2008年08月04日

「When Heaven Fell」

20080804[WhenHeavenFell].jpg

Carolyn Marsden 著
Candlewick 出版

 コンピュータ・エンジニアとして働いていた頃、ベトナムからいらした研修生と机を並べて作業したことがあります。アウトソース先で、窓口になる人たちを育成しようという計画があり、日本での仕事を学びに来られたそうです。中国へのアウトソースが当たり前になっていた当時、リスク分散として新しいアウトソース先に選んだのがベトナムです。一番の魅力は人件費の安さです。中国と比べて半分もみておけば十分なくらい安いのです。そして、実際に研修生を受け入れてわかったメリットは、現場の精神的負担が少ないことでした。研修担当者によると、昔の日本人に似ている気がするそうです。具体的には、自発的に朝は早くから出社し、勉強されるそうです。また、言われたこと以上の成果を出すための知恵を絞りつつ、謙虚にアドバイスを受け入れるそうです。とても、耳が痛かった記憶があります。

 ベトナムと日本の間には、わたしなどに語れない複雑な過去がありました。それでも、反発的でなく謙虚な姿勢で仕事を請けようとするのは、実は難しいことではないかという気がします。

 そんなことを思い出させてくれたのは、この本です。この著者の本は初めてなのですが、とても心理描写に優れていると思います。語り手である少女の心の揺れが伝わってきます。

 ベトナムに住む主人公Binh(ビン)は、ある日突然、アメリカ人の伯母がいることを知らされます。祖母は米兵との間に娘がいました。しかし、貧しさや偏見などもあり、育てていくのが難しくなり、養子縁組のプログラムに託しました。そして、今、成人した娘が母に会いたいと訪ねてくることになったのです。

 Binhは映画で見たことしかない豊かな国アメリカに想いを馳せます。伯母に連れられ、アメリカに移住することを夢見ます。そして、Binhと同じように、親戚中が夢を抱きます。金持ちのアメリカ人が親戚となれば、家族揃ってアメリカに移住できるかもしれない、少なくとも経済的な援助を受けて、この貧しい暮しから逃れられるかもしれない、と。

 しかし、そんな思惑を察することもできないDi Hai(年長の伯母という意味)は、親戚に豪華な土産を持ってくることもなく、質素な身なりでやってきます。しかし、ベトナムの親戚は何も言うことができません。

 そして、ある日、BinhはDi Haiに、アメリカに連れて行ってくれないかと訊きます。そこで初めて、Di Haiは、親戚の期待を知らされます。アメリカで教師として自立しているとはいえ、雇われの身でできることではありません。連れて行けないという答えを聞いたDi Haiは動揺して、Di Haiはもっと親戚のためにすべきことがあると主張します。困惑しているDi Haiを前に、Binhの両親はBinhにこう言います。アメリカの映画ばっかり見ているから、人を思いやるベトナムの礼儀を忘れてしまったのよ。

 たしかに、このベトナムの家族には礼儀をわきまえるという考えが伺えます。貧しいながらも親戚が集まり、Di Haiをもてなそうとする。裕福なDi Haiに助けを期待しながらも、それを言い出せない。貧しくても、人に優しくしようとする。

 結局、このBinhのひと言から、ふたりはお互いへの理解を深める道すじを辿ります。Di Haiはベトナムの現実を知り、Binhは異国で暮らすことによって失うものを知り、そして近すぎて気づかなかった自分の気持ちや目の前の家族・親戚・先祖に対する想いに気づきます。最後には心あたたまる結末があります。

 希望ということばを思い出しました。
posted by 作楽 at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋書(Age:9-12) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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