2012年01月23日

「1973年のピンボール」

20120123「1973年のピンボール」.jpg

村上 春樹 著
講談社 出版

風の歌を聴け」の続編ともいえる作品です。1969年を背景に語り手の僕とその友人(鼠と呼ばれています)の束の間の出会いを描いた「風の歌を聴け」のあと4年経って、僕と鼠がそれぞれ何を考え、どういう出会い、再会、別れを経験したかが描かれています。

 印象に残ったことが、ふたつありました。ひとつは「1Q84」の結末を読んだときにも思ったのですが、すっきりと納得できないという点です。僕と鼠は最後にそれぞれ別れを経験するのですが、どうして別れなければいけないのか何の説明もなく何も推測できず、すっきりしません。その一方で、なるべくしてそうなったという確信が伝わってくるのです。不思議な感覚です。

 もうひとつは、鼠とバーテンが、人はみな腐っていくと語り合っている部分です。
<<<<<
「ねえジェイ、人間はみんな腐っていく。そうだろ?」
「そうだね。」
「腐り方にはいろんなやり方がある。」鼠は無意識に手の甲を唇にあてる。「でも一人一人の人間にとって、その選択肢の数はとても限られているように思える。せいぜいが……二つか三つだ。」
「そうかもしれない。」
>>>>>

 その二つか三つをもっと具体的に書いて欲しかったです。人が損なわれていく方向の選択肢とは何なのかを。「いろんなやり方」とあるため、受動的ではなく能動的に選んでるイメージを受けます。死という無に向かって徐々に損なわれていくという感覚なのでしょうか。もしそうだとして、わたしに与えられた「二つか三つ」は何だったのか。そういう風に考えてしまいました。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック