2018年08月07日

「春の宵」

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クォン・ヨソン 著
橋本 智保 訳
書肆侃侃房 出版

 帯に『切ないまでの愛と絶望を綴る七つの短編』とあります。帯イコール誇大広告のように思っていましたが、この帯は的を射ていると思います。

『絶望』というのは、やや誇張かもしれませんが、視線が過去に向いている作品がほとんどです。しかも、その過去が現在に影をおとす様子から、読んでいて気が滅入ることもありますが、作品としてはよくできていると思います。

 なかでも上手いと思ったのは、些細な疑問を徐々に明らかにしていくプロセスと、登場人物の心情を語りすぎない、解釈の余地を残した描写です。さまざまな事柄がうまく結びついていくいっぽうで、疑問のすべてを解かず想像に委ねる部分が残されています。

 たとえば「カメラ」は、最初の一文で唐突に、ある道がアスファルトではなく石畳なのはなぜかという疑問から始まり、次にカメラに話題が移ります。なぜカメラより先に石畳が登場したのかわかったときには、いろんな『なぜ』が解き明かされ、登場人物に寄り添う心情になっていました。

 そのほか「三人旅行」、「おば」、「一足のうわばき」、「層」も、変えられない過去というか、こだわってしまい忘れられない過去が描かれていて、それぞれが何かしら読んでいるわたしの過去に絡んでくるようでした。

 帯にある『切ないまでの愛』に最もぴったりとくる「春の宵」は、切なすぎるあまり、「逆光」は幻想的な雰囲気のせいで、自分に重なる部分は感じられませんでしたが、どちらも共感できる作品でした。
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2018年08月06日

「ことばの波止場」

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和田 誠 著
白水社 出版

 有名なイラストレーターが書いた本なのですが、絵についてではなく、『ことば』について書かれています。子供のころから、ことば遊びが好きで、ことばに対する関心が高かったようです。

 子供のころに遊んだ替え歌についての考察は、考えさせられました。もちろん、好きな歌をおもしろおかしく替え歌にしたという例もありますが、著者の子供時代は戦争と重なる時期でもあり、何かを強いる歌をナンセンスな歌に替えて風刺をきかせていたという意見です。

 また、「クマのプーさん」の翻訳版を読み、原文をあたってみないと訳文だけではわからない翻訳もあると気づいたエピソードも考えさせられました。

◎The thing to do is as follows. first, Issue a reward.

 これは、イーヨーがしっぽをなくしてプーさんが探しにいく場面で、森のフクロウに相談したとき、フクロウが出したアイデアです。著者が小学生時代に読んだころ、この Issue a reward が懸賞にするという訳になっていたそうで、その直後プーさんが (フクロウはいま) 咳をしたでしょと言うのですが、話の前後が繋がらず、疑問に思ったそうです。高校生になって著者は原文にあたり、Issue の発音とくしゃみの音がかけてあったことに気づいたそうです

 エピソードとして驚かされるのはそのあとで、著者の小学校の同級生も同じ疑問をもって同じく原文にあたり、訳者である石井桃子氏に手紙を出し、『懸賞』を『薄謝』に変更するよう提案し、採用されたそうです。その同級生のことばのセンスにも驚きますが、行動力にも驚かされました。

◎A fly can't bird, but a bird can fly.

 こちらも著者が子供のころ疑問に思ったフレーズで、『スズメは はえないが ハエは すずめる』と訳されていて、bird と fly がそれぞれ『鳥』と『鳥を捕まえる』、『ハエ』と『飛ぶ』のふたつの意味をかけた遊びなのですが、『鳥』と『ハエ』を忠実に訳すことをとったために、日本語としては意味がわかったようなわからないような微妙な感じになっています。Cottleston, Cottleston, Cottleston Pie で始まるなぞなぞの部分なので、同級生のような名訳を目指して頑張ってみた著者も、なんともできなかったそうです。

 ことば遊びは、遊びといっても、なかなか奥が深いものです。
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