2016年07月30日

「日曜哲学クラブ」

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アレグザンダー・マコール・スミス (Alexander McCall Smith) 著
柳沢 由実子 訳
東京創元社 出版

 いわゆるコージーミステリに分類される作品だと思うのですが、コージーミステリによく見られるパターンには当てはまらない作品です。殺人嫌疑をかけられて素人探偵が動き出すわけでもなく(そもそも殺人事件と見なされていない)、素人探偵が果敢に調査に食らいつくわけでもなく(倫理や道徳のあれこれを思索するタイプで、行動的とは言いがたい主人公)、警察関係者やプロの探偵が登場するわけでもなく(したがって素人探偵が彼らと張り合うこともできない)、きわめて静かなタイプのミステリです。

 しかもタイトルにある日曜哲学クラブなるものも、陰らしきものは感じられても、実体は見えず、女性哲学者である主人公以外のクラブメンバーも登場せず……。登場人物がきわめて少ないタイプのミステリです。

 わたしが心配することではありませんが、これでシリーズが続けられるのか、少しばかり気になりました(原作では、すでに5作発表され、次作の日本語訳も決定していますが)。訳者あとがきによると、スコットランド、特にエディンバラの雰囲気を楽しむ作品のようなので、それらに詳しい人は、堪能できるのかもしれません。
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2016年07月29日

「怖い絵」

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中野 京子 著
角川書店 出版

 表紙は、ラ・トゥールの『いかさま師』の一部分です。見る人に強烈な印象を残す、胡散臭い人たちの目つきのせいで、この作品が「怖い絵」に挙げられたのは、納得がいきます。

 そのいっぽうで「怖い絵」に挙げられたのが意外な見慣れた絵もあります。たとえば、ドガの『舞台の踊り子』。『エトワール』とも呼ばれているこの絵は、舞台の袖が見えているものの充分に華やかさがあって、怖い絵などと思ったことはありませんでした。それが、著者による解説を読むと、この絵が違って見えてきます。異なる文化や時代のものを鑑賞するときは、その背景を知っているかどうかで印象が違ってくるのだと、あらためて思いました。

 はじめて知った絵もありましたが、いかにもこれは怖い絵だと直感的に思う絵のグループと一見平和に見える絵のグループからそれぞれ3点ずつ選んでみました。

<いかにも怖い絵>
1. 『我が子を喰らうサトゥルヌス』(ゴヤ) 
  構図などこの絵には関係ないと思わせる圧倒的迫力です。
2. 『イワン雷帝とその息子』(レーピン)
  狂気が伝わってきます。
3. 『ホロフェルネスの首を斬るユーディト』(アルテミジア・ジェンティレスキ)
  並々ならぬ覚悟と気迫が感じられます。

<一見平和な絵>
1. 『グラハム家の子どもたち』(ホガース)
  裕福な家庭で大切に育てられている可愛い子たちなのに……。
2. 『ガニュメデスの誘拐』(コレッジョ)
  このあとに待ち受けていることを知っているのか……。
3. 『舞台の踊り子』(ドガ)
  現代のバレエとのギャップが大きくて……。
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2016年07月28日

「さくら」

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西 加奈子 著
小学館 出版

「サラバ!」で直木賞を受賞した西加奈子の代表作として紹介されることの多い作品です。わたしとしては、同じく代表作として挙げられることの多い「きいろいゾウ」のほうが、好みです。

 理由は、ふたつあります。ひとつは、いまのわたしには少し賑やかすぎて重すぎた点です。生きていくのが大変な状況において人生とどう向き合っていくべきか、人を愛するということはどういうことか、たまたまマイノリティ側となったときにどうすべきか、といった、大切ではあっても簡単には答えが導きだせないことが詰め込まれていました。それも関西弁の「いちびり」ということばを思い出させるような賑やかさのなかで語られるので、重く感じられました。

 ちなみに「いちびり」は、市を振るから転じたようです。セリで値を促す際の騒々しさが元になっていることばです。賑やかでよいというニュアンスもありますが、調子に乗ったうるささが少しの不快感をともなっているというニュアンスもあります。ただ、普通のいちびりは目上から疎まれ一喝されたりしますが、桁外れのいちびりとなると賞賛の対象になったりします。

 理由のもうひとつは、主人公がどういう視点で語っているのか、よくわからない場面があったことです。主人公の立場では知りえないことが、時々(後日談といったふうでもなく)さらりと書かれてあり、とまどいました。

 ただ、ベストセラーになったのは、納得できました。手垢のついていない個性的の表現でこの作家独特の世界が広がっているのは「きいろいゾウ」と同じでした。
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2016年07月14日

「日本人の9割に英語はいらない」

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成毛 眞 著
祥伝社 出版

 少しばかり言葉遣いは乱暴に感じられますし、9割という数字の根拠がやや弱い気もしますが、著者がここで主張していることは、ごくごく一般的なことだと思います。この本に書かれてあるとおり、必要のない英語を学ぶことに貴重な時間を費やすくらいなら、本を読んで教養を身につけ、人格を磨くことに労力を割くべきだと思います。英語は、道具でしかなく、道具が立派でも本人が空虚なら意味がありません。

 ただ、この当たり前過ぎる主張のみで適度な厚さの本にするのは苦しかったとみえ、後半にお勧めの本を並べていたりするのは、本のタイトルから離れ過ぎている気がしました。それに、英語を苦手としながら、もし英語が必要になったらどうしよう……という不安に囚われている方々を説得するだけの力強さは感じられませんでした。
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