2016年12月23日

「A.E. あるいは希望をうたうこと」

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新実 徳英 著
アルテスパブリッシング 出版

 まずは、内容より何より、その文体に惹きつけられてしまいました。語りかけるように柔らかく、それでいてしっかりと主張が伝わってくる文体は、カタカナがうまく取りいれられ、文末のバリエーションが豊富で、著者の個性がしっかりとあらわれています。

 タイトルにある A.E. は、After the Earthquake のことだそうです。東京を拠点に作曲活動をする著者にとってのEarthquakeは、2011年の東日本大震災です。この震災を風化させないために震災以降の作品番号には、A.E.を振っているそうです。

 和合亮一氏が震災の混乱と恐怖を詩というかたちで発し、それに共感した著者が作曲してできあがった《つぶてソング》は、よく知られていますが、そのほかにも著者の活躍は広範囲におよびます。わたしが驚いたのは、《音楽法要》です。現代語に訳された伽陀・三帰依文・回向に著者が音楽をつけて法要とされたそうです。著者は、「親しみ易い歌があって、集うごとにそれを歌うのは宗教活動にとって必要」と、さらりとおっしゃっていますが、読経にとってかわる音楽をイメージできないので、この音楽法要はぜひ聴いてみたかったと思います。

 そういった音楽活動について、わたしなどは、才能ある著者を羨む気持ちになりますが、著者は、音楽は「もらうもの」と表現しています。「自分の周りにこれだけたくさんの生命がいて、それぞれに霊性があって、そういうところに住んでいるんだから、それから多くのことをもうらうことができる」と思ったそうです。そういう謙虚さが、著者のこの文体を生んだのかもしれません。
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2016年12月22日

「対岸の彼女」

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角田 光代 著
文藝春秋 出版

 第132回(平成16年度)下半期の直木賞受賞作品です。

 30代半ばの女性、小夜子の視点で物語は進みます。3歳のひとり娘を育てる専業主婦だった小夜子が、娘を保育園に預けて働きはじめ、仕事を通じて出会った人々との交流から、自分を見つめなおすという内容です。

 タイトルである「対岸の彼女」というのは、自分と同じ大学を卒業した同い年の会社経営者を指しています。夫も子供もいない対岸の彼女は、自由を手にして勝手きままに生きているように見え、自分の仕事を見下す夫や口うるさい姑の言葉に傷つき涙する自分とのあいだには、大きな川が立ちはだかっているように見えます。

 帯には、『だけどあたしたち、どこへいこうとしてたんだろう。』とあります。小夜子が、いくつかの経験を経て自分がいこうとしていたところを見つけて選んだ道は、前向きで建設的です。周囲の人たちのように、もっと楽な道を選ぶこともできたことを考えると、好感のもてる選択でした。そう思ったのは、わたし自身も、自分がどこへ行って何をしたいのかわからずに過ごしているからかもしれません。
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2016年12月10日

「台湾生まれ 日本語育ち」

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温 又柔 著
白水社 出版

 著者の名前を読めませんでした。それを見透かすかのように著者は、最初にこう自身を紹介しています。『「おん・ゆうじゅう」と言います。/続けて言うと「おんゆうじゅう」。/ちょっぴり、おまんじゅう、に似ているのが自慢です。』

 著者は、台湾生まれ。父親の仕事の関係で3歳からずっと日本に住み、日本での永住権を得て日本に暮らし、日本で生まれ日本で育った日本国籍を有するひとたちと同じように日本語を操ります。しかし、日本語を自らの母国語と呼ぶのを躊躇う気持ちがあります。このエッセイは、そんな違和感のような気持ちの揺れをいろんなできごとを通して抽出したものです。

 父親が転勤したり、父と母で国籍が違ったり、さまざまな状況で著者と同じような状況におかれたひとは多いと思います。そのひとたちと著者のケースに少し違いがあるとすれば、日本が国籍と言語の範囲がほぼ重なりその境が海でわかりやすく区切られていること、著者がことばを仕事とする小説家であること、宗主国であった日本から押しつけられた結果として流暢に日本語を話す祖父母をもつことなどです。

 とりわけ、彼女の着眼点の鋭さや表現の豊かさにより、彼女の気持ちのひっかかりが、日本で生まれ育ったわたしにも、いくばくか理解できました。それと同時に、これまでずっと、ひとつの言語に頼ってきた自分をいつもと違った目で見ることができました。
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2016年12月09日

「坐骨神経痛は99%完治する」

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酒井 慎太郎 著
幻冬舎 出版

 内容紹介で、「足がしびれる、座るのがつらい、長時間歩けない、よくこむら返りが起きる……これらすべてが、一気に解決します!」とあって、この「よくこむら返りが起きる」に該当するうえ、いままで何度か腰痛に見舞われた経験から、興味がわいたので読んでみました。

 この本に書かれてあることを短くまとめると『あまり知られていない事実として、坐骨神経痛のほとんどの原因は仙腸関節の不調にあり、仙腸関節を調えれば、痛みはなくなる』というものです。少し要約しすぎの感もありますが、これだけです。仙腸関節の治療(関節包内矯正・かんせつほうないきょうせい)をしてもらえるクリニックが周辺にあるのなら、それでこの本の役目は終わりです。

 ただ、そういったクリニックが周囲にない場合を想定して、どのようなセルフケアを施せば仙腸関節を調えられるかも、後半に記載されています。いたってシンプルなケアなので、この本を読みさえすれば実践できると思います。必要なものは硬式テニスボール3個と毎日15分ほどの時間を割く根気だけです。

 拍子抜けするようなシンプルな対処ですが、わたしの周囲に脊柱管狭窄症に悩むひとも複数いるので、教えてあげたいと思います。
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2016年12月08日

「緑のカプセルの謎」

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ジョン・ディクスン・カー (John Dickson Carr) 著
三角 和代 訳
東京創元社 出版

 1939年に発表されたミステリだとは俄かに信じがたいほど、色褪せた感じがしません。現代のデジカメには遠くおよばない、音声すら入っていない映像が重要な証拠なので、もちろん作品の古さを実感することはできます。それでも、ひとが陥りやすい錯覚を利用したトリックは、妙に説得力があります。わたしが、もしこんなふうに誘導されたら、うまうまと罠に嵌められることは間違いないと言い切れるほどです。

 見事なトリックで成り立つその事件は、ある事件のトリックを解明するために実施された実験を巧みに利用したものでした。しかし、その実験の意図がどこにあったのかも、どのようにその実験が利用されたのかも、皆目見当がつかないところから、ヒントが小出しにされていきます。そんな展開のなか、途中で読むのをやめるなんてことはできず、ついつい読んでしまいました。

 そしてすべてが明らかになり、ずいぶんと巧妙なトリックだとひとしきり感心したあと初めて、少々偶然に頼りすぎた展開があったことに気づくといったありさまで、すっかり騙されてしまいました。発表から半世紀以上経って、新訳で再登場する作品だけのことはあります。堪能いたしました。
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