2017年08月10日

「超訳 ニーチェの言葉」

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白取 春彦 訳
ディスカヴァー・トゥエンティワン 出版

 理解できているという実感が得られず、昔、最後まで読み切れなかったニーチェの作品が、小さな書店でも大量に平積みされていて驚いたことを思い出し、本書を手にしました。読み終えて、「超訳」とは何かという疑問がわきました。

 特許情報プラットフォームという登録商標が検索できるWebサイトによると、「超訳」は、1990年11月30日登録、2020年11月30日満了の商標です。1987年に出版されたシドニィ・シェルダンの「ゲームの達人」が最初の「超訳」のようです。

 たとえば、本書の064にある以下の出典は、「曙光」とあります。

事実が見えていない
 多くの人は、物そのものや状況そのものを見ていない。
 その物にまつわる自分の思いや執着やこだわり、その状況に対する自分の感情や勝手な想像を見ているのだ。
 つまり自分を使って、物そのものや状況そのものを隠してしまっているのだ。

 これを、ちくま学芸文庫の「ニーチェ全集7 曙光」(茅野良男 訳)で探してみても、以下438しか見つかりません。

20170810「曙光」.png

人間と物。−−なぜ人間は物を見ないのか? 彼自身が妨害になっている。彼が物を蔽っているのである。

「超訳」という登録商標をつけても、著者の解釈をニーチェの言葉とすることは、問題だとわたしは思います。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする