2008年10月09日

「風の歌を聴け」

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村上 春樹 著
講談社 出版

 村上春樹氏の処女作です。

 村上氏の個性的な形容は、処女作からずっと続いているのね、と妙に納得してしまった作品です。いつも思うのは、手垢にまみれていない表現は、そういう人物がいたり、そういう出来事が起こったりして、目にしたものを描いたような錯覚を与える力があるということです。

 今、この一冊の薄い本を適当に開いたとします。でも、その適当に開いた1ページにも必ず、ほかの作家の作品では見つけられないような個性的な形容があります。それこそが、村上春樹マークだと思うのです。

 たとえば、こんな感じです。
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 ハートフィールドが良い文章についてこんな風に書いている。
「文章をかくという作業は、とりもなおさず自分と自分をとりまく事物との距離を確認することである。必要なものは感性ではなく、ものさしだ。」(「気分が良くて何が悪い?」1936年)
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 このハートフィールドという作家は実在しないのですが、こういうセリフをいわせると、存在を感じさせます。

 しかも、主人公はこう書いています。
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 僕たちが認識しようと努めるものと、実際に認識するものの間には深い淵が横たわっている。どんな長いものさしをもってしてもその深さを測りきることはできない。僕がここに書きしめすことができるのは、ただのリストだ。小説でも文学でもなければ、芸術でもない。まん中に線が1本だけ引かれた一冊のただのノートだ。教訓なら少しはあるかもしれない。
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 今、外国の書店で平積みされるような日本人作家といって、一番に名前が挙がるのが、村上春樹氏ではないでしょうか。一番になるだけの個性を感じる作家だと思います。
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