2009年11月17日

「大阪人の説明書―自分が一番おもろいで!」

20091117[OsakajinnoSetsumeisho].jpg

NAN DE YANEN 著
双葉社 出版

 感想をひとことにまとめると、物足りなかったです。

 読者が分野別(基本スペック・文化モード・恋愛モード・食生活モード・言語モード・望郷モード)のチェックシートに答えていって、その該当数で大阪人度合いがわかるようにできています。

 大阪に長く暮らす人が見れば、チェックシートの妥当性もわかるかと思いますが、その根拠に疑問を持たれる方や大阪人らしさの度合いだけわかっても仕方がないと考える方には向かない本だとは思います。(解説部分が少なくて、タイトルにあるようには「説明」できていません。)

 よくできたチェックシートだと感心する部分もあるのですが、それでも1000円という値段を考えると割高な気がしました。
posted by 作楽 at 07:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月16日

「おいしいワインに殺意をそえて」


おいしいワインに殺意をそえて
Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス


 「ベベ・ベネットシリーズ」に似たコージー・ミステリです。ロマンスのお相手がスマートな上司という点も、主人公が恋愛面では控えめながらも探偵面ではすこぶる大胆な行動にでるところも、ミステリ以外のおまけがある点も、似ています。ベベ・ベネットシリーズのおまけは60年代のファッションでしたが、今回はワイン。お勧めのワインに合う料理のレシピが付いています。そんな手が込んだ料理なんてわたしにはつくれません、というレシピから、手軽につくれそうなレシピまで、揃っています。

 今回の主人公は、売れない女優、ニッキィ・サンズ。生活のためにしているウェイトレスでチップをはずんでもらうためにワインの知識を身につけたのですが、それがきっかけで、あるワイナリーのオーナーから仕事のオファーを受けます。そして、そのワイナリーに着いた途端、死体を発見してしまうという展開です。

 ミステリの場合、先が気になってほかのことを放ったらかしにして読んでしまうのですが、これはそうはなりませんでした。わたしには人物描写が物足りない感じで、盛り上がり感に欠けた気がしました。ロマンスのお相手の魅力や、恋敵にあたる元妻の憎々しさなどが、もう少しあってもよかったかなと思います。その一方で、ワインやおいしい料理が揃っている点は、楽しめました。
posted by 作楽 at 07:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

「A Touch of Frost」

20091110[ATouchOfFrost].jpg

R.D. Wingfield 著
Sphere Books 出版

 「Frost at Christmas」の続編です。相変わらず、主人公ジャック・フロストの個性が光っていました。

 今回、不運にもフロストの相棒になってしまったのは、ウェブスター。失態で降格になり、フロストのいる署に異動になり、相棒になります。前作の相棒同様、ろくに眠らせてもらえず、ペーパーワークを押し付けられて辟易するウェブスターは、以前はフロストと同じポジションにいただけに、フロストに従う立場にうんざりしている様子。しかし、それが最後の最後に、フロストに一目置くようになります。それが、ウェブスターがフロストに対し、Sirと呼ぶひと言にあらわされていました。そのひと言と同じ重みで、フロストの人柄が滲んでいました。

 そこにたどり着くまで、殺人、連続レイプ、強盗、家出とありとあらゆる事件が起こります。しかも、警察流(?)の事件の重み付けで、担当が変わったり受ける圧力が変わったり、ややこしい出来事を経て、それぞれが並行して進展します。それぞれの事件は別々に見えて実は相互に関係していたり、その逆だったり。関連性を推測するという楽しみは、ひとつの事件だけを追うミステリとは違った味わいがあり、今回も楽しめました。

 しかも、今回はかなりフロストの心情に入り込んでしまう部分がありました。フロストは懇願されて躊躇いながらも、同僚の事件に踏み込みます。しかし、待っていたのは苦い結末。しかも、実はフロストが事件の全容を見抜いていたことが明らかにされ、さらに苦悩の色が見えてきます。もちろん、わたしの仕事に人の生死は関わってきませんが、こういうことってあるんだよな、といった共感を感じてしまいました。

 このシリーズは、謎解きとフロストのキャラクターというバランスのよい二本立ての楽しみのほかに、小さな共感の種が埋まっているところが気に入っています。
posted by 作楽 at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

「水時計」


水時計
Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス


 水にまつわる忌まわしい記憶をもつ男が、イギリスの沼沢地帯で起こった事件を追う本格ミステリです。タイトルがとても気に入りました。

 水に脅かされる海抜の低い沼沢地帯で起こる事件を追う新聞記者フィリップ・ドライデンは子供の頃、クリスマス・プレゼントのスケート靴で滑っている最中、川に落ちてしまったことがあります。そして、成人したあとも、妻と車で移動中に川に落ちるという災難に遭っています。そんなドライデンの過去の記憶が時間を超えて表面にあらわれることがあります。それは、事件を追い危険に迫ってしまったとき。水で時を刻む水時計と時間を自由に行き来するドライデンの水にまつわる記憶。うまくできたタイトルだと思います。

 最初の死体は、ラーク川に沈められていた盗難車から見つかります。後頭部を撃たれ、トランクに詰め込まれていました。その翌日、大聖堂の屋根で白骨化した二番目の死体が見つかりました。1960年代頃から誰にも発見されず、大聖堂の屋根修復工事をきっかけに見つかりました。

 小さな街で立て続けに見つかった死体に関係があるのでは、と疑うのは自然なことです。たとえ、数十年隔たった殺害時期でも。そういう疑いをもったひとりがドライデンです。ドライデンは記者として追う必要がある以上に事件を執拗に追い犯人をあぶりだそうとします。それは警察に貸しをつくり、ある事故記録を閲覧するため。妻と移動中に車ごと川に落ちた事故は、ドライデンたちの車の前に突然飛び出してきた車が原因でした。その記録はなぜか極秘扱いになっていて閲覧できません。だから、警察に貸しをつくりなんとかその事故記録を手にしたいと考えたわけです。

 記者として二件の殺人事件を追いながらも、自分の辛い過去−−妻をベッドの上から起き上がることも話をすることもない状態に追いやった事故−−の真相も究明しようとするドライデン。地方の記者であるドライデンは日常のこまかな事件も同時に追いかけますが、そこには殺人事件の伏線もたくさん仕込まれていて、あとであっと思う場面がたくさんあります。

 沼沢地帯の風景や水の記憶と数々の事件がうまくまじり合った作品です。
posted by 作楽 at 07:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

「ソーネチカ」

20091104[Sonetika].jpg

リュドミラ ウリツカヤ 著
沼野 恭子 訳
新潮社 出版

 簡単そうに見えて実は難しい生き方が淡々と描かれています。タイトルの「ソーネチカ」はロシア人女性の名前で、この本の主人公です。

 ソーネチカは運命のいたずらともいえる出来事に抗う様子もみせず静かに受け入れ、もてるものに感謝して過ごします。その一方で、周囲の価値観には流されない芯の強さがあります。自分の考えをもつことなく、周囲に委ねる生き方ではないのです。好きな人、愛しく想う人を大切にして、そのためには身を粉にして働くことを厭わないところにもソーネチカの強さがあらわれていえます。

 でも、昔の日本女性のような堪え忍ぶ女性のイメージとも違います。不平不満を表に見せないのではなく、内面から不平不満が湧き起こってこないようなイメージなのです。泥沼になってもおかしくない状況においても、他者をそのまま受け入れているのです。

 そういう女性を淡々と描きひとつの世界をつくり上げた点が、この小説の成功ではないのでしょうか。

 将来の絵を描き、そこから逆算して生きることが正しいように感じてしまう日々ですが、こういう幸福のかたちを求めてもいいのかもしれないという気分が味わえました。実際は、周囲も巻き込んで自分の将来の絵に無理やり合わそうとするほうが、(結果的に自分の絵に自分や周囲を合わせられなかったとしても)日々の暮らし方としては簡単だと思いますが。

 このロシアの作家がどんな方なのか、ロシアでどんな暮らしをなさっているのか、興味が湧きました。
posted by 作楽 at 07:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

「大阪の神々」

20091102[OsakanoKamigami].jpg

わかぎ ゑふ 著
集英社 出版

「大阪の神々」とは、意味するところがよくわからないタイトルです。読み終わってもわかりませんでした。たぶん、大阪には他の地(基本的には東京)にはない価値観があり、その価値観を神さんになぞらえて語ろうというもののような気がします。(関西では、神さまとは言いません。神さんと「さん」づけです)

大阪弁の詰め合わせ」と同じ著者ですが、あちらは大阪弁ということばのニュアンスに重きが置かれていて、こちらは純粋に大阪人の価値観(ものさし)を語っています。

 タイトルはともかく、中身は「大阪弁の詰め合わせ」同様、とても説得力があります。著者は大阪の真ん中で生まれ育ったうえ、鋭い観察力もお持ちのようで、身近な家庭事情などの経験をもとに、なるほどそういうことだったのか、と頷ける解釈を展開しています。

 なかでも、東京と比較しながら、男女の役割を分析しているあたりは、とても説得力がありました。こういうところにも商売人を基礎として発展してきた大阪の文化があらわれているのかと思うと、おもしろく読めます。

 わたしにとっては、東京出身の人たちは大阪の特異性をこういう視線で見ているのか、という意味で勉強になった本です。逆に、転勤などで大阪に引っ越さなければならない人たちの手引きにもなりそうな本です。
posted by 作楽 at 07:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(エッセイ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月30日

「As Simple as Snow」

20091030[AsSimpleAsSnow].jpg

Gregory Galloway 著
Berkley Trade 出版

 ある女子高生が失踪し、彼女のボーイフレンドがその謎を解こうとした軌跡が描かれた作品。

 いろいろ不思議な感じがする作品で、とても印象に残りました。失踪した女子高生アンナは、ボーイフレンドが通っていた学校に転校してきます。そして、それからすぐ、1500人ほどもいる街の住人ひとりひとりの死亡告知記事を書き始めます。そして、ひとり残らず書き終わったとき、アンナは行方不明になります。その間、7ヶ月ほどの間に、アンナは語り手であるボーイフレンドと付き合い始め、語り手はアンナのさまざまな面を知ります。アンナの失踪後、語り手は思い出を手繰りながら、アンナの行方を知ろうとします。

 高校生という一番若さがあふれている年代のアンナが、人間の一生を死亡告知記事に凝縮させるという作業をこつこつ続けていくのは不思議な感じがします。アンナは、死にこそ人のドラマがあるといい、まだ生きている人の死を想像して書きます。

 また、アンナは古い音楽や文学が好きで、生まれた時代を間違えたといいます。米国で人気のあったフィーディーニーという奇術師がいました。彼は、母親を亡くしたあとも母親と話したいと切望し、霊媒師を訪れます。しかし、友人のアーサー・コナン・ドイルは霊媒師は手品師のようなものだと種明かしをします。それを聞いたフィーディーニーは落胆し、妻とのあいだにふたりだけの暗号を決めます。似非霊媒師に騙されないように。アンナは、それと同じ暗号をボーイフレンドとの間に決めようといいます。ふたりだけの暗号。死んだあとも交信するための暗号。それがタイトルの"As Simple as Snow"です。そんな逸話を知っているだけでなく、実際に暗号を決めようとするのは、不思議な感じがします。

 しかし、失踪にしろ、事件や事故に巻き込まれたうえの死にしろ、アンナがその暗号を使うことはありませんでした。

 この本はもともと大人向けに書かれたものらしいですが、実際はティーンエイジャーに人気が出たそうです。同世代でこういう子がいたら、という憧れのようなものを感じて、若い世代に人気がでたのかもしれません。ミステリアスなアンナに最後まで引っ張られました。
posted by 作楽 at 07:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

「災厄の紳士」


災厄の紳士
Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス


 中盤にさしかかったとき既視感を覚え読書記録を探してみたら、ありました、これと同じ作家D.M.Devineの「ウォリス家の殺人」。その訳者あとがきには、わたしの既視感をそのまま表現した部分がありました。「実はディヴァインの作品には、舞台や登場人物や小道具などに、一定のパターンが感じられるのです」

 ふたつの作品に共通する部分だけをつなぎあわせていくとこんな感じです。

 作家として高い評判を得た時期がありながらも、ある出来事をきっかけに下降線をたどった偏屈な男がいます。その男は、過去の秘密をもとに強請られますが、なんとか隠蔽しようとします。家族はその恐喝がもとで何か不吉なことが起こるのではないかと怯えながらも、男を見守るしかありません。男は円満な家庭を営んでいるわけでも、理解ある父親でもないのです。そしてある日、殺人事件が起こります。その殺人事件をとくのは、諍いのどろどろした部分をよく知る人物です。殺人犯がわかると同時に、恐喝内容も明らかにされます。それは男が過去に関係をもつべきではない女性と性的関係をもったことが原因になっています。

 たしかにここまで共通点があると、一定のパターンと解説されても仕方がないと思います。わたしなどはその解説を読んで、だったら一作読めば充分かという印象をもってしまいましたが。(ただ、肝心の作家名を完全に忘れ、二冊目を読んでしまう結果にはなりました。)

 不思議なことに、一定のパターンを認識しながらも、犯人は誰かが気になって先へ先へと読み進めてしまうことに変わりはありません。やはり、緻密なプロットが魅力なのでしょう。

 この作品では、ジゴロのネヴィル・リチャードソンが共犯者の入れ知恵で、有名作家だったエリック・ヴァランスの娘アルマ・ヴァランスを騙して結婚の約束をとりつけようとするところから始まります。その狙いは何なのか、共犯者は誰なのかが気になって引き込まれていきます。そして、その狙いが有名作家だった父親の恐喝だとわかった途端、ネヴィルは殺されてしまいます。そのあとは、犯人が誰かが焦点になり、ひっぱられてしまいます。

 「ウォリス家の殺人」と似ているとわかったあともぐいぐい惹きつけられてしまうところに、この作家の力量があらわれていると思います。
posted by 作楽 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

「大阪弁の詰め合わせ」

20091026[OsakabennoTsumeawase].jpg

わかぎ ゑふ 著
講談社 出版

 大阪弁のことばが辞書のように並べられ、対応する標準語訳が付されたあと、エッセイ形式でそのことばのニュアンスが説明されています。

 なかには「たしかにそういうニュアンスだ、うまく訳しているなあ」と思うものもあります。たとえば、以下です。

 ケチやない! → よく見ましょう
 買(こ)うてもええけど…… → まだなにか付けてくれる?
 行っとこか → そうしておこうか
 それはないわ → きっちりしてください/いまさらひどいわ
 ワヤですわ → ダメです

 東京に暮らすようになって、大阪と違うと感じることがしばしばあるのですが、どう違うのかはっきりわからないことが意外と多いのです。違和感を感じたことを思い起こしながら、この本を読むと首をぶんぶん振って納得する部分が多いのに驚きます。

 日々の生活に一番密着している仕事の場面で使うことばは、ドキリとするくらいです。たとえば、「あきまへんて」の欄。これには、「いまのうちにどうにかしましょう」という標準語訳があてられています。

 関西では、部下が上司にダメ出しするのも一般的です。(もちろん、上司が部下にダメ出しするのは東西の共通でしょうけれど。)上司の計画に漏れがあるときも、リスクを過小評価しているときも、「あきませんて」とか「そら、あかんでしょう」とか、突っ込んでいました。いまは仕事では標準語を使っているので、「それじゃ危ないでしょう」とか、その都度状況に合わせてことばを選ぶようにしていますが、迷うことも多く(関東出身の方々の)他人の会話を真似しようと思っていても、なかなかチャンスがありません。やはり、この本にあるとおり関東では部下が上司に突っ込む度合いが関西と関東では違うのだと思います。関西では、いくらでも修正や立て直しがきくときに「あきませんて」と言って、上司と部下双方が動くような気がします。だから「いまのうちにどうにかしましょう」という訳はよくできていると感心してしまいます。

 ただ、仕事というのは社風も大きく影響するので、関西と関東で違う会社で働いているわたしとしては自信がなかったのですが、この本を読んで、やっぱり、と感じました。

 別に関東から出ていくつもりはない、という方にとっても、大阪人と仕事をなさる機会があれば、読んでるあいだ笑えて、多少参考にもなる、という本だと思います。
posted by 作楽 at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(エッセイ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

「無伴奏」

20091021[Mubansou].jpg

小池 真理子 著
集英社 出版

 結末が近づくにつれ、響子が勢津子に話してしまおうなどと思うだろうか、という疑問が膨れてきました。そして、読み終わったとき、やっぱり響子なら話さなかったのではないか、と思いました。

 響子は語り手です。40歳を目前に高校時代を過ごした仙台に行き、勢津子という女性と会います。20年前のなにかを話すために。そこから回想のかたちで響子の高校3年生から浪人時代のことが語られます。響子にとってその後の人生を変えるに至った、恋にまつわるショッキングな思い出の舞台になっているのは、1960年代後半の仙台。大学闘争が盛んで、高校まで飛び火していた時代に仙台にあったクラッシック喫茶が「無伴奏」です。

 響子が徐々に明かしていく勢津子に話すなにかに引っ張られて読み進めてしまいました。20年経っておとなの女性の視点で語られる青春は落ち着きと瑞々しさの両方が感じられ、響子に寄り添って読めました。10代の終わりと30代の終わりでは、ものごとの受け止め方も価値のおき方もまったく違うのですが、回想に30代の響子をあまり持ち込まず、10代の響子が細やかに描かれているのが、気に入りました。

 おそらく、おとなの落ち着きをもって語らせるために30代の響子に回想させる必要があったのかもしれませんが、勢津子に話すことはなかったように思います。実際、響子は話すきっかけを失い、そのまま響子と別れます。最初から、響子は心のどこかで話さないと決めていたのではないかとさえ思えてきました。

 単なる読み手のわたしがそう決めつけてしまうほど、響子という女性が伝わってくる作品でした。
posted by 作楽 at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする