2016年01月29日

「マジシャンは騙りを破る」

20160129「マジシャンは騙りを破る」.png

ジョン・ガスパード (John Gaspard) 著
法村 里絵 訳
東京創元社 出版

 わたし好みのコージーミステリでした。

 描写については、主役も脇役も、登場人物の個性が巧みに描きわけられていて、読んでいると自然とイメージが定まってきます。展開については、あちこちに張られた伏線をうまく回収しつつ、読者をところどころミスリードしたりして、中弛みを感じることがありませんでした。このあたりは、一般的な読者なら、それなりに高く評価する点ではないかと思います。

 そのほか、コージーミステリに対するわたしの好みに合っていて、個人的に高く評価した点は、ユーモアのセンスがあちこちに散りばめられている点、マジシャンという一風変わった職業を選んだことを除けば主人公のイーライがきわめてふつうでありながら『いい人』で共感しやすかった点、バランスがよかった点などです。最後のバランスというのは、あまりにものごとを決めつけすぎていないことを指しています。たとえば、マジシャンであるイーライが似非超能力者の種や仕掛けを看破する場面もありますが、超能力を全面的に否定しているわけでも、肯定しているわけでもありません。否定的意見も肯定的意見もバランスよくでてくるため、読んでいて居心地が悪くなりません。

 原作のほうはすでにシリーズ3作目まで出版されていて、2作目も東京創元社から刊行される予定だそうです。2作目が楽しみです。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月28日

「すべらない敬語」

20160128「すべらない敬語」.png

梶原 しげる 著
新潮社 出版

 タイトルの「すべらない」は、テレビ番組「人志松本のすべらない話」からきていますが、その番組とは直接関係はなく、しごく真面目に敬語と向き合って書かれた本です。

 わたし自身が学校で習ったとき、敬語は尊敬語、謙譲語、丁寧語と三種類に分かれていました。それが2007年に国の文化審議会が出した最新の敬語の指針では、尊敬語、謙譲語T、謙譲語U(丁重語)、丁寧語、美化語と五種類に分けられています。これ以降わたしは、以前にも増して自分の敬語が正しいのか、自信が持てなくなりました。

 そして自分の敬語が正しいか確かめたくて、この本を手にしたのですが、この本が意図することは違うところにあります。敬語を使う本来の目的を思い出させ、敬語が正しく使えていれば、敬語を使って実現しようとしている状況を実現できると思い込むのは、誤りではないかと指摘することにあるようです。

 具体例をもとにいろいろ検証していますが、それはひとつひとつの例に対し正誤を論じるというより、その基準を(各自が各自の判断で)考えようというもので、望む状況を実現できれば、正しいと論じられている敬語を使うことにとらわれる必要はないという考えがもとになっているように思います。

 著者の指摘は的を射ていて、はっと目が覚めたように感じられた部分もありました。ただ、敬語が正しいかどうか気にする習慣がわたしから抜けたわけではありません。習慣とは、そう簡単に変わらないようです。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本語/文章) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月17日

「本にだって雄と雌があります」

20160117「本にだって雄と雌があります」.png

小田 雅久仁 著
新潮社 出版

 本が好きで好きで、本で家じゅう埋め尽くされている読書家なら、「本が勝手に増えていっている」と言いたくなるときがあるのかもしれません。では、どのようにして勝手に増えていくのでしょうか? それがこの本のタイトルです。本にも雄と雌があって、その生殖活動によって本が増えていくというわけです。

 そういう言い訳ができたら……と共感してしまう読書家ならきっと、読みたい本を読み尽くすには人生は短すぎると思っていることでしょう。そういう読書家にとってのユートピアがファンタジーとして登場します。

 タイム・トラベルの趣があり、コメディのテイストを備え、駄洒落が連発されるなかにまともなトリビアが埋め込まれているというややこしい話で、どういったジャンルの本と括るのは、わたしにはできそうにありません。ただわたしには、本好きが気に入りそうなフィクションの世界に見えました。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月16日

「不思議なキジのサンドウィ

20160116「不思議なキジのサンドウィッチ」.png

アラン・ブラッドリー (Alan Bradley) 著
古賀 弥生 訳
東京創元社 出版

 化学が大好きな11歳の女の子フレーヴィアが探偵役をつとめるこのシリーズは、第6弾である今作が大きな転換点になっています。冒頭で、チベットで登山中に行方不明になったとされていたフレーヴィアの母エリオットの遺体が戻ってくるところから、エリオットはいったいぜんたい何者だったのかという疑問が湧いてきます。なにしろ故郷に戻るエリオットを出迎えた人々のなかには、ウィンストン・チャーチル元首相までいたのですから。

 そして例に漏れず事件が起こるのですが、さすがに今回ばかりは、フレーヴィアが犯人の手がかりを得ようと、あちこちに出没するなどという展開にはなりません。フレーヴィアの家族とその過去にスポットが当てられて物語は進むのですが、明かされた過去は、「なんとまあ」としか言いようのない驚きに満ちています。突飛すぎてついていけないほどの過去です。そういう過去があったのに、なぜこれほどフレーヴィアの一家は困窮を極めていたのか、理解に苦しみます。そのいっぽうで、前作から登場したアダム・トラデスカント・ソワビーのような謎の人物がフレーヴィアの前に現れたことの説明はつきます。

 エリオットが何者でどういう経緯で命を落としたのかが明かされた結末では、フレーヴィアを待ち受ける未来も明かされます。次作からは舞台を変えて、でもフレーヴィアの持ち味は(おそらく)変わらず、シリーズが続いていく模様です。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月15日

「水晶玉は嘘をつく?」

20160115「水晶玉は嘘をつく?」.png

アラン・ブラッドリー (Alan Bradley) 著
古賀 弥生 訳
東京創元社 出版

 化学大好き少女フレーヴィア・ド・ルースが活躍するシリーズのひとつです。第2作「人形遣いと絞首台」の次にあたる今作を逃し、第4作「サンタクロースは雪のなか」を読んでいたので、第6作「不思議なキジのサンドウィッチ」の前に読んでみました。

 このフレーヴィア・シリーズはもう4作も読んでいるので、わたしのなかのフレーヴィアのイメージは、かなり固まっています。そのなかでも、一番印象に残っているのは、親子らしい親子関係を知らないという点です。母親は、フレーヴィアが物心つく前に亡くなり、父親はその喪失感から抜け出せないのか、趣味の切手の世界に逃げこんでいる様子です。

 しかし今作でフレーヴィアは、父親と秘密を共有し、無言の関係ながらも親子らしい絆を感じさせて終わります。それは、密やかでありながら心温まるものでした。そういった子どもが見る狭い世界の濃密な関係が細やかに描かれていることと、11歳の女の子らしさとおとな顔負けのパンチが効いた皮肉が同居するフレーヴィアの内なるセリフが、このシリーズの良さだと思います。

 ただ、11歳の女の子が探偵役なので、犯人究明の点からは少し物足りないのも、シリーズのほかの作品と変わりません。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする