2018年05月11日

「異邦人」

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カミュ (Albert Camus) 著
窪田 啓作 訳
新潮社 出版

 カミュが「ひとりの人間の仕事とは、かつて一度、はじめて心がひらかれた 2、3 の単純で偉大なイメージを、芸術という紆余曲折を経て再発見する、そのための長い道行き以外のなにものでもない」と、ある作品の序文で書いていたというのを見て、カミュの作品を引っ張りだし読んでみました。

 この小説でカミュが描いているのは、人生における『意味』に対して確固たる信念をもっている青年ムルソーです。

 ムルソーには、マリイという恋人がいて、彼女から「私のことを愛しているか」と訊かれ、そんなことは何の重要性もないと指摘しながらも、マリイが結婚したいのならしてもかまわないと答えています。仕事の場面においても、かつて野心を抱いたこともあったが、そうしたものは、いっさい無意味だということを悟ったと認めています。

 また、ムルソーは人殺しとして告発され、裁判にかけられ、母の埋葬に際して涙を流さなかったために処刑されるという理不尽な目にあいますが、それに対しても意味はないと考えています。

 ムルソーを見ていて、人生において何か意味のあることはあるのか問いたくなりましたが、『不条理の哲学』ということばを思い出しました。

 作品の最後に「私ははじめて、世界の優しい無関心に、心をひらいた。これほど世界を自分に近いものに感じ、自分の兄弟のように感じると、私は、自分が幸福だったし、今もなお幸福であることを悟った。」 と、あります。カミュが心をひらいた単純で偉大なイメージとは、おそらくわたしには見ることのできないイメージに思えました。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする