2009年03月30日

「ことわざの論理」

20090330[KotowazanoRonri].jpg

外山 滋比古 著
筑摩書房 出版

 ♪赤い靴はいてた女の子
 ♪いい爺さんに連れられて行っちゃった

 子どもの頃、こんな風に歌っていました。正しい歌詞を知ったとき、本当に恥ずかしかったです。

 なぜ、この歌のことを思い出したかというと、苔の意味するところを知らずにいたことを、この本で知ったからです。苔とは「転石、苔を生ぜず」の「苔」。

 この本によると、苔は良いことを指しているそうです。
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 転石、苔を生ぜず
ということわざがある。これはあきらかに英語の
 A rolling stone gathers no moss.
(ア・ローリング・ストーン・ギャザズ・ノー・モス)
の訳である。英語の方はたいへん有名で、一カ所にながく腰を落ち着けていられないで、たえず商売変えをするような人間に、成功はおぼつかない。もっとはっきり言えば、そういう人間には金がたまらない、という意味で使われる。
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 誤解していました。苔は金なんですね。動き回っている人は苔むしたりする間もないので成功する、と思い込んでいました。著者は、わたしのような誤解をアメリカ流と呼んでいます。つまり、アメリカにはわたしと同じような勘違いをしている人が多いと考えているのです。定着社会のイギリスに対し、流動社会のアメリカ。その違いのなかで、動くもの、つまり、転石に対する評価も異なるというのです。また、気候が違えば、苔に対する価値も違うと推測しています。

 ひとつのことわざから、文化の違いに発展し、しかも時間の流れにも着目しています。日本でも、下の年齢層ほど、勘違いしている人が多いという推測です。つまり、流動性に対する抵抗感が薄れ、高く評価しているということです。「つまり、優秀な人間なら引く手あまた。席のあたたまるひまもなく動きまわる。あるいは、じっとしていたくても、そうはさせてくれない」という解釈です。

 ことわざは、簡潔だけにそれ自体に違った解釈を考えることができます。また、ことわざ同士で矛盾するように見えることもあります。たとえば、「人を見たら泥棒と思え」と「渡る世間に鬼はない」。どちらが本当なのか、と迫るのは愚なこと。どちらも知恵。そう大らかに構えて読み出すと、止まらなくなりました。載っていることわざは次のとおり。

 転石、苔を生ぜず
 隣の花は赤い
 夜目遠目傘のうち
 三尺下がって師の影を踏まず
 急がばまわれ
 船頭多くして船、山に登る
 灯台もと暗し
 娘は棚に上げ夜目は掃きだめからもらえ
 鶏口となるも牛後となるなかれ
 話半分腹八分
 想うて通えば千里が一里
 弘法も筆の誤り
 目くそ、鼻くそを笑う
 桜切るバカ梅切らぬバカ
 売り家と唐様で書く三代目
 三つ児の魂百まで
 三十六計逃げるに如かず
 便りのないのはよい便り
 人の噂も七十五日
 餅は乞食に焼かせろ
 医者の不養生
 勝てば官軍、負ければ賊
 人の行く裏に道あり花の山
 終りよければすべてよし

 こう見ると、ことわざはいくつくらいあるのか、と思ってしまいます。

 この本のいいところは、最後に索引があり、読み通したあとにも、リファレンスのような使い方ができることです。
posted by 作楽 at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本語/文章) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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