2013年01月17日

「日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか」

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山田 奨治 著
人文書院 出版

 法律は、やまほど種類がありますが、その条文第一条の内容はだいたい決まっていて、その制定目的が書かれています。もちろん、数多ある法律のなかには、そうなっていないものもあると思いますが。

 著作権法の場合、次のようになっています。
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第一条  この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。
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 しかし、この目的は建前であって、実際の著作権法は、文化の発展に対し公平な視点をもつ人々ではなく、特定の業界の利益を背負った限られた人によって、国民の声を無視して改正が重ねられているのが実態だというのが著者の指摘です。

 日本の著作権業界に見られる特徴を、著者は「被害の過大な見積もり」「強い保護だけ横並び」「権利を主張しないと損するかもという疑心暗鬼」と説明しています。

 それぞれを少しまとめると、「被害の過大な見積もり」というのは、著作権侵害にあたるコピーやダウンロードの数によって被害額が算出される仕組みになっている点を指しています。著者は、無料だからコピーやダウンロードがなされたのであって、課金されれば、同数のユーザーを得ることはないと主張しています。一般消費者の感覚からすれば、著者の意見はもっともだと思いますし、この見積もりをもとに甚大な被害を訴えるのは、問題だと思います。

 次に「強い保護だけ横並び」というのは、著作権侵害の罰則が、特許法にあわせるように厳罰化されてきたことを指しています。

 最後に「権利を主張しないと損するかもという疑心暗鬼」というのは、補償金やら使用料やら取れるだけとらなければ損だという考え方です。

 こう並べると、昨今の著作権法改正は、文化の発展を阻害するようにも見えます。しかし、権利が守られその対価が公正に支払われなければ、文化に貢献する人が減るのも必至でしょう。何より大切なのは、国民全員に関わる法律の改正に際し、わたしたち国民がその議論に対する影響力をもつ必要があるということです。その点は、著者の意見に説得力がありました。
posted by 作楽 at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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