2008年07月15日

「ガセネッタ&シモネッタ」

20080715[GasenettaAndSimonetta].jpg

米原 万里 著
文藝春秋 出版

 米原氏は、ロシア語通訳の第一人者だけに、エッセイではことばにまつわるエピソードや教訓話が楽しめます。また、豊富な読書量の中から推挙される本にはいつも惹かれてしまいます。

 今回は、言語地理学の本が紹介されていました。そのときに、言語分類の説明があったのですが、これ以上簡潔には説明できないというくらい、削ぎ落とされた説明に知識がすっと頭に入ってきて驚きました。
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 世界の言語は大きく分けると三種類あります。日本語やトルコ語のように、「てにをは」のような助詞を付けて語の文中の役割を示す「膠着語」。ロシア語やドイツ語のように、語尾変化によって文中の語の役割が決まる「屈折語」。それに、中国語や英語のように、語順によって文中の役割が決まる「孤立語」です。
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 ご自分の血になり身になっている知識だからこそ、こうも簡潔にまとめられるのでしょう。

 この例に見るように、この「ガセネッタ&シモネッタ」は、「必笑小咄のテクニック」のような笑いの路線ではありません。どうも、同時通訳のお仕事は多大なストレスがかかるようで、そのことばによるストレスをことばで発散させようとなさるせいか、同時通訳者には笑いに長けている方が多いらしいです。それで米原氏のニックネームが「ガセネッタ・ダジャーレ(Gasenetta d'Aggiare)」。一方、「シモネッタ・ドッジ(Simonetta d'Oggi)」はイタリア語通訳の第一人者である田丸公美子氏だそうです。こちらも、もともとは米原氏のニックネームだったそうですが、田丸氏のほうが似合っているということで、米原氏が差し上げたとか。

 通訳界を代表するかのような方々のニックネームがタイトルになっているだけに、ことばに関することは、その通り!と頷いてしまうものも数多くあります。しかし、今回はことばというより、論文の書き方に感動しました。米原氏が通訳になるきっかけをつくった徳永晴美氏は、米原氏が師匠と慕う方のようです。彼女の名前は一度も聞いたことがないのですが、米原氏が絶賛されているのを読むとすごい方のようです。米原氏は、ずばりコツを聞いたようです。
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「ロシア語学やロシア文学の研究者のあいだでも、形式・内容とも論文として実に理想的だ、あんな論文を一度は書いてみたいと羨望の的になってますけれど、その奥義は?」
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 徳永氏のこたえはこちら。
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「そうねえ、池を造るようなものなのよ。池の向こう岸を論文のたどり着く最終結論としてだねえ、池のこちら側から対岸にいたる道筋に沿って池の中に飛び石を置いていく。真っ直ぐで等間隔なんてつまらないから、遊びを取り入れることを忘れちゃいけないよ。蛇行させたり行きつ戻りつさせたり、間隔もさまざまにしてね。この飛び石が、いわば他人の論文の引用や、具体例。そして男がね、長めのスカートはいてパンツははかないで、ここが肝心なんだよ、パンツはあくまで脱いでだねえ、池のこちら側から向こう岸へ向けて飛び石の上をヒョイヒョイと渡っていくわけ。そうすると、水面にチラリチラリと男の本音が映るでしょう。ちゃんとは見えないから、ついよく見ようと身を乗り出してしまうじゃない。そうやって、最後まで読者を引っ張っていく。これが秘訣といえば秘訣かなあ」
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 わかりやすいたとえですし、たとえ自体で笑いになっています。しかし、論文をここまで考えて書かれていらっしゃるなら、エンターテイメントを書かれたらどうなるのか、想像すると楽しくなってしまいます。

 これだから、米原氏のエッセイはやめられません。新しい発見があって、おまけに笑えるのですから。でも、これ以上作品が増えていかないというのが寂しい限りです。残されたものを少しずつ楽しみたいと思います。
posted by 作楽 at 00:16| Comment(0) | TrackBack(1) | 和書(エッセイ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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嘘つきアーニャの真っ赤な真実
Excerpt: お見舞いコメントありがとうございました!! 比較的熱は低めだったと思いますが、...
Weblog: kahy.info あおいのナチュラルライフ
Tracked: 2008-11-09 15:04