2019年04月08日

「見て見ぬふりをする社会」

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マーガレット・ヘファーナン (Margaret Heffernan) 著
仁木 めぐみ 訳
河出書房新社 出版

 このタイトルを見て最初に思い浮かべたのは、いわゆる傍観者効果というものです。この本でも、『危機的状況を目撃した人数が多ければ多いほど、なにか行動を起こす人が減る』と説明されています。

 この本で扱われているのはもっと広い範囲で、『故意あるいは意図的な看過、意識的な回避、意図的な無関心など』を指し、イギリスでは法的概念として確立されているそうです。平たくいえば『知る機会と知る責任があったのに、そこから逃げる』ことで、薄々おかしいと思いながらマネーロンダリングや麻薬取引に加担した人に適用されるケースが多いとか。

 見て見ぬふりは、企業活動のなかでも、個人の生活でも起こっています。

 ビジネス面では『現状の罠』があげられています。著者は『現状維持は安全に感じられ、なじみがあり、慣れている』から、現実を直視できず、見て見ぬふりをするのだと説明しています。そのほか、上に認められたい一心で末端で働く人々の命を賭したコスト削減を推進する管理職など、過去の企業による数々の不正が検証されています。

 個人の生活で印象的だったのは、もしお金が一番大事と考えるようになると、見て見ぬふりばかりになってしまうということです。たしかに、人が困っているところを助けても金銭を得られないので見て見ぬふりになりますし、自分が困っているときもお金で解決するのでしょう。

 著者は、こう書いています。『金のせいで人は人間関係から切り離されてしまうのだ。周囲の人々から隔離されればされるほど、その人のうぬぼれは悪化していき、人を人とも思わぬ扱いをし、有害な文化の中で犠牲になる人々を見て見ぬふりをし、倫理に反する決断をする。』身近でこういう人を見ているので、このプロセスに納得できました。

 こんなことが起こる理由として、わたしが日頃感じるのは、企業で上長から評価され昇進昇給を受けるといった社会的報酬を追い求める人が多いことです。でも実は、化学的な報酬も原因になっているというのです。『我々は社会的な人間関係を形成したり承認されたりすると、それに刺激され、自分をすばらしいと思うようにする物質であるオピオイドが作られる (同様に人間関係が解消されると、オピオイドは作られず、我々はひどい気分になる)』と著者は、説明しています。『社会的な影響と社会的な絆は基礎的な神経化学的な意味でオピオイド依存だといえる』と精神薬理学のジャアク・パンクセックは主張しているそうです。

 結局、自分たちのそういった特性を知って、見て見ぬふりを防ぐよう意識しなければならず、性善説のような考え方ではどうにもならない問題のようです。知る機会があってよかったと思う反面、切なくなりました。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする