2017年05月26日

「死語にしたくない美しい日本語」

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日本語倶楽部 編
河出書房新社 出版

 美しいかどうかは主観なので、断定しにくいのですが、わたしのものさしでは『美しい日本語』に入らない日本語も数多く収められています。

 読んでいて思ったのは、抽象的な概念ではなく、現に存在するモノと結びついたことばは、そのモノが存在しなくなると死語になってしまう確率がぐんと高くなるのではないかということです。

 以下は、その例です。

【亭主の好きな赤烏帽子】

時代劇がなくならないかぎり、烏帽子を見る機会はいくらか残るかと思いますが、赤烏帽子の異様さ(烏帽子は黒が一般的)は簡単には伝わらないと思います。また、このことばの意味する、赤烏帽子のように異様なものであっても、一家の主人が好きであれば、家族はそれに従わなければならないという考え方も時代に合いませんし、死語になってしまいそうです。

【轡を並べて】

こちらも轡(手綱をつけるために馬の口に装着する金具)という、目にする機会の少ないモノが含まれています。轡をつけた馬たちは、並んで一緒に進むことから、多くの人が同じ目的で一緒にそろって行動するさまをあらわしていますが、轡をつけた馬の様子を想像するのは難しいのではないでしょうか。

【搦手から攻める】

城の正門を大手、裏門を搦手といい、搦手は警備が甘いことから、弱点や物事の裏面という意味になったそうです。城や戦とは無縁の現代には、イメージしにくいと思います。

 死語にしたくない日本語を読んでいたはずなのに、死語にならない条件を考えてしまいました。
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2017年05月25日

「歴史をかえた誤訳」

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鳥飼 玖美子 著
新潮社 出版

 タイトルにある『誤訳』は、時間や能力などに限りがあって、意図せず間違えてしまった訳ではなく、広い意味での誤った訳のことです。『あやまる』ということばを広辞苑 (第6版) で引くと、ひとつに『普通の状態からはずれる。正常でなくなる。』とあり、この意味が近いと思います。それら誤訳を自分なりに分類してみると、以下のようになりました。

1. 能力がまったく足りていないのに通訳や翻訳をした結果、コミュニケーションが成立しなくなったケース

 論外のケースで、著者のおっしゃるとおりという感想しかありませんでした。

2. 思い込みなどに阻まれ、意図せず一部間違えたケース

<例>
日本語:大きな航空母艦
訳された英語:unsinkable aircraft carrier (不沈空母)

 この『不沈空母』は、実際には大型船舶ではなく、沈みようのない航空基地を意味しています。この間違いの背景は、本書で詳しく説明されていますが、通訳の場合、翻訳に比べて時間的制約が大きく、つい間違えてしまうことは、あり得ると思います。首脳会談などの通訳は、本当に大変だなと思わず同情してしまいました。

3. 黒子として通訳や翻訳に携わるのではなく、自らにとって都合のいいように意図的に歪めたケース

 1999年の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連法案の検討に際し、政府が意図的に軍事色が薄れる訳にしているとして、新ガイドライン研究会という団体が自らの訳と政府訳を比較対照し、説明を加えた書籍(「超明快訳で読み解く日米新ガイドライン」)を出版しました。以下は、本書で紹介されているその抜粋です。本書に紹介されている文脈では、新ガイドライン研究会の指摘が、わたしには妥当に見えました。

<例>
mutual cooperation planning in situations in areas surrounding Japan
同研究会訳:日本周辺地域における事態での相互共同作戦計画作成
政府訳:周辺事態に際しての相互協力計画

sea lines of communication
同研究会訳:海上補給路
政府訳:海上交通

logistics support activities
同研究会訳:兵站支援活動
政府訳:後方支援活動

intelligence gathering and surveillance
同研究会訳:諜報収集と監視
政府訳:情報収集及び警戒監視

4. 文化的背景を考慮すべき場面で、苦慮するケース

<例>
(日米貿易摩擦の原因となった日本の繊維製品輸出の自主規制を求められた場面で)
日本語:善処します
訳された英語:I'll do my best

『善処』すると言われて、結果を期待する日本人は少ないと思いますが、英語の best は、かなり積極的に聞こえます。ちなみに、広辞苑第6版で『善処』をひくと、『物事をうまく処置すること』とあります。辞書に載っている意味から離れて訳すのは難しく感じるいっぽう、あとになって『最善を尽くす』と言ったではないかという議論になっても困ると感じました。

 以下は文学作品からの例です。本書のタイトルからは一番離れている話題ですが、一番楽しめました。

<例>
太宰治の「斜陽」:
お昼すこし前に、下の村の先生がまた見えられた。こんどはお袴は着けていなかったが、白足袋は、やはりはいておられた。

ドナルド・キーン訳:
A little before noon the doctor appeared again. This time he was in slightly less formal attire, but he still wore his white gloves.

 男性の白足袋という日本の正装を白手袋という英語圏での正装に置き換えている点で名訳とされていると紹介されています。もしわたしがアメリカ人で、日本文学に興味をもって読む機会があったら、袴は袴として、白足袋は白足袋として登場してもらいたいと思いますが、これが名訳とされることには納得できます。

 通訳とか翻訳は、わたしにとって興味の尽きない話題です。
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2017年05月24日

「たたみかた 福島特集」

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三根 かよこ 編
アタシ社 出版

 30代のための社会文芸誌だそうです。想定読者とは随分世代が違いますが、30代のころに、社会文芸誌というジャンルの雑誌を目にした記憶がないので、読んでみたくなりました。

 この創刊号は、東日本大震災、特に福島をテーマとしていますが、一番印象に残った記事は、福島とは何の関係もない記事でした。テロ組織に加入しようとする人を思いとどまらせたり、すでにテロ組織に入ってしまった人を脱退させたりする活動をソマリアで実施している永井陽右氏(25歳)に、編集長である三根氏(1986年生まれ)がインタビューした『この世紀のヒーロー』という記事です。

『話せばわかる』という考え方を一切否定し、『絶対に分かり合えない』という前提にたって、社会をよくしたい、世界を平和にしたいと考えて活動している永井氏の姿勢に共感すると同時に、その若さでそんな風に考えられる人がいることに心強さを感じました。

 この雑誌の紹介文に『合意形成を成し遂げるための必読書!』とあります。もちろんこの雑誌を読んでも、合意形成に到達する道筋が見えるわけではありませんが、社会における人と人の交わりが希薄になり、家族が小さくなり、真っ向から意見を闘わせる機会が少なくなっているいま、こういう雑誌のニーズが生まれたのだろうかと想像しました。
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2017年05月02日

「日はまた昇る」

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ヘミングウェイ (E. Hemingway) 著
大久保 康雄 訳
新潮社 出版

文豪おもしろ豆事典」を読んで、文句なしに文豪と認められるヘミングウェイが最初に発表した長篇を読みなおしてみました。数十年前、この作品を読んだとき、日本はバブル経済のなかにありながら、わたし自身はまったくバブルを意識しておらず、そんな状況でも、祝祭ということばが似合うこの作品の華やかな場面にばかり圧倒され、陽気でお気楽な場面しか記憶に残っていませんでした。

 日本のバブル経済が弾け、『失われた10年』が『失われた20年』になって、この作品で『失われた世代』が描く浮かれた日常を読むと、その自堕落な日常から滲みでるような諦念には、的を射た指摘が数多く潜んでいたことに、いまさらながら気がつきました。

 その場しのぎの日常を送っているだけに見えても、自分の力では如何ともしがたいことを抱え、自分を律している部分を見過ごしていたように思います。

 経済がどうであろうとも、戦争を現実として考えにくい、きょうの暮らしの延長線上に将来の暮らしをイメージできる幸運に、日々もっと目を向けるべきなのだと思いました。
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2017年05月01日

「ブラウン神父の知恵」

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G・K・チェスタトン (G. K. Chesterton) 著
中村 保男 訳
東京創元社 出版

 読み継がれてきた作品を、古めかしい訳から新しい訳にあらため、出版するのが新訳版で、そういった版の場合、初めて読んだ古い作家の作品でも、昔の作品を敢えて翻訳しなおそうとしただけのことはあると納得できる魅力を感じることが多いのですが、この作品は、それに当てはまりませんでした。

 主人公であるブラウン神父が、小柄で風采のあがらない第一印象とは裏腹に、観察力や推理力にすぐれ、誰もが見過ごすような細かなことから論理的に事実を積みあげ、あっという間に謎を解いてみせるというギャップは、面白く感じられました。また、先入観や周囲の人々の意見にとらわれ、ものごとを公平に客観的に見ていない点を指摘する展開に意外性も感じられました。

 ただ、全体を流れる冷笑的なトーンがわたしの好みではありませんでした。また巻末の巽昌章氏による解説で「古代趣味、綿々たる因縁ばなし、奇怪な呪い」と形容されている怪奇趣味的要素も、わたしは苦手なので、読みすすめるのに苦労しました。

 以下の12篇の短篇が収められています。こうして12もの意外な展開が用意されていることを考えると、好みにあわなかったとはいえ、中身の濃い1冊ではあると思います。

ーグラス氏の失踪
ー泥棒天国
ーイルシュ博士の決闘
ー通路の人影
ー機械のあやまち
ーシーザーの頭
ー紫の鬘
ーペンドラゴン一族の滅亡
ー銅鑼の神
ークレイ大佐のサラダ
ージョン・ブルノワの珍犯罪
ーブラウン神父のお伽噺
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