2006年10月18日

「とっておきの東京ことば」

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京須 偕充 著
文藝春秋 出版

 和歌山の少し年配の人が発音すると、「ざじずぜぞ」が「だぢづでど」になってしまうというのは関西では有名な話です。兵庫県で生まれた私は、和歌山出身の年上の人をからかっては、「ぞうさん、歌って」とよく言っていました。「ぞうさん」が「どうさん」になるので、知っている歌なのに、知らない歌のように聞こえるのです。

 同じように東京人は「ひ」が「し」になると聞いていましたが、実際のところ、東京に住んで1年になるのですが、あまり聞きません。一度、「おひる(ご飯)」を「おしる」と話されているのを小耳にはさんだきりです。

 私の身近を見回す限り、マスメディアの発達も手伝い、東京ことばも絶滅間近なのかもしれないと思うようになりました。そう思うと惜しい気がして、新刊案内から選んだのが、「とっておきの東京ことば」。

 1942年生まれの著者が子供の頃、祖父母や父母、出入りの職人さんから聞いた東京のことばを細かい項目に分けて説明されています。総数71。

 私が気になった言葉は、「お互い様」。「困ったときはお互い様」などと、よくテレビドラマなどで聞きました。聞いたときは、じんとくるものがあり、いい言葉だと思いました。同時に、自分で言ってみたい気もしますが、私はそういう器でもないし、縁のない言葉だとも思っていました。実際、周りとの付き合いが希薄な今、こういう言葉を口に出すだけの人との関わりも少なく、聞く機会もありません。

 でも、著者によると、「困るのはお互い様」というのが、本来。「こうでないと平等と互助の精神にはいささかもとる。誰もが「困ったときは」と言っていたが、これでは打算が加わるようで少し卑しく聞こえる。今回は君を助けるけど、私が困れば、そのときは助けてね。ギブ&テイク、バーターでいこうよーでは、ちょっとねえ・・・」とあります。言われてみればそのとおり。でも、その「困ったときはお互い様」さえ言えない私が、「困るのはお互い様」をさらっと言えるようになるには大変そうです。

 「お互い様」のあとも著者の思い出や思い入れが詰まっている言葉が次々と紹介されますが、著者が大切にしたい思い出や思い入れは、ことばそのものではなく、そのことばに宿る心意気なのではないかと思うのが、最後のエピソード。

 そういうよきことば、よき心意気をわかる心は、東京ことばが使えなくても持っていたいものです。
posted by 作楽 at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本語/文章) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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