2014年09月30日

「頭の悪い日本語」

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小谷野 敦
新潮社 出版

 できることなら正しい日本語を使いたいという気持ちから、日本語の誤用をとりあげる本を時々読んでいます。ただこの本は、書かれてある内容を鵜呑みにせずに、自分で調べてみたり、考えてみたりするきっかけとして受け止めたほうがいいような気がしました。

 ご本人の好き嫌いによって、よくない(正しくない)言葉だと指摘しているだけあって、首を傾げたくなる点が複数ありました。

 たとえば、以下です。

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日本では1980年代から「バーチャルリアリティ」などという言葉が用いられて、これが「仮想現実」などと訳されたため、「ヴァーチャル」が「仮想の」という意味だと思われるに至っているが、「ヴァーチャル(virtual)は「実質的な」という意味なので、この訳語は、英語の原語が持っているニュアンスと、それが使われた背景を消してしまう、不適切なものである。
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 これで全部です。「virtual reality」はどう訳されるべき言葉なのかという提案はありません。指摘をするだけで、代替案を出せない著者だということは仕方がないとしても、間違っているとする部分の把握が不適切だと思います。

「virtual reality」というふたつの単語が「仮想現実」という四文字の言葉になったから、前半の「virtual」を「仮想」という意味だと理解するのが、間違っているだけで、「virtual reality」を「仮想現実」と呼ぶことが間違っているようには思えません。現実そのものではないけれども、現実と受けとってしまうほどのものに「仮想現実」という呼び名を与えたことが、不適切と決めつけるのは、どうなんでしょうか。

 これに類することが他にもあるため、注意が必要だと思います。
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2014年09月29日

「知ってても偉くないUSA語録」

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町山 智浩 著
文藝春秋 出版

 アメリカに住まう普通の人々の価値観を垣間見ることができた気がします。わたしは、アメリカに本社があるIT企業に勤めている関係で、アメリカ人を思うとき、大学を出て、郊外の戸建てに住み、16歳以上の家族の人数と同じだけ車を所有し、家族で海外旅行を楽しむ人たちを思い浮かべます。

 でもこの本では、そういう人たちよりもう少し幅の広い層の人たちが登場します。しかも書いているのが日本で生まれ育ってアメリカに渡った方なので、日本との比較に共感しながら読めました。

 とりわけ過疎化地域の再生や出生率低下に対する危機感のなさなどの話題は、インパクトがありました。

 かつて自動車産業で栄えたデトロイトは、工場閉鎖などが続いた結果、過疎化が進み、警察官を呼んでも平均58分待たなければならないほどの財政難に陥り、再生を余儀なくされました。日本にも破綻した行政はありますが、いったん大都市になりながら、ここまで急激に過疎が進んだ例はないような気がします。デトロイトを象徴するモノのチョイスが印象的でした。

 日本と似て非なる例のもうひとつは、出生率低下に対する捉え方です。日本ほど極端ではありませんが、アメリカでも出生率が低下しつつあります。その状況下においても、子供のいない生活を選ぶ自由に対しアメリカ人は肯定的です。子供を産んでいない未婚の女性に対してなら、どんな野次を飛ばしてもいいと考える議員が闊歩する日本と比べてしまい、いろいろ考えさせられました。
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2014年09月27日

「レキシントンの幽霊」

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村上 春樹 著
文藝春秋 出版

 以下が収められた短篇集です。

−レキシントンの幽霊
−緑色の獣
−沈黙
−氷男
−トニー滝谷
−七番目の男
−めくらやなぎと、眠る女

 村上春樹の短編集で最初に思い出すのは「東京奇譚集」です。現実離れしていたり、現実的な暗い局面であってもさらりと受け止めたり、少しばかりツッコミを入れたくなる可笑しさがあったり、そういう印象を受けた作品集でした。

 それに比べるとこの短編集は、読後、どんよりしてしまう作品が多く、このなかでは一番好みの「レキシントンの幽霊」以降は、読み進めるのに苦労しました。

 たとえば「沈黙」には、とても現実的な部分があって、そこを登場人物がこれ以上ないほど真正面から向き合っているところに逼迫感がありました。また、「七番目の男」は、主人公自らが救われたと言っていながらも、なぜか救われたという実感が伝わってきませんでした。

 それらの暗さにリアリティがあっただけに、気持ちとしては、読んだ内容を忘れたいという方向に傾いたのかもしれません。

2014年09月26日

「シャンハイ・ムーン」

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S・J・ローザン (S.J. Rozan) 著
長良 和美 訳
東京創元社 出版

 ビルとリディアのシリーズ第9弾は、リディア視点で進みます。前作の「冬そして夜」のあと、ビルがリディアと距離を置くようになり、何かあったときに頼る相棒不在のままリディアは、ジョエルというユダヤ系アメリカ人の探偵と一緒に仕事をすることに……。

 ビルとリディアのシリーズ作品なのに、ビルが不在のままでどう展開するのかと思うのもつかの間、ジョエルは、自分たちが受けた案件が「どうもうさんくさい」と言いだし、事件が起こります。

 敵も味方もわからない状況下で、複雑に絡みあう過去のできごとと現在の人間関係をひとつずつ解きほぐしていく羽目になったふたりの謎解きそのものもおもしろいのですが、その過去のできごと自体がよくできた物語になっています。ドイツがユダヤ人を迫害し、その同盟関係にあった日本が中国でユダヤ人を収容するための施設を管理していた時代の話なのですが、そういう時代に翻弄されながらも、家族を支えに生きた人々のそれぞれの想いが伝わってきます。

 リディア視点の作品はいずれも多かれ少なかれ家族がテーマになっていますが、今回は国や人種を超えた家族の話だったので、中国人社会を描いたほかの作品に比べて共感できました。

2014年09月23日

「北京から来た男」

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ヘニング・マンケル (Henning Mankell) 著
柳沢 由実子 訳
東京創元社 出版

 冒頭、19人もの村人が惨殺されるという猟奇的殺人がスウェーデンの郊外で起こり、警察が捜査に乗りだします。そして事件を解決するのは、どうやらスウェーデンの裁判官ビルギッダ・ロスリンのようです。被害者に母親の養父母あるいは親戚が含まれるのではないかと思ったロスリンは、事件現場に赴き、意外な発見をします。

 その流れで、裁判官を探偵役に据えるという風変わりなフーダニット・ミステリと思って読み始めましたが、上巻を読み終えるころには、黒幕も動機もはっきりしてしまいます。

 誰が犯人か、動機は何か、どのように犯行が行われたか、殺人事件を前にして最初に思い浮かべるような謎を追うだけでなく、作家は、殺人事件の動機を通して、謎を解くロスリンの過去を通して、何かを見せたかったのではないのだろうかと推測します。

 わたしが感じたのは、搾取されたり裏切られたりした祖先の私怨をはらそうとした子孫が、社会的に見て搾取する側であり裏切る側であるという矛盾でした。そして見たこともない祖先のために東奔西走して多大な犠牲をはらうことはできても、一緒に育った姉を慈しむことはできないという矛盾でした。

 それらの大きな矛盾がどこから生まれたものなのか、考えさせられました。
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