2017年06月22日

「もっと声に出して笑える日本語」

20170622「もっと声に出して笑える日本語」.png

立川 談四楼 著
光文社 出版

 笑える言い間違いなどが軽妙なツッコミで紹介されている「声に出して読みたい日本語」をもじった本です。

 頑張って思い出したものの間違えてしまった、滑舌よくいくはずが上手くいかなかった、そういったものも面白いのですが、普段パソコンに向かっているばかりなので漢字の誤変換が一番笑えました。頭をひねって考えたのか体験談をまとめたのか不明ですが、もし誰かの体験だとすると、日本語入力ソフトも文節単位で入力されると困るのだろうと、外国生まれであろうソフトウェアに思わず同情してしまいました。

正:共済課の鈴木様
誤:恐妻家の鈴木様

正:テレビの発する情報
誤:テレビのハッスル情報

正:根気よく待った甲斐があった
誤:婚期よく待った甲斐があった

正:君といると超幸せだよ
誤:君といると調子合わせだよ

正:だいたいコツがつかめると思います
誤:大腿骨がつかめると思います

正:誰かビデオとってるやついないか
誤:誰か美で劣ってるやついないか

正:あなたの顔何回も見たい
誤:あなたの顔何か芋みたい

 最後に、すごく納得したものの、頭で理解できなかったのは、以下です。
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 木の上に鳥がいる。さて鳥はどこに?
 あなたはどこにいると思いますか。木の上空、木の天辺、木の枝。この三つが考えられるわけですが、これ誰も間違えないんだそうで、十人が十人、木の枝と答えるそうです。私もそう思いましたが、あなたも?
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 わたしも木の枝しか思い浮かびませんでした。でも、日本語を勉強している外国人に対して説明らしい説明ができるとは思えません。なぜなんでしょう。
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2017年06月10日

「邂逅 (シドニー州都警察殺人捜査課)」

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キャンディス・フォックス (Candice Fox) 著
冨田 ひろみ 訳
東京創元社 出版

 転属してきた男性刑事の視点で語られる現在の捜査、その男性刑事を相棒として迎えた女性刑事の過去、両刑事が追う犯人とその被害者の動き、その3つの軸で展開します。

 カットバック手法で描かれる女性刑事の過去は、警察官として登場したあとに読むには、驚くほど意外な内容です。その影響で読む側の感覚が麻痺するのか、凄惨な現在の事件のインパクトが弱まったように感じられるほどです。また、女性刑事の個性が強く、いろいろな問題を抱えている男性刑事でさえ相対的に霞んで見えてしまうほどです。

 警察小説で、捜査が進行している事件よりも刑事の過去にスポットが当たり、事件を語る刑事より相棒の刑事の個性が際立っているのが気になりつつ読み進めると、最後の最後で、この本のタイトル「邂逅」の意味がわかる仕掛けになっています。この一冊全体が序章といってもいいのかもしれません。

 警察小説だからといって、勧善懲悪やわかりやすい正義を期待すると、その期待が裏切られるタイプの作品だと思います。
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2017年06月09日

「お笑い」日本語革命

20170609「『お笑い』日本語革命」.png

松本 修 著
新潮社 出版

全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路」の著者です。新しいながらも日本語としてすっかり定着したことば、あるいは一般的には使われなくなった時期を経て再び頻繁に使われるようになったことばなどのうち、漫才や落語といった芸能がきっかけで広まったことばを検証していく内容です。革命というと少々大袈裟ですが、ことばの歴史とお笑いが密接に関係してきたことは確かなようです。

 検証されたことばは、以下です。

(1) どんくさい
(2) マジ
(3) みたいな。
(4) キレる
(5) おかん

 著者は、ことばに対する探究心だけでなく、朝日放送勤務という、過去の放送資料の閲覧や芸能人を相手にしたフィールドワークが実施しやすい立場も持ちあわせていて、芸能が日本語に与えてきた影響を掘りさげて検証するのに適任だと思いました。説得力ある構成で鋭い分析が披露されています。

 唸ってしまったのは、地域や世代による認識のずれに対する指摘や、最近の若者ことばと捉えられていることばが年配の知識人たちにも受け入れられているという例証です。

 いちばん驚いたのは、あの丸谷才一が(3)の『みたいな。』を使って対談した内容です。

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丸谷才一 そうそう、吉行・円地文子・小田島雄志で。
和田誠  三人に迎えられるんですよ。
丸谷才一 そう。あれは何だか、いじめられに出ていくみたいだったな(笑)。敵がすごいんだよね。あの三人、八岐大蛇みたいな(笑)。
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 いちばん意外だったのは、(5)の『おかん』 が、つい最近使われるようになった新しいことばではなく、時代とともに変化し、『おとん』というペアがあらわれた興味深いことばだったことです。

 読み応えのある本で、楽しい時間を過ごせました。
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2017年06月08日

「浮遊霊ブラジル」

20170608「浮遊霊ブラジル」.png

津村 記久子 著
文藝春秋 出版

 この作家の作品を読むのは、「ミュージック・ブレス・ユー!!」以来、8年ぶり。こちらは短篇集で、以下が収められています。

−給水塔と亀
−うどん屋のジェンダー、またはコルネさん
−アイトール・ベラスコの新しい妻
−地獄
−運命
−個性
−浮遊霊ブラジル

 長篇を読んだときと違って今回は、ゆったりとした気分で読めました。作品の傾向としては、一番底にユーモラスな雰囲気があって、そのうえにちょっとした反省とか同情とか疑問とか、日常のどこにでもあるようなできごとが描かれているものが多かったと思います。

「地獄」と「浮遊霊ブラジル」は、どちらも死後の世界が描かれているのですが、悲壮感があるような、ないような、笑えるような、笑えないような、宙ぶらりんな状況が、コミカルに、でもところどころ真剣に描写されていました。

「地獄」の主人公は生前、平凡の極みといった日常を送りながら、ドラマや映画や小説やスポーツの試合などであまりに多くの刺激を消費していたために、地獄で罰を受けていました。なかでも、同情したらいいのか、笑ったらいいのか、微妙だと思った罰は、1日400ページのノルマで小説を読まされるものです。問題は、結末がわかりそうな部分は必ず、ごっそりページが破られている点です。それでも地獄で課せられた罰なので逃げだせず、結末のない小説を読み続けるのです。本が好きな人が考えそうな地獄で、思わずにやりとしてしまいました。

 こんな気晴らしになる短篇集なら、仕事の合い間に向いている気がします。
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2017年05月26日

「死語にしたくない美しい日本語」

20160526「死語にしたくない美しい日本語」.png

日本語倶楽部 編
河出書房新社 出版

 美しいかどうかは主観なので、断定しにくいのですが、わたしのものさしでは『美しい日本語』に入らない日本語も数多く収められています。

 読んでいて思ったのは、抽象的な概念ではなく、現に存在するモノと結びついたことばは、そのモノが存在しなくなると死語になってしまう確率がぐんと高くなるのではないかということです。

 以下は、その例です。

【亭主の好きな赤烏帽子】

時代劇がなくならないかぎり、烏帽子を見る機会はいくらか残るかと思いますが、赤烏帽子の異様さ(烏帽子は黒が一般的)は簡単には伝わらないと思います。また、このことばの意味する、赤烏帽子のように異様なものであっても、一家の主人が好きであれば、家族はそれに従わなければならないという考え方も時代に合いませんし、死語になってしまいそうです。

【轡を並べて】

こちらも轡(手綱をつけるために馬の口に装着する金具)という、目にする機会の少ないモノが含まれています。轡をつけた馬たちは、並んで一緒に進むことから、多くの人が同じ目的で一緒にそろって行動するさまをあらわしていますが、轡をつけた馬の様子を想像するのは難しいのではないでしょうか。

【搦手から攻める】

城の正門を大手、裏門を搦手といい、搦手は警備が甘いことから、弱点や物事の裏面という意味になったそうです。城や戦とは無縁の現代には、イメージしにくいと思います。

 死語にしたくない日本語を読んでいたはずなのに、死語にならない条件を考えてしまいました。
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2017年05月25日

「歴史をかえた誤訳」

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鳥飼 玖美子 著
新潮社 出版

 タイトルにある『誤訳』は、時間や能力などに限りがあって、意図せず間違えてしまった訳ではなく、広い意味での誤った訳のことです。『あやまる』ということばを広辞苑 (第6版) で引くと、ひとつに『普通の状態からはずれる。正常でなくなる。』とあり、この意味が近いと思います。それら誤訳を自分なりに分類してみると、以下のようになりました。

1. 能力がまったく足りていないのに通訳や翻訳をした結果、コミュニケーションが成立しなくなったケース

 論外のケースで、著者のおっしゃるとおりという感想しかありませんでした。

2. 思い込みなどに阻まれ、意図せず一部間違えたケース

<例>
日本語:大きな航空母艦
訳された英語:unsinkable aircraft carrier (不沈空母)

 この『不沈空母』は、実際には大型船舶ではなく、沈みようのない航空基地を意味しています。この間違いの背景は、本書で詳しく説明されていますが、通訳の場合、翻訳に比べて時間的制約が大きく、つい間違えてしまうことは、あり得ると思います。首脳会談などの通訳は、本当に大変だなと思わず同情してしまいました。

3. 黒子として通訳や翻訳に携わるのではなく、自らにとって都合のいいように意図的に歪めたケース

 1999年の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連法案の検討に際し、政府が意図的に軍事色が薄れる訳にしているとして、新ガイドライン研究会という団体が自らの訳と政府訳を比較対照し、説明を加えた書籍(「超明快訳で読み解く日米新ガイドライン」)を出版しました。以下は、本書で紹介されているその抜粋です。本書に紹介されている文脈では、新ガイドライン研究会の指摘が、わたしには妥当に見えました。

<例>
mutual cooperation planning in situations in areas surrounding Japan
同研究会訳:日本周辺地域における事態での相互共同作戦計画作成
政府訳:周辺事態に際しての相互協力計画

sea lines of communication
同研究会訳:海上補給路
政府訳:海上交通

logistics support activities
同研究会訳:兵站支援活動
政府訳:後方支援活動

intelligence gathering and surveillance
同研究会訳:諜報収集と監視
政府訳:情報収集及び警戒監視

4. 文化的背景を考慮すべき場面で、苦慮するケース

<例>
(日米貿易摩擦の原因となった日本の繊維製品輸出の自主規制を求められた場面で)
日本語:善処します
訳された英語:I'll do my best

『善処』すると言われて、結果を期待する日本人は少ないと思いますが、英語の best は、かなり積極的に聞こえます。ちなみに、広辞苑第6版で『善処』をひくと、『物事をうまく処置すること』とあります。辞書に載っている意味から離れて訳すのは難しく感じるいっぽう、あとになって『最善を尽くす』と言ったではないかという議論になっても困ると感じました。

 以下は文学作品からの例です。本書のタイトルからは一番離れている話題ですが、一番楽しめました。

<例>
太宰治の「斜陽」:
お昼すこし前に、下の村の先生がまた見えられた。こんどはお袴は着けていなかったが、白足袋は、やはりはいておられた。

ドナルド・キーン訳:
A little before noon the doctor appeared again. This time he was in slightly less formal attire, but he still wore his white gloves.

 男性の白足袋という日本の正装を白手袋という英語圏での正装に置き換えている点で名訳とされていると紹介されています。もしわたしがアメリカ人で、日本文学に興味をもって読む機会があったら、袴は袴として、白足袋は白足袋として登場してもらいたいと思いますが、これが名訳とされることには納得できます。

 通訳とか翻訳は、わたしにとって興味の尽きない話題です。
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2017年05月24日

「たたみかた 福島特集」

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三根 かよこ 編
アタシ社 出版

 30代のための社会文芸誌だそうです。想定読者とは随分世代が違いますが、30代のころに、社会文芸誌というジャンルの雑誌を目にした記憶がないので、読んでみたくなりました。

 この創刊号は、東日本大震災、特に福島をテーマとしていますが、一番印象に残った記事は、福島とは何の関係もない記事でした。テロ組織に加入しようとする人を思いとどまらせたり、すでにテロ組織に入ってしまった人を脱退させたりする活動をソマリアで実施している永井陽右氏(25歳)に、編集長である三根氏(1986年生まれ)がインタビューした『この世紀のヒーロー』という記事です。

『話せばわかる』という考え方を一切否定し、『絶対に分かり合えない』という前提にたって、社会をよくしたい、世界を平和にしたいと考えて活動している永井氏の姿勢に共感すると同時に、その若さでそんな風に考えられる人がいることに心強さを感じました。

 この雑誌の紹介文に『合意形成を成し遂げるための必読書!』とあります。もちろんこの雑誌を読んでも、合意形成に到達する道筋が見えるわけではありませんが、社会における人と人の交わりが希薄になり、家族が小さくなり、真っ向から意見を闘わせる機会が少なくなっているいま、こういう雑誌のニーズが生まれたのだろうかと想像しました。
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2017年05月02日

「日はまた昇る」

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ヘミングウェイ (E. Hemingway) 著
大久保 康雄 訳
新潮社 出版

文豪おもしろ豆事典」を読んで、文句なしに文豪と認められるヘミングウェイが最初に発表した長篇を読みなおしてみました。数十年前、この作品を読んだとき、日本はバブル経済のなかにありながら、わたし自身はまったくバブルを意識しておらず、そんな状況でも、祝祭ということばが似合うこの作品の華やかな場面にばかり圧倒され、陽気でお気楽な場面しか記憶に残っていませんでした。

 日本のバブル経済が弾け、『失われた10年』が『失われた20年』になって、この作品で『失われた世代』が描く浮かれた日常を読むと、その自堕落な日常から滲みでるような諦念には、的を射た指摘が数多く潜んでいたことに、いまさらながら気がつきました。

 その場しのぎの日常を送っているだけに見えても、自分の力では如何ともしがたいことを抱え、自分を律している部分を見過ごしていたように思います。

 経済がどうであろうとも、戦争を現実として考えにくい、きょうの暮らしの延長線上に将来の暮らしをイメージできる幸運に、日々もっと目を向けるべきなのだと思いました。
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2017年05月01日

「ブラウン神父の知恵」

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G・K・チェスタトン (G. K. Chesterton) 著
中村 保男 訳
東京創元社 出版

 読み継がれてきた作品を、古めかしい訳から新しい訳にあらため、出版するのが新訳版で、そういった版の場合、初めて読んだ古い作家の作品でも、昔の作品を敢えて翻訳しなおそうとしただけのことはあると納得できる魅力を感じることが多いのですが、この作品は、それに当てはまりませんでした。

 主人公であるブラウン神父が、小柄で風采のあがらない第一印象とは裏腹に、観察力や推理力にすぐれ、誰もが見過ごすような細かなことから論理的に事実を積みあげ、あっという間に謎を解いてみせるというギャップは、面白く感じられました。また、先入観や周囲の人々の意見にとらわれ、ものごとを公平に客観的に見ていない点を指摘する展開に意外性も感じられました。

 ただ、全体を流れる冷笑的なトーンがわたしの好みではありませんでした。また巻末の巽昌章氏による解説で「古代趣味、綿々たる因縁ばなし、奇怪な呪い」と形容されている怪奇趣味的要素も、わたしは苦手なので、読みすすめるのに苦労しました。

 以下の12篇の短篇が収められています。こうして12もの意外な展開が用意されていることを考えると、好みにあわなかったとはいえ、中身の濃い1冊ではあると思います。

ーグラス氏の失踪
ー泥棒天国
ーイルシュ博士の決闘
ー通路の人影
ー機械のあやまち
ーシーザーの頭
ー紫の鬘
ーペンドラゴン一族の滅亡
ー銅鑼の神
ークレイ大佐のサラダ
ージョン・ブルノワの珍犯罪
ーブラウン神父のお伽噺
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2017年04月19日

「Lean UX ― リーン思考によるユーザエクスペリエンス・デザイン」

20170419「Lean UX ― リーン思考によるユーザエクスペリエンス・デザイン」.png

ジェフ・ゴーセルフ (Jeff Gothelf) 著
ジョシュ・セイデン (Josh Seiden) 編
児島 修 訳
坂田 一倫 監訳
オライリージャパン 出版

 次の2点に関する他社事例が見つけられないかと思い、この本を読んでみました。

1. アジャイルとユーザー体験の統合事例

2. ユーザー体験のグローバル展開

 1. については、ある程度具体的な例が紹介されていました。スプリントも一般的な2週間なのですが、デザイナーも開発者も全員がすべての活動に参加することが要求され、想定される規模としては、やはり『リーン思考』にフォーカスしているだけに、スタートアップに近い製品に限定される気がしました。ある一定以上の成熟度合をもつと、ここで目指すMVP(実用最小限の製品)から外れ、プロセスを適用する難易度がぐっと上がるのではないでしょうか。

 2. については、まったく触れられていませんでした。やはり、スタートアップなどに最適な『リーン』を考えると、グローバル展開を前提とするのは、的が外れているのかもしれません。

 わたしにとって参考にはなりませんでしたが、生産性向上の観点から、実のある手法だとある程度納得できましたが、チームが一か所に集まり、同じ時間帯に働くという条件を満たすこと自体が、やはりスタートアップ向けに思われました。
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