2016年03月27日

「世界を回せ」

20160327「世界を回せ」.jpg

コラム・マッキャン (Colum McCann) 著
小山 太一/宮本 朋子 訳
河出書房新社 出版

 1974年8月7日、世界貿易センターのツインタワーの間、高さ400メートルのところにワイヤーを張り、命綱もなしに1本のポールでバランスをとりながら男がビルの間を渡った実話を1本の糸として、同時代を生きたさまざまな人(こちらはフィクション)もそれぞれが1本の糸となって、紡がれたような物語です。どれが縦糸なのかどれが横糸なのか、織りあがったときにどの色が目立つのか、読み終えてみなければわからず、読む人によって織りあがりのイメージも異なるような作品です。

 さまざまな人々が交わったり、交わらなかったりしながら、物語が進行しますが、数多い交わりのなかでも、クレアという裕福な白人女性とグロリアという貧しい黒人女性が出会い長きにわたって友情を育む関係が、わたしがイメージする全体の構図では、ひときわ目立っていました。1970年代という時代において、それは、高さ400メートルのワイヤーを渡るのと同じくらい難しいことだったはずです。

 この物語に登場するのは、高さ400メートルのワイヤーを渡るほど注目はされなくても、それぞれ困難を乗り越え、自分なりの価値観で生きた人々です。そしてそれぞれの人物がしっかりとした個性をもっていて、いまも回り続ける地球のどこかで実際に存在しているところをイメージできそうなくらいです。わたしには、クレアとグロリアが30年近くものあいだ、どのように互いを思いやったかが見えるようでした。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

「オータム・タイガー」

20160322「オータム・タイガー」.png

ボブ・ラングレー (Bob Langley) 著
東江 一紀 訳
東京創元社 出版

 主人公のタリーは、第二次世界大戦時に工作員として活躍し、その後CIAの管理職としてキャリアを積んだという経歴の持ち主です。そして4日後に退官することになっているいま、東ドイツ諜報機関の大物が、アメリカに亡命するにあたって、タリーの立ちあいを求めました。工作員を退いて30年以上経ったいま、なぜ自分が指名されたのかという謎がタリーの前に突如あらわれたわけです。

 もちろん結末では、その謎がすべて明かされるわけですが、そこには戦争という非常事態における国同士の駆け引きという側面とそのなかに巻きこまれてしまえば為す術もなく自由意思を奪われる国民の悲哀という側面があり、スパイ小説のスリルだけでなく、人間の良心や恋愛感情から生まれるドラマも楽しめます。

 国の命運がかかった責務を背負っていても、人としての感情が自然と沸き起こるあたり、戦争の辛さをあらためて感じました。ただ、その戦争が終わっても、国民は、奪われたものを取り返すこともできません。感情を抑え、生をまっとうした個人の切なさなど、来し方を振り返る心情が巧みに描かれていました。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月13日

「想い雲」

20160313「想い雲」.png

高田 郁 著
角川春樹事務所 出版

八朔の雪」から始まるみをつくし料理帖シリーズの第三弾です。

 相変わらず厳しい試練が矢継ぎ早に降りかかるものの、それぞれあっという間に解決される展開が続き、ややマンネリな感じになってきました。

 いっぽう、温室もなければ、輸入食物もなく、季節のものをそのときどきで食すという点で、季節が巡り食材も巡ってくる状況で、新しい料理を生みだす展開のほうが、忙しい現代の生活において食を疎かにしがちなわたしの視点から見て、より新鮮な印象を受けるようになった気がします。

 今回は「ふっくら鱧の葛叩き」のエピソードで、初夏の鱧で季節を感じる場面が印象に残っています。上方出身の澪が、江戸では見られない鱧を懐かしむ姿は、わたしの経験とも少し重なり、食べ慣れたものは忘れないのだと、いまさらながら思いました。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月12日

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

20160312「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」.jpg

村上 春樹 著
文藝春秋 出版

羊をめぐる冒険」とそれに続く「ダンス・ダンス・ダンス」が好きで、ついまた村上春樹の長篇を読んでしまいました。

 でも、わたしのなかの村上春樹ランキングのトップは「羊をめぐる冒険」と「ダンス・ダンス・ダンス」のままです。ファンタジーかどうかわかりませんが、現実感が薄いわりに日常のディティールが描きこまれている両作品に比べて、この多崎つくるの世界は、きわめて現実的で息がつまるほどの閉塞感を感じました。

 主人公の多崎つくるは、過去の苦しく辛い思い出と向き合うのですが、そういうことを避けたいと思う自分の傾向からして、なかなか読み進められませんでした。多崎つくるは、観察力や論理構成力があり、生真面目で、ものごとを真剣に受けとめるような、いわゆる堅いタイプなので、現実世界で同僚とするにはいい人なのですが、本のなかでわたしが出会いたいタイプではありませんでした。

 本を開いているあいだは解放されたいとか、楽しい気分に浸りたいというときには、向かない本だと思います。

2016年03月11日

「働くことと生きること」

20160311「働くことと生きること」.png

水上 勉 著
集英社 出版

 生きる糧を得るために働く必要のあるわたしにとって、働くことと生きることは密に結びついていますし、また、どちらを欠くこともできません。それでも、この作家がここに書いている「働くこと」も「生きること」も、わたしが見てきた景色とは随分ちがっていて、長い紐をたぐり寄せるように考えないと理解できないことがほとんどでした。

 わたしもそれなりに長い期間働いてきましたし、生きてもきましたが、この本に書かれたことをすんなりと理解できない理由のひとつは、この作家が生きた時代とわたしの時代が、半世紀に少し足りない時間枠で、ずれていることにあると思います。

 ただ、そのずれを乗り越えてでも、この作家の言わんとすることを咀嚼し、いくらかでも自分の身に置きかえて考えてみることは、意味あることでした。

 この本に書かれてある「天職」も「己れの道」も「労働の尊さ」も、きちんと理解できたかどうかわかりませんが、仕事に向きあうときの芯となる心構えのようなものをわたしなりに考える機会を得た気がします。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(エッセイ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする