2017年09月30日

「アフリカの印象」

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レーモン・ルーセル (Raymond Roussel) 著
坂口 恭平 イラスト
國分 俊宏 訳
伽鹿舎 出版

 わたしの想像を超えた作品でした。まず、タイトルに『アフリカ』ということばがあるにもかかわらず、架空の国の架空の国王の戴冠式から物語は始まります。それでも、やはりアフリカ大陸のどこかだとイメージして読み進めるのですが、舞台がアフリカだろうとどこだろうと関係ないような非現実的な描写が続き、まるで大きな見世物小屋を次から次へと覗いているような感覚に見舞われます。しかも、眼の前に繰り広げられる戴冠式のあれこれを観察している『私』が誰なのか、なぜ国内の事情に通じているのか、明かされるのは、中盤になってからです。

 物語の展開だけでなく、形式面から見ても、変わっていて抄訳です。さらに、イラストも超のつく個性派で、国籍や人種を超えています。帯には『摩訶不思議な世界』とありましたが、まさにそんな印象です。作家紹介では、1877年生まれ1933年没となっていますが、書かれた時代も感じさせません。

 時代や国籍や小説の形式といった枠を何も感じさせない、わたしの理解を遥かに超えた作品で、SFすら苦手なわたしには、消化しきれませんでした。
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2017年09月29日

「英語生活力検定」

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小山内 大 著
大修館書店 出版

 英語で仕事をしているので、それこそ何千回も使ってきた言い回しをいくつも知っているいっぽう、日常的な会話は、ほとんどできません。会議の合い間など些細なやりとりに困ってはいるものの、優先度の高いほかのことに時間をとられてなかなか習得できないのですが、この本は、隙間時間に三択クイズなどをこなしていけば、表現が身についていく点が便利です。知らなければ、勘違いしてしまうと思ったのは、以下のような問題です。

Q1. プレゼントを渡したら、
"It's a nice gesture."と言われました。どのような意味でしょうか?

Q2. 好きな男の子にふられてしまったことを友達に話したところ、
"What a shame!" と言われました。どのような意味でしょうか?

Q3. 「ぐっすり眠りなさい」と子どもなどに言うときは
"Good night, sleep ( )." と言いますが、 ( ) に入るのは何でしょうか?

答えは、それぞれ以下のようになっています。

A1. 親切にどうもありがとう。

A2. それは残念だね。

A3. tight、fast、sound などが決まった言い方。

 やはり学んでおくべきだと思った表現は、以下です。
「今朝は頭が割れるように痛むので、病気で仕事を休むという電話をします。」

I have a ( 1-1 ) headache this morning, so I have to call in ( 1-2 ) to my office.
選択肢:
1-1 (a) beating (b) breaking (c) pounding
1-2 (a) disease (b) ill (c) sick

答えは、

1-1 (c)
1-2 (c)

"call in sick" は、「体調が悪いので、学校や会社に電話をかけて休むことを知らせる」という意味だそうです。頻繁に起こるできごとは、短い表現であらわすことがありますが、知らないと全然わからないので、コツコツ表現をためていくしかないのだろうと思いました。

 自分でも意外だったのは、物音や動物などの鳴き声や動作に関する表現は、かなり正答率が高くなりました。ミステリなどを読むせいかもしれません。
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2017年09月28日

「凍った夏」

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ジム・ケリー (Jim Kelly) 著
玉木 亨 訳
東京創元社 出版

 主人公が新聞記者フィリップ・ドライデンの「水時計」「火焔の鎖」「逆さの骨」と同じシリーズです。

 少し変わったタイトルですが、もちろん夏が本当に凍ったわけではありません。大寒波に襲われ、凍るように寒い冬に31年前の夏の事件を追っています。このシリーズは、英国のあまり良くない気候がクローズアップされることが多いのですが、今回もそのパターンです。ただ、いままでと違うのは、その31年前の事件に新聞記者のドライデン自身が多少かかわっていて、子どものころ知らされなかったものの知りたいと思ったことも解き明かしていく点です。その夏の思い出も、大寒波に見舞われた冬と同じく、氷に閉じこめられたようにドライデンのなかで凍っていたのかもしれません。

 もうひとつ、これまでと違うように感じられたのは、ドライデンが、事件を追うなかで、妻のローラと重ね合わせてみてしまう人物と出会い、何か影響を受けたように見えた点です。高次脳機能障害と思われるその登場人物は、自ら昏睡状態に閉じこもっているようなローラに比べると自由に見えるものの、ローラに比べて恵まれているとは到底思えません。そんな経験のあと、ドライデンは、ローラと一緒に暮らす決断をします。もちろん、病院の全面的なサポートを受けながらですが、一大決心であることに変わりはありません。

 これまでの三作と違った印象をもった点もありましたが、忘れ去られていい事件などないのだといわんばかりに昔の事件を掘りかえしたり、気候に恵まれない英国の暗い雰囲気満載だったり、最後の最後までドライデンが謎解きに手こずったり、ドライデンシリーズらしさもあって、いままでどおり楽しめました。
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2017年09月22日

「アメリカ銃の謎」

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エラリー・クイーン (Ellery Queen) 著
中村 有希 訳
東京創元社 出版

 数十年ぶりにエラリー・クイーンシリーズを読みました。夢中になって読んでいた学生のころを思い出しながら読み、もっとも懐かしいと感じたのは、『読者への挑戦状』で、もっとも違いを感じたのは、エラリーの若さです。

『読者への挑戦状』とは、作者はフェアプレイに徹し、読者にも謎解きをするエラリーと同じだけの手がかりを与えてきたのだから、読者もエラリーと同様に謎を解いて犯罪の形を突きとめることができるはずだと挑戦するもので、謎解きが始まる前に差しはさまれています。その『読者への挑戦状』を読むたび、きちんと手がかりを拾えなかった自分にがっかりし、そのあとの謎解きを読むたび、人々の言動ばかりに眼がいってモノに対する観察を怠ったことを思い知ったものですが、今回もまったく同じ感想を抱きました。変化のない自分を情けなく感じたものの、昔と変わらず謎解きを楽しめました。

 昔とは違って見えたのは、学生のころ、眼光鋭いオトナに見えていたエラリーが、数十年経って自分が老いたいま、細かい観察力を持つ青年に見えたことです。時の流れを痛感しました。

 今作では、2万人の観客の眼の前で殺人事件が起こり、その凶器は銃と判明します。犯人も手口も不明という謎だらけの殺人事件なのですが、最大の謎は、2万人の観客の身体検査したり、犯行現場となったザ・コロシアム(ニューヨーク)を隈なく捜索したりしても、凶器の銃が見つからなかったことです。

 最後の謎解きで、どのように凶器が持ち出されたのか判明するのですが、それは、犯人が誰かわからなければ、辿りつけない答えで、その犯人は、わたしが一番最初に犯人から除外した人物でした。あまりにあっさりと作者に騙されてしまい、小気味よいくらいでした。
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2017年09月21日

「スティーブ・ジョブズ」

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ウォルター・アイザックソン (Walter Isaacson) 著
井口 耕二 訳
講談社 出版

 IT業界の変革者ジョブズですが、強烈ということばをもってしても伝えられないくらい個性が強い人であったことが如実に伝わってきました。特に若いころの恋人や娘に対する仕打ちは、読んでいて辛いものがありました。のちに、元恋人が彼を自己愛性人格障害と分析していましたが、それにしても、ここまで冷酷になれるものかと驚きました。

 そのいっぽうで、ジョブズが起こした変革を、歴史として習ったのではなく、その時代に生きて目の当たりにしてきた身としては、後半は楽しく読めました。

 一番楽しめたのは、開発秘話といった類のエピソードです。向日葵を見てインスピレーションが湧き iMac が生まれたとか、衝撃的だった iPod のホイールを iPhone の開発にも当てはめようとしたとか、試行錯誤のプロセスに関する話題です。

 次に興味がわいたのは、ジョブズの比類なきこだわり方です。きちんとするのが大好きな養父から、見えない部品にさえ、ちゃんと気を配ることを学び、子ども時代を送った地域の建売住宅から、すばらしいデザインとシンプルな機能を高価ではない製品で実現することの素晴らしさを知ったジョブズが、一般消費者がこだわらない点にもこだわり抜く姿勢をもったことも、そういった信念を子どものときから持っていた点も、わたしのような凡人とまったく異なるのだと痛感しました。

 そうした背景を知ると、この業界で意見を二分する、オープンかクローズドかという問題において、ジョブズがクローズドの方針を貫き続けたのは自然なことに思われました。若いころのわたしは、クローズドに批判的でしたが、パソコンでもタブレットでもスマホでもコモディティ化しているいま、大多数の人にとってはクローズドが必要なのだと実感しています。時代がジョブズに追いついてきたのかもしれません。

 そして、その卓越した先見性だけでなく、選択と集中の実践力、『現実歪曲フィールド』と揶揄される強靭な推進力など、並外れた才能によって会社が大きくなっても変革を起こすことができたのだと思います。もしもっと長生きしていたら、もうひとつ階段をのぼっていたのかもしれません。次の一段を押しあげるジョブズのような人物が出てくるのを、この業界に身を置くあいだにもう一度見たいと思いますが、そう簡単に実現する時代ではなくなった気もします。
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2017年09月16日

「オーケストラの指揮者をめざす女子高生に『論理力』がもたらした奇跡」

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永野 裕之 著
実務教育出版 出版

「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」の真似というのが、この本に対する第一印象ですが、取りあげられているのが難しそうな数学書「原論」で、それを学ぶのが女子高生となれば、わたしも難解な数学を少しは理解できるかもしれないという期待がわき、読んでみました。

 本当に基礎の基礎から始まるうえ、既出の問題にも適宜触れながら進むので、投げ出さず読み通せました。その基礎の基礎の例ですが、以下のようなギリシャ文字の読み方も載っています。そんな至れり尽くせりでも、さすがにわたしのレベルでは「原論」を理解できたと言えるには至りませんでしたが、それでも、2000年以上も前の書物がいまも読まれている理由が納得できました。

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 紀元前3世紀ころにユークリッドが書いたとされる「原論」に対して抱いたイメージは、無駄をいっさい排除した美しさのようなものです。異を挟む余地がまったくないよう証明され、その証明はその後の証明において最大限活用できるよう組み立てられ、直線的に高みへと登っていくようなイメージです。

 異を挟む余地のない証明を根底で支えているのは、定義、公理、公準などです。これらはいずれも、異なる考えをもちうる人たちのあいだで基礎となるルールにあたります。そのうえにさまざまな証明が重なり、タイトルにある『論理力』、つまり異なる考えをもちうる人々が認識を一にするため必要なものを欠かさず積み重ね、揺るがない共通認識を築きあげることが可能になるということを本書は伝えています。

 以心伝心といった文化をもつ日本で、あまり知られていないユークリッド原論の方針は、グローバル時代において、もっと理解されていもいいものだと感じました。
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2017年09月15日

「平和の玩具」

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サキ 著
和爾 桃子 訳
白水社 出版

 300ページほどの本です。そこにクスッとかニヤッとか小さく笑ってしまう33編もの掌編が収められています。当たり前過ぎて既成概念に捉われているとさえ認識できていないことの逆をいく展開、仕方がないと諦めてしまう場面で知恵を絞って相手に一矢報い溜飲を下げる結末、正義や国民のことを露ほども考えず自らの利害だけを公然かつ堂々と追い求める政治家の悪あがきなど、どれも独特のおかしみが感じられます。

 この作家には、人という生き物に対する鋭い観察眼、自身が含まれていようとも人という生き物を茶化す余裕、読む者を楽しませるユーモアがあります。時代が変わっても変わらない人間の本質のようなものをつく作品は、一世紀ほど経って読まれても色褪せて見えません。

 ただ、この一世紀のあいだ、人の本質は大して変わっていないようですが、時代は大きく変わったのだと感じました。サキ(1870-1916)は、44歳のとき志願して一兵卒として前線に赴き、46歳で戦死しています。もし、生き延びていたら、作品のなかで戦後の平和や政治をどう描いていたのだろうかと、ふと気になりました。
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2017年09月14日

「日本語でどづぞ」

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柳沢 有紀夫 著
中経出版 出版

 タイトルは、ケアンズの射撃場が出していた広告の間違いだそうです。オーストラリアの観光地でこんな間違いが見つかるのかと驚いて見たところ、この本の出版は2007年と、古い情報のようです。

 いまは、翻訳ソフトの精度もあがり、ソフトの出力をコピペすれば、この手の間違いは避けられ、実際同僚の外国人のなかには、日本でタクシーに乗って行き先を伝えたり、ちょっとした依頼を告げるとき、すべて翻訳ソフトで間に合わせている人もいます。そういった時代の流れを考えると、何とかして日本人観光客の気を惹こうと頑張ったものの、驚くような日本語の間違いを披露する羽目になった光景が目に浮かぶと懐かしい気分になります。

 ただ、そこに日本語を使う必要があるのかと疑問に思うケースもかなりあり、著者も紹介例の『多くは日本人ではなく、基本的には現地の人を対象にした商品』と認めています。では、なぜ日本語を見てわからない人々のためにわざわざ日本語で表記するのかを、著者は『「日本語はカッコいい」と思っているからにほかならない』と説明しています。著者がいた広告業界では、意味がわからなくてもおしゃれに見えるものを「単なるデザインエレメンツ」と呼び、日本では英語を「デザインエレメンツ」としていたという例を挙げています。根拠薄弱な説明ではありますが、否定する根拠もありません。なにしろ日本でも意味不明な英語が氾濫していたのは事実ですから。

 著者のこの考察は、わたしにとって興味深いものではありますが、この本の扱いとしては、こうなった原因を考えるのではなく、あれこれツッコミながら、笑って読むのが正解だと思います。
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2017年08月28日

「ポイズンドーター・ホーリーマザー」

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湊 かなえ 著
光文社 出版

 以前読んだ「向日葵の咲かない夏」は、工夫をこらした作品だと思いますが、こういったイヤミス風の作品は苦手で、その後、道尾秀介の作品には手が伸びませんでした。この本の作家が『イヤミス』の女王だと知ったのは、読んだあとです。短篇集なので、イヤミスといっても、二度と読みたくないと思うほどの嫌悪は感じませんでしたが、やはり苦手なジャンルです。

 タイトルにドーター・マザーとあるように、母娘の関係を背景にした作品が多く、起きた犯罪にかかわるあれこれを語る形式も似ていて、それぞれ意外性のある結末が用意されています。その意外性は、ある状況におかれた人たちが、それぞれ違った解釈をすることによって生まれます。ひとつの解釈のあと、別の解釈が提示されるのですが、こういった状況解釈の相違は日常的によく起こりますが、敢えて指摘せず、まったく違う解釈をする人たちを避けて暮らしているだけに、わざわざ小説のなかで見たいとは思えませんでした。
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2017年08月27日

「いま見てはいけない」

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ダフネ・デュ・モーリア (Daphne du Maurier) 著
務台 夏子 訳
東京創元社 出版

 友人がわざわざ送ってくれた本です。それだけでも十分にありがたいことですが、面白い本だったので、こうして読むことができて良かったと思います。

 短篇集で、以下の五作が収められています。どの作品も人物像が立ちあがってくるような描写です。とりわけ、群像劇のような「十字架の道」は、こういう人いるなあと思わずにいられない、どこにでもいそうな、だけどちょっと癖がある人たちがエルサレムをツアーで訪れ、こういうことあるなあと思わずにいられない、ちょっとしたつまづきを経て立ち直る様子が、キリストの復活のエピソードと並行して描かれています。そのコントラストが皮肉の利いたユーモラスな雰囲気を醸しています。

−いま見てはいけない
ー真夜中になる前に
ーボーダーライン
ー十字架の道
ー第六の力

 わたしが一番気に入ったのは、冒頭で死んだ父親が残した不思議な最期のことばの意味が結末で明かされる「ボーダーライン」です。最期のことばと結末のあいだにある、女優の卵の浮き立つようなロマンスの予感と演じることを楽しんでいる様子が彼女の若さをとらえていて、楽しく読めました。「いま見てはいけない」も、夫婦のちょっとしたゲームやヴェネチアの東郊トルチェロ島という非日常的な舞台を楽しむことができましたが、結末には、わたしが苦手とする不可解な現象が起こって、ちょっと怖かったです。
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