2010年07月16日

「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」

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金水 敏 著
岩波書店 出版

 「ヴァーチャル日本語」というのは、人々が実際に話したりはしないけれど、マンガや小説で頻繁にお目にかかるような日本語を指し、特定のキャラクター構成に貢献しているため「役割語」と位置づけられています。といわれてもよくわからないのですが、具体例はわかりやすいです。

 たとえば、アニメなどで博士は「そうじゃ、わしが博士じゃ」なんて台詞を話していますが、実際にはそんな博士と話したことがある方などいないでしょう。また、「ごめん遊ばせ、よろしくってよ」としゃべるお嬢様もそう簡単には見つかりません。それが「ヴァーチャル」なのです。この本では、博士が話す<博士語>や良家のお嬢様が離す<お嬢様ことば>をとりあげ、どういう変遷を経て、そういうことばとステレオタイプなイメージが結びついていったかが説明されています。

 それはそれで、日本語の歴史を考えるいい機会でもあり、興味深かったのですが、わたしがもっと興味を惹かれたのは、「役割」のほうです。<博士語>や<お嬢様ことば>などの特徴ある役割語の話し手は、ストーリーの中で一定の役割を割り当てられる、と著者は言います。一方、読者が自分を同一化する<ヒーロー>は、<標準語>を話すのが一般的だと言います。(例外の場合、そんなことばを話す背景の説明と人物描写をていねいに重ねていく必要があるといいます。そうしなければ、読者が非標準語話者に自己同一化をすることができないと言うのです。)

 そう考えると、小説などで役割語が使われているということは、読者が共通認識としてもっているステレオタイプなイメージをそのまま借りてキャラクターを作り上げていることになります。それって、手垢にまみれた決まり文句を重ねているようなものではないでしょうか。

 最近、村上春樹の「1Q84」の登場人物はみな中性的なことばを話し、女ことば、男ことばを使っていないところがすごいという話を聞きました。だとするとそれは、読者がもっている共通認識によっかかることなく、すべてを自分のことばによる描写でキャラクターをつくりあげようという挑戦なのでしょうか。

 それが際立っている証拠に、役割語を活用している例が多いから、わたしたちは日常で聞く機会のないことばのイメージを持っているといえます。

 小説のもつ表現力を考えるときには、なかなか興味深いトピックだと思いました。
posted by 作楽 at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本語/文章) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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