
幽霊狩人カーナッキの事件簿
- W.H.ホジスン 著
- 夏来 健次 訳
- 東京創元社 出版
- 1008円
書評/ミステリ・サスペンス

社会人になってから、視力測定の検査員をしていたという人に会いました。何度も視力測定を受けていながら、友人として会うのは初めてで、珍しさからいわなくてもいいことをいってしまいました。
「あの放射状にのびている線って、どの方向が太く見えると正解なのか、いつも不思議なんだよね。ホラ、円のどの部分が切れているかは、確信をもって答えられるけど、放射状の線ってなんとなく微妙なんだよね、見え方が。太さの種類も何種類あるかわかんないし」
その友人は、しばらく沈黙してから、おそるおそる答えてくれました。「あの放射状に見えている線は全部同じ太さです。乱視の検査ですから」
すごいショックでした。乱視がひどくなっているとは言われていましたが、そこまでとは、って感じでした。あんなにはっきり濃淡があるのに。といっても、何本目までが太いのかは、はっきり答えられないのですが。
それ以来、自分の目が全然信じられません。わたしが見ているものと実物は絶対違うわけですから。
別にそれが直接の原因ではありませんが、わたしには見えない幽霊も、否定できません。見えるという方がいらっしゃれば、本当にそこにいるような気になってしまいます。
だから、「幽霊狩人」といわれても、あまり抵抗がありませんでした。
しかも、この幽霊狩人カーナッキは、なかなかフェアな気がするのです。幽霊ではないかという疑惑をもって事件にあたるのですが、実際は幽霊に見せかけるために人間がした細工を暴くこともあるのです。短編が9編(10編収められていますが、10編目はそれまでの9編を宣伝用に「探偵の回想」としてまとめたもの)あるのですが、次はほんもの幽霊か、にせもの幽霊か、結末が気になってしまいます。
それでいて、ほどよい胡散臭さを醸しだしているのは、架空のものもの。たとえば、電気式五芒星などという装置で霊から身を守ってみせたり、ある怪奇現象を<サイイティイイ現象>などと特定してみたり、『サアアマアア典儀』『ハルザムの学典』『シグザンド写本』などという古文献を根拠に解説してみせたり。「いったいどういう装置なの?」「その学術書、当てになるの?」などと、ツッコミどころ満載なのです。
ちなみに、この幽霊狩人カーナッキが幽霊事件にあたった顛末を語る形式で物語は進んでいます。その聞き手は、四人の友人たち。事件が終わるたび、食事に招かれ、珍しい話を聞かされるという設定です。しかも、その招待が突然にも関わらず、郵送されてくるあたりが時代を感じます。書かれたのは、20世紀前半ですから、当時としては自然なのですが、その古めかしさと幽霊事件がまた妙にあっています。
ただ、9編の作品レベルには、ばらつきがあり、どんどんページを繰りたくなる作品がある一方、冗長に思える作品もあります。胡散臭い雰囲気を楽しめる方だけの本ではないでしょうか。


