2008年09月03日

「月長石」

20080903[Gecchoseki].jpg

Wilkie Collins 著
中村 能三 訳
東京創元社 出版

 知人が月長石の指輪を持っていて、見せてくれました。ムーンストーンと呼ばれていて、長石という石の中で磨いて美しくなったものが宝石として扱われていること、値段的には手頃なこと、などを教えてくれました。

 透明度も低く、見ていて心ときめくものはありません。がっかりしてしまいました。この本の中では、イエローダイヤが月長石と呼ばれ、その価値に魅せられた人々によって事件が発展していくからです。

 事件は、ある月長石がインドから消えるところから始まります。そして時代を経てある日、イギリスに住む若い貴族女性、レイチェル・ヴェリンダーに遺産としてもたらされます。その日は彼女の誕生日で、招待客も彼女の屋敷に宿泊していました。そして、次の朝、その月長石がなくなっているのがわかります。事件を解決すべく、カッフ部長刑事が呼ばれ、大切な手がかりに行き着きますが、結局、犯人を捕まえることなく、1年近くの年月が過ぎてしまいます。

 本の最後では、意外な犯人が捕まるのですが、残念なことに、謎解きとしてのおもしろみは、あまりありません。

 しかし、この本がつまらないというわけではないのです。まず、書き手が変わっていく点がおもしろいと思います。レイチェルの屋敷の執事であるガブリエル・ベタレッジ、親戚のクラーク嬢、レイチェルの従兄弟であるフランクリン・ブレークなど、書き手が、代わる代わる、手記というかたちで進めたり、一部は日記というかたちで登場したりします。

 次に、その書き手の個性が如実にわかる文体やその個人の特質がおもしろいのです。わたしが一番気になったのはガブリエル・ベタレッジです。ベタレッジは、高齢で、レイチェルが生まれる前からヴェリンダー家で働いています。そして、彼の愛読書は『ロビンソン・クルーソー』です。何度も何度も読み、そこに勝手に予言を見つけてしまいます。でも、それはベタレッジが予言と思っているだけで、読者にとっては予言でも何でもありません。その彼の思い込みに、なんとも言えないおかしさを感じるのです。また、彼はカッフ部長刑事が登場すると、事件を探るおもしろさにとり憑かれてしまいます。そういう素人探偵ぶりに共感できます。でも、彼の細かい観察眼によって、推理部分が説明不足なく展開されている点は、うまくできていると思います。

 いずれの登場人物も、人間味あふれていて、読んでいて飽きません。表紙に書かれているような「最初の、最大にして最良の推理小説」の「最良の推理小説」の部分には同意できませんでしたが、その分、人物造詣で補ってあまりある作品だと思います。
posted by 作楽 at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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