2017年04月19日

「Lean UX ― リーン思考によるユーザエクスペリエンス・デザイン」

20170419「Lean UX ― リーン思考によるユーザエクスペリエンス・デザイン」.png

ジェフ・ゴーセルフ (Jeff Gothelf) 著
ジョシュ・セイデン (Josh Seiden) 編
児島 修 訳
坂田 一倫 監訳
オライリージャパン 出版

 次の2点に関する他社事例が見つけられないかと思い、この本を読んでみました。

1. アジャイルとユーザー体験の統合事例

2. ユーザー体験のグローバル展開

 1. については、ある程度具体的な例が紹介されていました。スプリントも一般的な2週間なのですが、デザイナーも開発者も全員がすべての活動に参加することが要求され、想定される規模としては、やはり『リーン思考』にフォーカスしているだけに、スタートアップに近い製品に限定される気がしました。ある一定以上の成熟度合をもつと、ここで目指すMVP(実用最小限の製品)から外れ、プロセスを適用する難易度がぐっと上がるのではないでしょうか。

 2. については、まったく触れられていませんでした。やはり、スタートアップなどに最適な『リーン』を考えると、グローバル展開を前提とするのは、的が外れているのかもしれません。

 わたしにとって参考にはなりませんでしたが、生産性向上の観点から、実のある手法だとある程度納得できましたが、チームが一か所に集まり、同じ時間帯に働くという条件を満たすこと自体が、やはりスタートアップ向けに思われました。
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2017年04月18日

「すべての見えない光」

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アンソニー・ドーア (Anthony Doerr) 著
藤井 光 訳
新潮社 出版

 2015年ピューリッツァー賞フィクション部門受賞作品(原題:All the Light We Cannot See)。

 簡潔な文章の描写が的確で、その場面や人物が映像のように浮かびあがるだけではなく、声の質まで感じられるほどでした。第二次世界大戦を背景に、ドイツ生まれの男の子とフランス生まれの女の子の人生がそれぞれに描かれています。

 精巧をきわめた作品だと感じられた理由は、いくつかありますが、そのひとつは、ジグソーパズルのピースひとつひとつが最適な大きさに切りわけられ、最適な順序で差しだされたように感じたことです。

 この作品の男の子と女の子のように主要登場人物がふたりいる場合、それぞれの登場場面が交互に、ある程度時系列に沿って語られるのがよくあるパターンですが、この作品は違います。途中から第三の人物の視点が加わったり、時系列の流れが不規則だったりします。読者は、場面が切り替わるたび、鍵となることばを頼りに、そのピースがどのピースに続いているのか、誰の視点で語られているのか、一定以上の注意を払って読むことになります。ジグソーパズルをつなぎあわせていくそのプロセスが、500ページという長さを感じさせない要因のひとつに思われます。

 ほかにも、スケールの異なる問題が、それぞれ読者との距離を保ちつつ、収まるべきところにピースとして収まっている印象を受けました。

 ひとりの男の子の気持ちも、戦争といった大きな課題も、そのあいだにあるさまざまな問題も、それぞれが、現実社会と同じように収まるべきところに収まり、安易な結論を声高に主張することなく、さまざまな思いを巡らす余地を読者に残しているように見えました。逆にいうと、読む者がどのピースをハイライトしてもいいように描かれていた気がします。
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2017年04月17日

「文豪おもしろ豆事典」

20170417「文豪おもしろ豆事典」.png

塩澤 実信 著
北辰堂出版 出版

 著者独自の基準による「大文豪篇」「小文豪篇」「文豪候補篇」と3つの章立てになっています。

「文豪候補篇」は、わたしが実際に見聞きしてきた話題(東野圭吾、宮部みゆき、浅田次郎、片山恭一、俵万智、小松左京、筒井康隆、綿矢りさ、金原ひとみといった面々のエピソード)が多く、特に目新しさは、ありませんが、「大文豪篇」ともなると、時代を経ても読み継がれてきた作家や作品が数多く登場します。そして一番強く思ったことは「いまとは時代が違ったんだ!」ということです。

 昔は、新聞の影響力が大きく、かつ、その発行部数には連載小説が大きく寄与していたと思われます。昭和36年当時、産経新聞の発行部数を伸ばすべく、鳴り物入りで始まった司馬遼太郎の連載「竜馬がゆく」の原稿料は月100万円だったそうです。同社の部長の給料が3万円程度だったことを思うと破格です。しかも当時、司馬遼太郎は、産経新聞社に勤務する記者で、これを機に国民的作家になったそうです。

 いまでは世界中の人が知っている「レ・ミゼラブル」を書いたヴィクトル・ユーゴーは、その出版直後に出かけた海外旅行中に、「?」と書いた手紙を出版社に書き、その返事として「!」を受けとったそうです。手紙という通信手段自体が時代を感じさせますが、いまでは誰もが認める文豪も、「売れゆきはどうか?」と出版社に尋ねたくなったようで、さすがは文豪、「素晴らしい売れゆきです!」という報告を受けとったそうです。

 以前、わたしが借りていたアパートメントの前に『永井荷風生家跡地』の標識がありましたが、その永井荷風のエピソードは、くすりと笑えました。1952年に文化勲章を受けた永井荷風は、年額50万円の文化功労者年金を受けとることになり、浅草ストリップ劇場の踊り子たちに甘いものをご馳走しようと考えていたそうです。いっぽう、女の子たちは、相手が文化勲章受賞の偉いセンセイになったのを機に、よそよそしい態度をとるようになったとか。永井荷風はこうこぼしたそうです。「あれは文化勲章がわざわいしたんだ。ぼくはそこまで考えがおよばなかった。老人のたのしみを一つもぎとられたような感じですよ」
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2017年04月10日

「そうだったのか!ニッポン語ふかぼり読本」

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ジョン・金井 著
知玄舎 出版

 ロサンゼルスにある引退者ホームで日系人または日本人の方々を相手に、ボランティア活動の一環としてソーシャルアワーを担当された経験が綴られたものです。ソーシャルアワーというのは、『社交のために設けられた時間』くらいの意味ですが、ここでは、現役世代のボランティアが引退した方々を相手に話題を提供したり、(お互いに)新しいことを学んだりされているようです。

 著者は、アラ還だそうですが(この『アラ還』ということばも、日本を離れていらっしゃる日系人引退者ホームの方々にはピンとこないことばのひとつとして、取りあげられています。)、このソーシャルアワーのために、意外性があったり、話題が広がったりする知識や旬のことばなどを仕入れようと、常にアンテナを張って過ごされているのが読みとれました。その著者のボランティアが、こうして本に発展することを考えると、ほかの人のために何かをすることは、感謝以外のかたちでも自分に何か返ってくるのだと思えます。

 著者によると、こういったアメリカ国内の1年間のボランティア活動を報酬に換算すると年間3千億ドル(1ドル100円として30兆円)を超えるそうです。日本の1年間の国家予算(一般会計)が100兆円に満たないことを考えると、その規模がわかりやすいと思います。

 著者が紹介していた意外性のある話題のひとつが以下です。アメリカと日本では、日常で使う温度の単位が異なります。華氏と摂氏ですが、それぞれの由来は、発見した人物の名前を以下のとおり中国語の音にしたがって漢字にし、その最初の文字と人名に添えて敬意をあらわす『氏』をつなげたという成り立ちだそうです。さまざまな概念を、カタカナだけに頼らず日本に取りいれていた時代の工夫のひとつだったのは意外でした。

・Fahrenheit ⇒ 華倫海 ⇒ 華+氏 ⇒ 華氏
・Celsius ⇒ 摂爾思 ⇒ 摂+氏 ⇒ 摂氏

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2017年04月09日

「JAPAN CLASS それはオンリー イン ジャパン」

20170409「JAPAN CLASS それはオンリー イン ジャパン」.png

ジャパンクラス編集部 編
東邦出版 出版

 ここ数年のあいだ、『実は、日本人(または国や製品)は、こんなにスゴかった』といったエピソードをつなぎあわせたバラエティ番組をよく見かけるようになりました。これは、その書籍版にあたります。

 ネットの匿名コメントをつなぎあわせた内容がほとんどなので「だから、何?」というのが、おもな感想です。

 それら以外では、納得できる部分もありました。ひとつは、ディズニー映画の日本語版吹き替えを紹介した記事です。唇の動きにあうよう音節に拍をあわせた違和感のない吹き替えで、母音が多く柔らかく聞こえる日本語は、やさしい雰囲気の作品の場合、もとの英語より心地よく響くようです。

 もうひとつは、MATCHAというWebサイトの運営者が考える、日本の情報を発信する意義です。消えつつあるモノやコトも含め、日本の文化を知ってもらう努力は意味があると共感できました。(MATCHAというWebサイトを知ることができただけでも、得るものがありました。)

 そうはいっても、こういった自画自賛を前面に出した書籍やテレビ番組が増えに増えているのは、あまりよい風潮には思えません。むやみと自国やその文化を卑下するのも考えものですが、内輪だけで良さを認めあうよりも、他国や他者に自分たちの良さをどのように伝えていくかという方向のほうが好ましく思えます。
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2017年04月08日

「人はなぜ笑うのか―笑いの精神生理学」

20170408「人はなぜ笑うのか」.png

志水 彰/角辻 豊/中村 真 著
講談社 出版

『笑い』というものが多角的に分析されています。どのような起源か、使う筋肉は何か、文化的にどのような役割を担っているのか、そういったさまざまな切り口で論点が展開されています。

 わたしが一番興味をもったのは、さまざまな感情において笑いがどのような位置づけにあるかというモデリングです。

 感情には、それを表わす側と受けとる側があり、ときには受けとる側が混同することもありますが、混同しやすい感情を隣り合わせに並べると以下のようになるそうです。『笑い』から最初に連想するのは、おそらく『楽しい』といった類の感情だと思いますが、以下のモデルでは、『愛・幸福・楽しさ』に含まれます。ただ、『笑い』には、『冷笑』なども含まれ、こちらは以下のモデルの『軽べつ』に含まれます。その対極にある怒りや苦しみの真っ只中にあれば、笑うことはできません。

20170408 感情の円環モデル.png

 上記と似たモデルに、感情と表情の立体モデルも紹介されていました。こちらは、笑いを分類(@からF)し、それを立体モデルにマッピングしています。この地球儀のように見えるモデルの中心部分は、感情がない状態にあたり、地表に向かっていくにつれ、感情が強くなります。

20170408 感情と表情の立体モデル.png

 普段数値化しやすいものを扱う仕事をしているせいか、感情や表情といったものも、このようにモデリングできると考えたことがなかったので、おもしろく読めました。
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2017年04月07日

「通い猫アルフィーの奇跡」

20170407「通い猫アルフィーの奇跡」.png

レイチェル・ウェルズ 著
中西 和美 訳
ハーパーコリンズ・ ジャパン 出版

 動物が語る小説としては、犬が主人公の『名犬チェットと探偵バーニーシリーズ』が好きですが、この作品の語り手であるアルフィーは、チェットとは違って、飼い主に死なれてしまったかわいそうな猫です。不遇な時期にあっても堅実かつ勤勉に生活を立て直そうとする前向きな姿勢が、とても健気です。しかも、エサを前にして我を忘れてしまうチェットとは違って、人間の心理を鋭く分析しつつ、計画的に自分の家族を助けようと奔走します。

 そんなしっかり者のアルフィーですが、捕まえてきたネズミを持ち帰るという人間にとっては甚だ迷惑な贈り物を繰り返したり、あまり仕事のできないビジネスパーソンのように『忙しい』を連呼したり、意外な面を見せたりもします。随所にユーモアが感じられ、ほのぼのとした気分に浸れるので、風邪をひいて横になっていたときの読み物として最適でした。

 少子化が進む日本では、猫と犬を合わせたペット人口は、子供の人口を軽く上回ると言われているだけに、読めば癒されるこんな作品が増えるのかもしれません。
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2017年04月06日

「心にとどく英語」

20170406「心にとどく英語」.PNG

マーク・ピーターセン 著
岩波書店 出版

 タイトルにある「心にとどく」とは、『ニュアンスを正確に』といった意味です。普段なんとなく英語を使っていますが、『なんとなく』使っていただけに、間違って使っていた用語が次々と見つけられて、読んだ価値がありました。

【from now on (for a change)】
『これから』というタイミングを強調したいときに、from now on を使っていましたが、『これまでと違って』というのが正しい『強調』点だそうです。

I'll pay the NHK 'reception fee' from now on.

 上記の例は、単に「これからNHK放送受信料を払う」という意味ではなく、「今までずっとなんとか払わずにすんでいたが、バレてしまったので、これからはちゃんと払うしかない」というニュアンスだそうです。わたしが『これまでと違って』を強調したいときに使っていた for a change は、また『これまでの状態』に戻ることを想定した『たまには』の意味になるようです。

Can we talk about something other than Hollywood for a change? We're educated people.

 上記の例は、「たまにはハリウッド以外の話ができないかな。ぼくたちは知識人だろ?」と訳されています。

【(目的語の正当性を疑う) challenge】
U.S. May Seek to Challenge East German Medals

「米、東独のメダル破棄を要請する」と訳されている上記の新聞の見出しのように、challenge を動詞として使うのは、わたしには思いつかない例ですが、この challenge の語源は「誹謗」であり、正当性等を疑って対決を申し入れるのが、基本となる意味だそうです。そこまで強い意味とは知りませんでした。

I challenged him to run in a marathon.

もうひとつの例は、人が主語になっていますが、「じゃあ、マラソンができるなら、やってみろ」という訳になっています。語調がわたしの認識より強いです。これからは慎重にこの単語を使いたいと思いました。

【(迷惑の) on 】
Don't give up on me now.

 上記の例は、映画からの引用で、足を洗ったはずの主人公がまた犯罪に手を染めようとしているので、弁護士であり恋人である女性が「ちゃんとした人生を取り戻すために、私も一緒に頑張ってきたんじゃないの。あなたがそれをあきらめてヤクザに戻ってしまったら、困るのよ」という感じだそうです。前置詞は、奥が深く、いつまで経っても理解できた実感が持てません。

【(エラそうにならないための) you】
 小説の会話などで、明らかに自分自身のことを指しているのに you が使われていることが時々あります。初めて読んだときは「あれ、自分の話だよね?」と混乱しました。自分のことなのに、一般論の you を使う理由を著者は、自慢話にならないように使われるケースが多いと説明しています。

レポーター: How does it feel to win Wimbledon for the first time? (ウィンブルドンの初優勝は、どんなお気持ちですか?)

選手: Well, when you train hard every day for years with one goal in mind, and some days you are just ready to give up, and then suddenly you find yourself at the top like this, you feel like you must be dreaming. (そうですねぇ、一つの目標を目指して何年も毎日続けて厳しいトレーニングをやってきて、そして、もうやめようかと思う日さえあった上、突然こうして成功の絶頂に達したとなると、まるで夢のような感じですね。)

 日本語と比べて、主語を省くのが難しい英語の場合、こうして『私が、私が』とエラそうになるのを避けるのだと納得できました。
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2017年04月05日

「香妃の末裔」

20170405「香妃の末裔」.png

波平 由紀靖 著
あさんてさーな 出版

 以下が収められた短篇集です。

−香妃の末裔
−遺稿
−星笛鯛
−天鉄
−摩天楼
−狂気の画廊
−翠窯
−蟷螂の斧

 筋書きとしては、おもしろい作品が多いのですが、あまり楽しめませんでした。平板な説明ばかりで、こまかな描写が少ないというか、読んだことが自分のなかで自分なりのイメージになりませんでした。また意外な結末が用意された作品ほど、登場人物に魅力が感じられず、共感できません。

 たとえば「香妃の末裔」では、主人公の男性が偶然知り合った女性に惹かれていくのですが、最後に意外な事実が明らかになった途端、その女性が屁理屈では秀でていても、おとなのルールを理解しようとしない傍迷惑な人に見えてきます。

 また「遺稿」でも、最後に意外な事実が明らかになった時点で、物語の語り手である作家が白々しい嘘を重ねてきた人になってしまい、共感できなくなってしまいます。もし、作家の物語を生み出す苦しみや葛藤が描写されていれば、多少は違った印象を残すことができたかもしれないと思うと惜しい気がします。

 こんな調子で、どの作品もしっくりときませんでした。わたしには向かない作家なのだろうと思います。
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2017年03月24日

「トレント最後の事件」

20170324「トレント最後の事件」.png

E・C・ベントリー (E. C. Bentley) 著
大久保 康雄 訳
東京創元社 出版

 帯に『乱歩が惚れた大傑作』とあります。半世紀以上にわたって読み継がれている作家、江戸川乱歩が高く評価したのも頷ける作品です。

 妻とはこうあるべきといった常識、携帯電話ではなく電報が最速の通信手段であるといったインフラ、指紋採取が最先端だという科学捜査、さまざまな面で古さを感じるのですが、ストーリー展開は、古さを感じさせるどころか、いまでも斬新にうつります。

 この作品の探偵役は、新聞社から派遣されたトレントで、実業界の大物の死を調査します。トレントは、ほかの探偵同様、精力的に証拠を集め、推理を巡らせ、ひとつの結論に達します。通常の探偵小説なら、探偵役が推理を披露して、犯人が特定された時点で、結末を迎えます。この作品の場合、探偵が新聞社から派遣されている関係で、警察を出し抜いて真実を新聞で報道しようとトレントは文章をしたためます。その記事が新聞に掲載されると思いきや、まったく異なる道をたどります。さらに、これで一件落着と思ってから、またひとつ読者の予想を裏切るできごとが起こります。

 そういった基本展開を裏切るストーリーであるにもかかわらず、プロットに無理が感じられません。トリックを開陳するためだけの推理小説と違って、心理面でも辻褄があうよう巧みに作りこまれています。

 探偵が結論を出した中盤以降が、特に楽しめました。
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