2018年05月25日

「ベロニカは死ぬことにした」

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パウロ・コエーリョ (Paulo Coelho) 著
江口 研一 訳
角川書店 出版

 スロベニアの首都リュブリャーナに住む 24 歳のベロニカという女性が、安定した仕事もあって、ボーイフレンドもいるけれど、ただ毎日が同じだからという理由で、死のうとしたところから始まります。

 もちろん本当に死んでしまっては、物語が始まる前から終わってしまいますが、ベロニカは、ヴィレットという精神病院で目を醒まします。そこでの出会い、ベロニカが影響を受け、または影響を与えた人との交わりによって、物語が展開するのですが、「アルケミスト」ほど寓話的ではないものの、そういった雰囲気はあります。

 精神病院を舞台に『狂っている』ということがどういうことであり、どういう意味をもつかを考えるあたり、わたしには新鮮でした。ただ、そういった本筋より、スロベニアの首都リュブリャーナという、聞き慣れない街に興味がわきました。魅力的な街としてこの作品に登場するので、写真などを見てみましたが、いつか行ってみたいと思うような景観でした。この作品で『小さくもチャーミングな首都』と書かれてあるとおりだと思います。 
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2018年05月21日

「首都圏大震災」

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牧野 武則 著
幻冬舎 出版

 いちおうフィクション作品ですが、著者が大学教員なので、人物や心理の描写に小説らしさはありません。内容においても、過去 (この本の出版は 2018 年 2 月) のできごとは事実がもとになっていて、タイトルの首都圏大震災のみがフィクションのように見受けられます。

 南海トラフ地震に関する情報が気象庁から発表されたといった報道に接することはあるものの、どのように観測し、予測しているか、具体的にイメージしたことがなかったのですが、この本を読むと、そのあたりのことがよくわかります。

 観測地点を決めたり、集めたデータの分析方法を決めたり、技術面での難易度が高いだけでなく、技術を有した数少ない人材を確保したり、そのための予算をうまく確保するといった調整面での難易度も高いということが理解できるよう工夫されています。

 ただ恐ろしいことに、この作品では、首都圏のビルが倒壊し、高速道路や鉄道が不通になり、証券取引所など経済の中心となっている都心でも被害が発生する大規模な地震が起こってしまいます。

 この本を読んで恐怖心が植えつけられないようにという配慮かもしれませんが、作品内の政府は、目を瞠る素晴らしい活躍をします。森友・加計問題といった、ちゃんとした社会人には考えられないような過ちを連発する政府には到底望めないような働きなので、もし本当に首都圏大震災が起こったらどうなるか、読者がそれぞれ頭のなかでシミュレーションしてみる機会が得られる作品だと思います。
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2018年05月12日

「九十歳。何がめでたい」

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佐藤 愛子 著
小学館 出版

 中学生か高校生のころ、佐藤愛子の『怒り節』エッセイを読んで、笑いに笑ったことを思い出し、久しぶりに読んだのですが、昔のように笑えませんでした。

 笑えないのは、著者とわたしの考え (あるいは年齢) が近くなっていて新鮮味が欠けるからか、笑い飛ばすような余裕がわたしになくなっているからか、よくわからないと思いつつ読み進め、ふと思いつきました。かつての著者は理不尽なことがらに真剣に怒っていて、その『怒り節』が痛快で笑えたのではないかと。

 誰もが非難されないよう気を配り、そのいっぽうで些細なことを気に病み、人と人との絆を失い、正論を振りかざす現代に著者が嘆いているさまを読んでも笑えないのは当然かもしれないと思いました。

 この本がベストセラー入りをしたということは、読者もみな嘆いているのでしょうか。
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2018年05月11日

「異邦人」

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カミュ (Albert Camus) 著
窪田 啓作 訳
新潮社 出版

 カミュが「ひとりの人間の仕事とは、かつて一度、はじめて心がひらかれた 2、3 の単純で偉大なイメージを、芸術という紆余曲折を経て再発見する、そのための長い道行き以外のなにものでもない」と、ある作品の序文で書いていたというのを見て、カミュの作品を引っ張りだし読んでみました。

 この小説でカミュが描いているのは、人生における『意味』に対して確固たる信念をもっている青年ムルソーです。

 ムルソーには、マリイという恋人がいて、彼女から「私のことを愛しているか」と訊かれ、そんなことは何の重要性もないと指摘しながらも、マリイが結婚したいのならしてもかまわないと答えています。仕事の場面においても、かつて野心を抱いたこともあったが、そうしたものは、いっさい無意味だということを悟ったと認めています。

 また、ムルソーは人殺しとして告発され、裁判にかけられ、母の埋葬に際して涙を流さなかったために処刑されるという理不尽な目にあいますが、それに対しても意味はないと考えています。

 ムルソーを見ていて、人生において何か意味のあることはあるのか問いたくなりましたが、『不条理の哲学』ということばを思い出しました。

 作品の最後に「私ははじめて、世界の優しい無関心に、心をひらいた。これほど世界を自分に近いものに感じ、自分の兄弟のように感じると、私は、自分が幸福だったし、今もなお幸福であることを悟った。」 と、あります。カミュが心をひらいた単純で偉大なイメージとは、おそらくわたしには見ることのできないイメージに思えました。
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2018年05月10日

「ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ」

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アンジー・トーマス (Angie Thomas) 著
服部 理佳 訳
岩崎書店 出版

 スターという名の 16 歳の高校生の視点で進むので、読み始めてすぐは、彼女が暗に告げている内容を拾えないのではないかと感じたのですが、少し読み進めると、わたしが理解できないかもしれないと思った原因は、世代の差ではなく、昔ほど表だってはいないものの依然現代のアメリカに残る人種差別やその背景の認知力の差だとわかりました。そしてさらに読み進めると、生まれも育ちもゲットーながら、両親の必死の努力もあり富裕層の子供たちに交じって高校に通っているスターの葛藤がはっきりと伝わってきました。

 いわゆるヤングアダルトに分類される作品ですが、非現実的なハッピーエンドではありません。葛藤と向き合ったスターは、自ら声をあげ行動を起こし何かを変えるため前に進むこと、世間一般のものさしではなく自らのものさしで判断し取捨選択すること、価値観を共有できる仲間であれば肌の色や貧富の差からくる溝を埋められる可能性があること、そういった数々のことがらを学び、成長しますが、厳しい現実に直面することもあります。

 ゲットーにいる自分と富裕層に交じっている自分を使い分けながらも、その自らのギャップにとまどう気持ちに共感できましたし、また人種差別をいますぐ無くすことはできなくても、自分が変われば周囲を変えることができるといった明るさに爽快感を感じました。

2018年04月24日

「二十歳の原点」

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高野 悦子 著
新潮社 出版

 二十歳で自殺した大学生の日記が死後刊行されたもので、長年、増刷や改版を繰り返して読み継がれてきたようです。

 学生運動が活発だった時期の 1969 年 1 月 2 日に彼女が二十歳の誕生日を迎えた日から日記は始まりますが、読み始めてすぐに気づくのは、将来の夢や毎日の楽しみといった若い女性からイメージするような内容が何も見当たらないいっぽう、自分に問題を課したり、厳しい自己評価を下したり、ひたすら自分と向き合う真摯な姿が浮かびあがってくることです。

 そして半年ほどのあいだ記されたこの日記が始まる前から、常に頭の片隅に死のイメージがあったのではないかと思われる記述が散見されました。『人間はしょせん独りである』と書きつつも『独りでいるのはさびしい。恋人がほしい。』と書き、好感をもった男性について、『私が死んだら彼はどう思うのかな。』と考えていました。

 繊細な性格であると同時に観察力に優れ、自らの内面を見つめ『私は我 (が) の強くない人間である。私は他者を通じてしか自己を知ることができない。自己がなければ他者は存在しないのに、他者との関係の中にのみ自己を見出している。他者との関係において自己を支えているものは何なのか。』と、自らに問うています。

 正直な気持ちを日記にしたためつつ、毎日を送っていた彼女に「ありのままの自分でいて、いいと思います」と伝えたくなりました。
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2018年04月23日

「陸王」

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池井戸 潤 著
集英社 出版

下町ロケット」と似た作品です。資金調達に苦しみながらも新しいモノを開発しようと奮闘する中小企業、それを潰そうとする大企業、実績だけにこだわる銀行など、登場する面々も似ていますし、善と悪のわかりやすい対立を基軸としていたり、特許などの権利関係を絡ませて企業間の駆け引きがあったり、紆余曲折を経てハッピーエンドを迎える展開や万人受けしそうなわかりやすさも似ています。

 少し違うのは、今作で中小企業が開発を挑むのは、「下町ロケット」のロケット部品と違って、一般消費者もイメージしやすいランニングシューズだという点です。中小企業の規模も零細に近い規模で、社長がビジネスに疎かったり、そのランニングシューズがアスリートという生身の人間をサポートすることを通し、ビジネスの枠では捉えにくいスポーツの世界やアスリートの視点も描かれたり、より身近な印象を与えています。

 理不尽なことしか起こらない現実の仕事をいっとき忘れて理想に浸れる作品だと思います。
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2018年04月17日

「日本語は美しいか―若者の母語意識と言語観が語るもの」

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遠藤 織枝/桜井 隆 著
三元社 出版

『まとまりのない残念な出来の本』です。とても興味深いコンテンツが含まれているいっぽうで、一冊の本には一定のテーマが必要だということも、本は読者との対話だということも、忘れ去られているように思いました。

 この本は、「第 1 部 美しい日本語」、「第 2 部 敬語」、「第 3 部 調査報告 4 つの言語の言語観」の三部構成になっています。「第 3 部」は、各地 (日本、韓国、ニュージーランド、中国 (北京と武漢)) の学生 (ニュージーランドは、例外的に学生に限定されません) を対象にそれぞれの言語について思い浮かぶイメージを問うた調査とその分析で、とてもおもしろく読めました。

 まず、調査地点によってニュージーランドとアジアで分けて見ることができますが、アジア内でも日本と韓国はそれぞれ日本語と韓国を母語として育つのが一般的ですが、中国は中国語 (おそらくMandarin Chinese) を母語としない学生も多く、ニュージーランドとの共通点が見つけられます。

 次に、日本と韓国では文字による違いがあらわれ、韓国ではハングルやその祖となった世宗に言及する学生が多いのですが、日本では、漢字とひらがなとカタカナという文字の混在に言及する学生が多くなっています。

 このように「第 3 部」については、読者が自身がさまざまな視点で比較もできますし、分析内容も簡潔かつ明瞭でした。

 問題なのは、表紙のタイトルと「第 3 部」のあいだにある内容です。「第 1 部」では、日本人は、「日本語は美しい」と感じたり、「美しい日本語」を大切にすべきと思っていると述べたうえで、その考えに影響を与えたであろう過去の主張を列挙し、それぞれに反論しています。「第 2 部」では、「日本語は美しい」といわれる根拠は敬語にあるかのように敬語をとりあげ、複数の映画に登場する会話から敬語を拾っています。

 出発点である『「日本語は美しい」と思っている日本人』という図式の根拠が薄弱で、「第 1 部」は、砂上の楼閣を思わせます。また、「美しい日本語」と「敬語」に客観的な関連性を見いだせず、「第 2 部」は、唐突に感じられます。さらに「第 3 部」では、現代の日本人 (学生) が『日本語は美しい』などと思っていないことが明らかになるため、全体の流れとして不自然です。

「第 3 部」の調査と分析が的確なだけに残念な印象が残りました。
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2018年04月16日

「わくわく数の世界の大冒険」

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桜井 進 著
ふわ こういちろう イラスト
日本図書センター 出版

 子供向け書籍のベストセラーです。数を扱う本なのに子供が興味を示すので、親御さんが喜んで買い与えるのだろうと思える本です。

 たとえば、桁数の多い数字を見て、3 の倍数とか 8 の倍数とか、ぱっと言い当てられると、「え? どうやってわかったの?」と思う心理を利用し、マジックのタネを探すような遊び感覚で数字を楽しめるよう工夫されています。

 次がその倍数を見分けるルールです。

2 の倍数……一の位が 2 の倍数

3 の倍数……各位(かくくらい)の和が 3 の倍数

4 の倍数……下 2 桁が 4 の倍数

5 の倍数……一の位が 0 か 5

6 の倍数……一の位が 2 の倍数で各位の和が 3 の倍数

7 の倍数……
@ 3 桁…百の位を 2 倍した値と下 2 桁の和が 7 の倍数
A 4、5 桁…百以上の位を 2 倍にした値と、下 2 桁の和が 7 の倍数
例: 11963→119×2+63=301→3×2+1=7→7 の倍数
B 6 桁以上…3 桁ごとに交互に足したり引いたりした和が 7 の倍数
例:186823→−186+823=637→6×2+37=49→7 の倍数
(加減算の結果が 3 桁なら@を繰り返す)

8 の倍数……百の位を 4 倍した値と、下 2 桁を比べて大きいほうから小さいほうを引いた差が 8 の倍数

9 の倍数……各位の和が 9 の倍数

10 の倍数……一の位が 0

 たとえば 3 の倍数の場合、10 でも 100 でも 3 で割ると常に 1 余るところに気づくことができれば、マジックのように見えた判定ルールの仕組みがわかるようになります。数字を使った頭の体操といった感じでおとなも楽しめます。
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2018年04月10日

「ビミョウに異なる 類義の日本語」

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北原 保雄 著
小学館 出版

 タイトルにあるようにビミョウに違うことばを比べているのですが、驚いたことがいくつかありました。

 まず、ワイシャツとカッターシャツ。これらが同じ衣類を指していることは、実物を見ていればわかることなのですが、驚いたのはカッターシャツの語源です。スポーツ用品メーカーの美津濃 (現ミズノ) の元社長水野利八氏が「勝った」をもじって作ったそうです。『カッター』が日本語だったなんて驚きです。

 次に、ウールとカシミヤ。ウールが羊毛、カシミヤがカシミヤ山羊の軟毛から作られ、そのカシミヤ山羊はインド北部のカシミール地方およびチベットが原産で、冬は寒くて乾燥し、夏は熱帯という温度差の激しい高度 1000m の山奥に生息するという説明はいいのですが、驚いたのはその量です。カシミヤ山羊からセーターを 1 枚編むのに約 4 頭分、コートだと約 30 頭分もの原毛が必要になるそうです。カシミヤのコートを見るたび、軽くて暖かいけれど、お高いと思っていた態度をあらためる気になりました。

 最後は、同じだと思っていたのに実は違っていたもの 2 組です。まずは、クッキーとビスケット。一般社団法人全国ビスケット協会によると、「日本では糖分や脂肪分の合計が 40% 以上含まれていて、手作り風の外観をもつものを、クッキーと呼んでもよいという決まりがあり、両者を区別して使う傾向がある」とのことです。クッキーと呼ぶ要件の存在を初めて知りました。次は、ぼた餅とおはぎ。春は『ぼた餅』、秋は『おはぎ』と呼ぶのですが、両者のあいだに小豆の収穫時期が挟まります。収穫したての小豆は皮ごと食べられるいっぽう、春になると皮が固くなって口当たりが悪くなります。その結果、秋は、粒々としたつぶ餡で萩の花のように仕立て、春は、皮を取り除いた滑らかなこし餡で牡丹の花のようにするようになったというわけです。

 どれもビミョウな違いのお話でした。
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