偵のお人好し加減が軽薄すぎず、ほどよい柔らかさです。

 ひとつひとつの場面に散りばめられた意外性も楽しめますが、結末に明かされるおばあちゃん秘書の本音に自分の姿を見たときは、ほんわかとした雰囲気のなかに人の本質も描かれていたのだと思えました。

 深刻な現実がコミカルに描かれ、ユーモアでやり過ごすようなところは、「さよなら、そしてこんにちは」と似たような印象を受けました。くよくよしがちなわたしには、こういった作品が合っているのかもしれません。
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2019年05月15日

「時間をかけずに成功する人 コツコツやっても伸びない人 SMARTCUTS」

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シェーン・スノウ (Shane Snow) 著
斎藤 栄一郎 訳
講談社 出版

 著者は、ニューヨークを中心に活躍するアメリカ人ジャーナリストです。短期間で頭角をあらわしトップクラスにあがった人たちを取材して、その共通点、つまり近道 (shortcut) ならぬ smartcut をどう実現したかを書いています。

 成功するには失敗がつきものといわれますが、その失敗について興味深い研究結果が紹介されていました。ある病院で新しい手術法を導入したときのことです。新しい方法の手術に失敗した医師は、さらに失敗する傾向があり、失敗した医師の同僚はその後成功を重ねる傾向がありますが、同僚が成功しても自分の成功率には影響を与えません。

 これらは、対処メカニズム (問題に対処するために機能するしくみ) が関係しているそうです。(『帰属理論』と呼ばれます。) 人は、成功や失敗を説明する際、できるだけ自分に都合のいい原因に結びつけたがります。つまり自分が失敗しても、自分に落ち度があったと考えず、都合のいいほかの理由を見つけてしまうため、失敗から学べないのです。いっぽう同僚の失敗は客観的に分析できるため、失敗の原因をつきとめ、自分の成功に結びつけることができるというわけです。

 成功したければ、この理論を意識して、自分の失敗と他人の失敗を区別せずに分析し、次のチャレンジに役立てればいいわけです。

 また人脈についても、もっともなことが書かれてあります。人脈を広げようと、いろいろな人とコンタクトを取るのではなく、たくさん人脈を持っていそうなひとりとコンタクトを取るよう勧めています。しかも人との交流において目指すべきはギブ&テイクではなく、ひたすらギブを続けてファンをつくり信頼に満ちた絆をつくることです。利己的になると成功することはできないというわけです。

 どれも頷ける内容でしたが、桁外れに驚いたことがひとつありました。より良いものを目指す際に欠かせない第三者からのフィードバックについて『誰にでも、ネガティブなフィードバックをもらったとき、「ああ僕はダメだ」と人格否定として受けとめる脳内スイッチがある。それをぱちんと切ってしまう術を覚えるのだ』と書かれてあったことが意外でした。

 わたしは、フィードバック=人格否定のように受け取らない傾向が強く、そう受け取る人は難しいなあと常々思っていましたが、自分が少数派だとは知りませんでした。考えを改めたいと思います。
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2019年04月25日

「古事記と日本人―神話から読みとく日本人のメンタリティ」

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渡部 昇一 著
祥伝社 出版

 日本人の精神面の特性を古事記から読みとこうというのが趣旨です。

 まず古事記のおさらいです。最初の神様、天之御中主神 (アメノミナカヌシノカミ) 以降の初めての男女神は伊邪那岐命 (イザナギノミコト) と伊邪那美命 (イザナミノミコト) で、伊邪那美命が国を産みました。しかし、そのあと神産みのあと黄泉の国に行ってしまいます。あとを追って黄泉の国へ行った伊邪那岐命は帰ってきたあと禊を行ない、左目を洗ったときに産まれたのが天照大神 (アマテラスオオミカミ) です。その孫 (瓊瓊杵尊:ニニギノミコト) がこの世に降臨し、その曾孫が初代の神武天皇になり、現代の天皇まで続いています。

 著者は、古事記と日本人のメンタリティを具体的にどのように結びつけているのでしょうか。

 ひとつの例は、天照大神が天の岩屋戸におはいりになったとき、天宇受売命 (アメノウズメノミコト) が中心となって神前舞踊を奉じたことをあげています。天宇受売命が女神だったことから、この神話と家庭のなかのエンターテイメントの中心であった主婦を結びつけています。娯楽が溢れている現代と違って、昔は主婦を囲んで子供たちが遊びながら過ごした時間が多かったことは確かだと思います。ただ糧を得る仕事に腕力を必要とした時代に主婦がそういった役割を担ったのは、世の東西を問わず自然な流れで、古事記や日本人に限定される話ではないように思います。

 また、伊邪那岐命が伊邪那美命を追って黄泉の国へ行った際、伊邪那美命に見るなと言われたのに待ちきれず、伊邪那美命の恐ろしい姿を見てしまい、逃げ帰る羽目になってしまいました。それだけでなく、お互い報復しあい絶縁状態になるという悲しい結末を迎えたことから、著者は、見てはいけないと言われた状態にある女を見ることは禁忌にあたると説明しています。たしかに、腕力、つまり労働価値が劣る女性は、古来からその価値が労働力ではなく、若さや美しさにありました。だから美しくない、見られては困る状態も生まれますし、それを敢えて見れば軋轢も生まれます。古事記にそういった教訓が書かれてあることは確かだと思います。

 著者の解釈を読みながら、自分なりに古事記を解釈してみるのも楽しいものです。
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2019年04月24日

「世界悪女大全」

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桐生 操 著
文藝春秋 出版

 古今東西の悪女がこれでもかというくらい大勢登場します。読んでいると感覚が麻痺しないかと怖くなるほどです。(ただし誰でも知っている有名人は例外です。彼女たちはそのネームバリューで登場しただけで、悪女度合いとしてはかわいいものです。)ただ、膨大な数が収録されているので、ひとつひとつが記憶に残るほどではないのが救いです。

 それでも例外はあります。我が子を見殺しにするどころではなく、自らの計画で自ら手を下して我が子を殺めた女には、ことばがありませんでした。それは、のちに則天武后と呼ばれた女の話です。唐の太宗の后だった彼女は、いったん尼になったあと次の皇帝、高宗に還俗させられ寵愛を受けました。ただ高宗に后がいたので、彼女は皇后を陥れる策を練ります。子のない皇后が我が子を訪ねたとき殺したかのように見せかけるため、自ら我が子を殺したのです。そのあとも皇后を罠にかけ続け、とうとう皇后は廃位に追いやられます。

 次は、則天武后のような凄惨な逸話に比べると滑稽に見える詐欺の話です。仕掛けたのは 19 世紀のフランスにいたテレーズ・ドリニャックという女です。彼女は、大金持ちの遺産相続人のひとりだという嘘を吹聴し、ほかの相続人と法廷で相続財産を争っているかのように見せかけます。法律的に決着がつけば彼女のものになるとされる財産を担保に周囲の人々は金を貸し、高価なものを売り、彼女は 20 年以上ものあいだ、贅沢を享受しました。そしてとうとう最後に嘘が暴かれ 5 年の禁固刑を受けたそうです。20 年も騙したほうも騙したほうですが、騙されたほうも騙されたほうという気がしないでもありません。

 この手の悪事満載の本は、わたしには 1 冊で十分かもしれません。
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2019年04月10日

「笑いの方法 あるいはニコライ・ゴーゴリ」

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後藤 明生 著
つかだま書房 出版

 ゴーゴリの作品のうち「鼻」と「外套」が著者の翻訳で掲載されています。わたしにとって「鼻」は、「外套」と違って『変 (へん)』としかいいようのない作品なのですが、著者の主張を読んでから「鼻」を読むと違った印象を受けます。

 著者は、ゴーゴリ作品の笑いは『諷刺』ではないと主張しています。諷刺は、ひとつの立場であり、またひとつの『思想』だと述べ、この『思想』は括弧つきのもの、つまりその時代における進歩というものの概念だと説明しています。しかしその立場も思想もゴーゴリにはなかったのだから、彼の作品は諷刺ではないという理屈です。

 では、これらの作品にある可笑しみ、笑いは何なのでしょうか。ゴーゴリは、『実話』 (つまり現実) でさえあれば、必ずそこに『滑稽さ』というものを発見することができ、その滑稽さは、人間の存在そのものにもおよぶと考えていたのではないかと著者は推察しています。そしてゴーゴリ作品の笑いは、そのような滑稽な存在としての人間、および、そのような人間と人間の関係としての現実 (世界) を捉える装置であり、構造としての笑いだったと著者は考えています。

 そんな考えを突きつけられても、自分の存在そのものの滑稽さをわたしは実感できません。もしかしたらその理由は、内側から人間を見ているから気づかないだけなのかもしれません。だから外から、この場合はゴーゴリの作品を通して見た場合、その滑稽さが見えるのかもしれません。「鼻」に登場するアクシデント自体は当たり前とは程遠いのですが、アクシデントに対する人間の反応はごくごく自然に見えることから、そう思い至りました。

 著者は死ぬまでゴーゴリについて考えがまとまることはないといっています。それほど壮大なテーマの雰囲気が少し味わえた本読みでした。
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2019年04月09日

「フェルメール 隠された次元」

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福岡 伸一 著
木楽舎 出版

 生物学者である著者は、大のフェルメールファンで有名なフェルメール研究家です。科学者が芸術作品を見る視点は、美術館で人混みに揉まれながら、これがあの有名なフェルメールの作品か……などと思うわたしとはまったく次元が異なり、驚きに満ちていました。

 もっとも驚いたのは、指紋の検出です。著者がフェルメールの作品に違いないと信じている 37 作品のなかには真贋が問われている作品があります。それをキャンバス上に微かに残された指紋から証明しようというのです。現在も進行中のプロジェクトのようですが、その閃きや仮説は読んでいるだけで胸躍るものでした。

 そして著者の専門分野のひとつ DNA の話題からも意外なことを知りました。DNA は、生物を作る設計図のようなものだと思っていましたが、実際は、全体像を把握する地図のような働きはありません。一部の例外を除き細胞は、それぞれ同じカタログブックを持っていて、細胞の差異はカタログのどの部品を選ぶかによって生まれるというのです。細胞の生成 (成長) 過程において、前後左右上下の細胞と相互作用の結果、相補的に差異化されていくのであって、身体の全体像を把握しているものはどこにもないということです。

 いろいろ知識も得られますが、この本の一番の売りは、巻頭に収められている 37 のリ・クリエイト作品のカラーページです。リ・クリエイト作品とは、現存の作品の画像データに対し、修復に似た補正を加え、コントラスト調整を施し、描かれた当時の作品の再現を目指すための色味を加えたものをキャンバス生地に印刷したものです。

 元の状態を正確に知ることができない以上、彩色することを良しとしない修復とは違うこのリ・クリエイトの手法に、ある修復家は「当時はどういう色味だったのかと考えるのは、知的な提案」だと評しています。作品そのものに手を加えるわけではないので、リ・クリエイト作品は歓迎される企画だと思います。

 美術品と生物を一度に楽しめる一粒で二度おいしい本でした。
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