2017年03月24日

「トレント最後の事件」

20170324「トレント最後の事件」.png

E・C・ベントリー (E. C. Bentley) 著
大久保 康雄 訳
東京創元社 出版

 帯に『乱歩が惚れた大傑作』とあります。半世紀以上にわたって読み継がれている作家、江戸川乱歩が高く評価したのも頷ける作品です。

 妻とはこうあるべきといった常識、携帯電話ではなく電報が最速の通信手段であるといったインフラ、指紋採取が最先端だという科学捜査、さまざまな面で古さを感じるのですが、ストーリー展開は、古さを感じさせるどころか、いまでも斬新にうつります。

 この作品の探偵役は、新聞社から派遣されたトレントで、実業界の大物の死を調査します。トレントは、ほかの探偵同様、精力的に証拠を集め、推理を巡らせ、ひとつの結論に達します。通常の探偵小説なら、探偵役が推理を披露して、犯人が特定された時点で、結末を迎えます。この作品の場合、探偵が新聞社から派遣されている関係で、警察を出し抜いて真実を新聞で報道しようとトレントは文章をしたためます。その記事が新聞に掲載されると思いきや、まったく異なる道をたどります。さらに、これで一件落着と思ってから、またひとつ読者の予想を裏切るできごとが起こります。

 そういった基本展開を裏切るストーリーであるにもかかわらず、プロットに無理が感じられません。トリックを開陳するためだけの推理小説と違って、心理面でも辻褄があうよう巧みに作りこまれています。

 探偵が結論を出した中盤以降が、特に楽しめました。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月23日

「明治大正 翻訳ワンダーランド」

20170323「明治大正 翻訳ワンダーランド」.png

鴻巣 友季子 著
新潮社 出版

 翻訳家である著者がさまざまな切り口から、明治・大正時代の翻訳文とそのエピソードを紹介しています。この本を読むまでは考えたこともありませんでしたが、日本語の外の世界にあるものを、日本語の世界にいる人たちに伝えようとした人たちは、一世紀以上も前から試行錯誤を繰り返してきたのだと気づかされました。

 紹介作品のうち、新聞に連載された、黒岩涙香(るいこう)の翻案作「正史実録 鉄仮面」は、読者を楽しませたいと苦心した黒岩涙香によってストーリーが大胆に変更されました。どれほど面白くなったかは、著者の感想に頼らずとも、この作品が一世紀も経ってから新訳が出るほどの人気を得たことから窺い知ることができます。ここまでストーリーを変えても翻案と呼んでいいのかわかりませんが、「鉄仮面」の面白さを伝えたいという熱意は並大抵ではなかったようです。

 大ヒット作はほかにも、アニメで有名になった「フランダースの犬」があります。初の邦訳者は、日高柿軒(しけん・1879〜1956年)で、本国での出版(1827年)から約40年も経ってから、出版されたそうです。そのとき、ネロは清、パトラッシュは斑(ぶち)、ジャンおじいさんは徳爺さんという名で登場しました。それから約一世紀が過ぎ、ネロとパトラッシュを知る人もいない地元アントワープに日本人観光客が続々と訪れるほど、「フランダースの犬」は日本人に親しみのある作品に育ちました。

 そのほか、数え切れないほど数多くの子供たちに読まれてきた「小公子」は、初出が「女学雑誌」で、そこでは巌本善治妻と紹介されていた若松賤子(しずこ・1864〜96年)が翻訳しています。(翻訳家を誰々の妻と紹介するほど職業婦人が珍しい時代だったということでしょうか。)若松賤子は、早くに亡くなっていますが、もし翻訳を続けていれば、どんな作品が「小公子」のあとに続いたのでしょうか。

 これだけの作品を育てた人たちがいたことに感謝したい気持ちになりました。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(英語/翻訳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月22日

「脳科学医が教える他人に敏感すぎる人がラクに生きる方法」

20170322「他人に敏感すぎる人がラクに生きる方法」.png

高田 明和 著
幻冬舎 出版

 一般的にはあまり知られていない HSP (Highly Sensitive Person) について、該当者である著者が、おもに自らの体験を書いている本です。

 HSP とは、タイトルにある『他人に敏感すぎる人』のことで、アメリカの心理学者、エレイン・N・アーロン博士が見出したそうです。およそ 5 人に 1 人がこの HSP に該当しますが、病気ではなく、一種の『気質』にあたるそうです。

 この本を読んだきっかけは、自分がこの HSP に該当するかもしれないと思ったことです。読み終えて、いろんなことに納得がいきましたし、社会に出る前にこういう概念を知っていれば……とも思いました。(ただ、HSP が知られるようになってまだ 20 年経っていないので、物理的に不可能なのですが。)それでも、この 20% という数字や適性について知ることができたのは有意義だと思います。これまで自分ひとりの経験のなかから結論めいた、自分なりの答えを出して、それに従って行動してきましたが、その裏づけのようなものを読むことができてよかったと感じました。

 もし世代に関係なく、この HSP が 20% の割合で存在するのであれば、仕事を決めるとか、さらにはもっと前、学校を決めるとき、該当しそうな人たちに読んでほしいと思います。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月21日

「校閲ガール」

20170321「校閲ガール」.png

宮木 あや子 著
KADOKAWA 出版

 最近ドラマになったと知り、ライトノベルとは知らず、読みました。

 ライトノベルにリアリティを求めるのは筋違いなのですが、それでもやはり、現実味がなければ、物語の世界に入りこむのは難しいと痛感しました。本を読んだこともない入社2年目が、大御所小説家の校閲を任されるって……、しかも、編集者の仕事もついでにしてしまうって……、と気になりだしたら、先の展開を想像して読む気分になれず、表面を滑るように読んで終わりました。

 そのいっぽうで、出版不況については、かなりリアルな溜息が描かれていて、そんな暗い状況を明るくしたいという希望が、こんな主人公を生んだのかもしれません。そのわりには、明るくなれる要素が少ない気がします。わたしにとっては、中途半端な作品でした。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

「コンビニ人間」

20170320「コンビニ人間」.png

村田 沙耶香 著
文藝春秋 出版

 第155回芥川賞受賞作です。わたしにとって、とても共感できる作品でした。

『普通』であることを求められるものの、『普通』とはどういうことなのか、いまひとつはっきり把握できない主人公の古倉恵子は、世間から弾きだされたような生きづらさを感じつつも、コンビニではその一部としてきちんと役割を果たしていると実感ができ、それがタイトルの「コンビニ人間」になっています。

 周囲と同じであることの安心感を必要としなくても、周囲は、周囲と認識を同じにすることを、容赦なく、しかも暗に求めてくるあたり、現代の空気がよく表現されていると思います。その空気感は、売上目標を達成するというゴールに向かって、POPを作成する、在庫を補充する、明るい挨拶を心がけるなどといった具体的かつ詳細な作業にブレイクダウンされているコンビニのプロセスと対比されることによって、とてもリアルに感じられました。

 機会があれば、またこの作家の作品を読んでみたいと思うほど、気に入りました。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする