2015年08月31日

「カリフォルニアの炎」

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ドン・ウィンズロウ (Don Winslow) 著
東江 一紀 訳
角川書店 出版

 タイトルにある炎が、とても象徴的な存在に見えました。炎は、燃えひろがるための条件を備えた方向へと進み、途中にあるものすべてを取り込みながらも足るということを知りません。燃えるための条件が欠けてはじめて絶えます。

 欲望をもつ人間がいるところへと触手を伸ばし、それらを取り込みつつ、役立たずとなれば灰となって吐きだす大きな組織に取り込まれた人々と正義を盾に取り込まれまいと踏ん張る人々が描かれています。欲望を探しあて取り込むさまも、正義という盾が意外にも脆いところも、リアリティに溢れています。もちろん勧善懲悪などという綺麗ごとでは終わりません。不正に取り込まれても悪になりきれなかったり、正しいことを曲げられないと思っていても大切な人のために例外をつくってしまうあたりが、共感をもてました。

2015年08月30日

「料理長(シェフ)殿 ご用心」

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ナン&アイヴァン・ライアンズ (Nan and Ivan Lyons) 著
中村 能三 訳
角川書店 出版

 シュールでいながら、コミカルな作品です。早くから犯人はわかっていて、犯行動機も伏線からわかっていると思っていたのですが、最後に驚きの動機が明かされます。そのちょっとした驚きが楽しめました。

 連続殺人なのですが、狙われるのは一流のシェフばかり。そこでタイトルのシェフ殿への注意喚起になるわけです。皮肉なことに、殺人などというむごい所業に対する非難より、殺された誰々よりもっと狙われるべき腕のいい料理人は他にいるだろうという非難のほうが大きくなったりします。さらにコミカルな雰囲気を生んでいるのが、本当に狙われている料理人を心配している人物(料理人の元夫)が、狙われるようなシェフたちとは対極にある安くて一定の品質を維持した料理を提供するレストランを任されている点です。

 豪華、かつ、こだわりのかたまりといっていい料理のレシピが次々と登場しても、それを羨ましく思ういっぽう、ちょっぴり揶揄したくもなる流れです。加えて、狙われている料理人とその元夫の掛け合いがおもしろく、日本ではこの手のドライでコミカルなミステリにあまり人気がないようで、見かける機会が少ないことを少し残念に思うほどでした。
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2015年08月29日

「感じのよい英語 感じのよい日本語」

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水谷 信子 著
くろしお出版 出版

 タイトルを見てもピンときませんが、おもしろい着眼点の本です。日本人が話す英語が存外英語話者から見て失礼と受け取られていることを知ったり、逆に英語話者が話す日本語が感服できても好感がもてなかった自身の経験をもとに、良い印象を与えるかどうかの観点から、日英それぞれの傾向を比較したものです。

 わたしは、普段なにげなく英語話者にならっていることに気づけました。この「なにげなく」というのが曲者で、きちんと理解してコミュニケーションをとっているわけではないので、日本語で話しているときも、そういう傾向になっていることに驚きました。具体的には、

1. あいづちなどを挟まず、相手の言い分が終わるまで待つ
 日本語では、頻繁にあいづちをうったり、相手のことばを引きとって会話を続けたりします。こういう会話の共同作業を著者は「寄り添い」の意識の現れと解釈しています。いっぽう、英語話者は、自分の話しに割り込まれたように感じ、自分の言わんとすることが「尊重」されていないように受けとります。言われてみると、英語と日本語を行ったり来たりするときは、日本語で話していても、明らかに自分のあいづちが減っていることに気づきました。

2. 相手がどうだったかという視点で褒める
 たとえば学生が先生の授業が良かったと思った場合、日本語話者は、目上の仕事をどうこう言うのではなく、自分にとって参考になったなどと自分にひきよせて謝意を述べるが、英語話者は、あなたの何々が良かったと褒めるとありました。そもそもこの褒めるという行為自体、英語話者は日本語話者に比べて頻繁にしている点も違いがあります。わたしもその頻度において、英語話者に傾きつつあるのかもしれないと思いました。

3. 断られることを潔く受けとめる
 日本語話者は、相手に何かお願いするときに、ためらいがちに始め、忙しいなどの相手の事情を理解していることなどを伝えたあとで、おずおずと依頼することが多いかと思いますが、これは英語話者にとっては稚拙に見えるようで、その説明が以下のようになされています。
 Because it shows that the speaker is honest and above board, trying to hide nothing, and is open for a direct refusal. (なぜかというと、話し手は正直で公明正大で、何事も隠そうとせず、きっぱりと拒絶されてもいいという覚悟を持っているということを、示すからです。)
 このことに通じるものがあるのですが、英語話者は、都合が悪いとき、言い方に配慮するもののきちんとノーと伝える姿勢があるので、依頼する側も相手の負担ばかりに眼を向けず、依頼できる傾向がにあるのかもしれません。

 ボリュームとしてはわずか100ページ強ですが、思い当たる部分があって楽しめました。
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2015年08月28日

「翻訳語としての日本の法律用語」

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古田 裕清 著
中央大学出版部 出版

 日本の法律は、大陸法であるドイツ法の影響を強く受けているので、法律用語の多くは、翻訳されたことばであることは想像に難くありません。それでも、ひとつひとつ用語をとりあげて、元のことばと翻訳されたことばを比べて考察するこの本を読むと、納得できることが数多くありました。

 そのなかでも契約に対する考え方の根本を教わった気がします。薄っぺらな日本の契約書と分厚くて読むのにひと苦労するアメリカの契約書の違いを前に、日本に契約は馴染まないというか、アメリカは契約社会だとか、そういうことばを耳にしますが、著者による原因の説明は納得できました。両者の違いは宗教にあるというのです。

 日本語の"契約"にあたるドイツ語の"Vertrag"ということばは、「担う」「耐える」「折り合う」などの意味も含み(ひとことで言うならば「しがらみ」)、対人関係が存在するところによく登場して、日本語の"契約"よりも日常的に使われる単語だそうです。そしてその対人関係にどう向き合うかが、ドイツと日本では大きく違います。ドイツでは、相手が期待することを単刀直入に問うたり、自らの意思表示を明確にしたりすることが求められます。その違いが契約書にもあらわれているのでしょう。こういう負担は耐えるべきだとか、こういう責任は担いたくないとか、そういうことが詰まっているのが契約書ですから。

 著者は、その欧州人の生き方は、キリスト教に裏打ちされた伝統的な人間観から派生していると言います。キリスト教の信仰は、信者の一人一人が神と契約を交わす上に成立しているからです。洗礼を受け信仰告白をするのは神との契約(神とのしがらみに身をゆだねること)であり、教会で祈り、聖書の教えを日常生活で実践するのは神との契約の履行に他ならないと言うのです。

 言われてみると、なぜ気づかなかったのかと思うほどです。この文化の違いを乗り越えて、日本人が欧米人と契約書を交わすのは、骨の折れることだと改めて思いました。
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2015年08月27日

「50代でしなければならない55のこと」

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中谷 彰宏 著
ダイヤモンド社 出版

「いまさら、こんなことをしても……」そう思うことが多くなったので、「いまさらでも、すべきことがあるのでは?」と思って、読みました。家庭のある男性会社員が主な読者として想定されているようで、組織における役回りや動き方といった、あまり参考にならない部分も結構ありましたが、しっくりとくるアドバイスが2点ありましたが。

・問題を解決するよりも、「それはそれでいいんです」と問題を凌駕する度胸をつけるのです。これは諦めるということではありません。「解決」と「凌駕」という2つの考え方があるということです。

・50代では、「しておいたほうがいいこと」よりは、「しなくていいこと」をやったほうがその人の未来がはるかに広がります。時には、それが人助けになることもあるのです。

 前者は、自分の置かれている状況に当てはまり、似たようなことを考えていたので、それを肯定された気がしました。後者については、「しなければならないこと」「しておいたほうがいいこと」「しなくてもいいこと」のうち、「しなければならないこと」に追われながら、「しておいたほうがいいこと」を少しでも多く片付けようとしている状況を見直す気になりました。
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