2008年08月13日

「私は日本のここが好き!―外国人54人が語る」

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加藤 恭子 編
出窓社 出版

 巻末の解説によると、この本は、反日デモや反日感情を耳にし自信を失っていた日本人を励ましたいという考え方からスタートしました。日本人や日本が好きな外国人にインタビューし、その内容が個別にまとめられています。(親日家がインタビュー対象の条件だったかどうかは不明ですが、結果的にはそういう内容になっています。)インタビューしたのは、編者である加藤恭子氏が上智大学コミュニティ・カレッジで教えていた生徒たち。インタビューされたのは、さまざまな国のさまざまな立場の方々。その多様さは、日本に対する視点の差に出ています。なかには、内にいるわたしに強い印象を与えるものもありました。

 わたしが日本に対する認識をあらたにした一番は、平和です。最近の犯罪ニュースを見るたびに日本の治安がどんどん悪くなっているのを感じていただけに、それでもまだ平和で、治安を良くしていける可能性があることを教えられました。インド出身で、滞在歴5年のモハマド・ラフィ氏は、日本のことをこう言っています。
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 今日の続きとしての明日を、明日の続きとしての明後日を、安心して待つことができるので、未来への計画も期待も持つことができます。一日一日が平安とともにあります。
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 もうひとつは、日本人の仕事に対する姿勢が、特異だと確認できたことです。海外の方々と仕事をする機会があるたびに、思うことがあったのです。それは、「どうしてこんな細かいことまで言わなければならないのか?」という疑問です。自らの疑問を頭の中でそういう文章にした途端、別の考えが頭に浮びました。「相手は、頼まれもしないことを、どうしてしなければならないのか? と疑問に思うかも」と思ったのです。そうなると、「あれ? どうしてわたしは頼まれもしないことをしてきたの?」と自分の行動が不思議に思えてきました。言われもしないことをしてきたのは、「自分で改善できることを放置しておくことはできない」という考えでした。しかし、「よりいい仕事をしたい」と思う理由はわかりませんでした。結局、「わたしが生まれたときから持っている考え方なのか、周りの環境に影響されてそうなったのか、どちらかしか考えられない」と思いました。誰からも指示された記憶がないからです。自然に受け入れられる考え方は、後者です。日本にはそういう価値観の歴史があるような気がしていました。

 わたしが出した、この仮の答えと似たような意見がいくつかありました。

 たとえば、アメリカ出身の田丸メリー・ルイス氏は、こう説明しています。
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 質の高さを追求する"クラフトマン的感覚"といえばいいのかしら? アメリカにもそういう仕事をする人はいるけれど、ごく僅か。例えば自動車の修理にしても、他のことでも、かなりいい加減。ちゃんとさせるためには、大きな声で苦情を言い、要求しなければならない。それをしないと何も起きないし、ことは運ばないということ。どれだけこちらが強くでるか、ネゴシエーションにかかっている面があります。
 日本では、そんなことをする必要がない。「これが正しいことだ。自分はそれを正当に行う」と相手が自然にしてくれるからです。他人のためというより、自分自身の満足のいくまで仕事をする。それが誇りであり、名誉なのです。
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 やはり、見ている人は見ていると思うし、外からの目のほうが鋭いと感じました。特に、他人より自分自身の満足に動かされているというのは、わたしに当てはまります。他人にはたぶん評価されないとわかっているときでも、よりいい方法を考えてしまうのです。

 この考え方は基本的には悪くないと思います。最終的には、それが外に出ていく製品などに長所としてあらわれてくると思うからです。こういう価値観を、受け継いでいけるものなら、受け継いでいきたいと思います。
posted by 作楽 at 08:08| Comment(0) | TrackBack(1) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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