2014年03月17日

「アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ」

20140317「アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ」.jpg

ジョー・マーチャント (Jo Marchant) 著 
木村博江 訳
文藝春秋 出版

 ギリシア沖の沈没船から、1901年に引きあげられた彫像等の遺物に混じっていたのは、歯車が組み込まれた箱で、機械としか言いようのないものでした。アンティキテラ島沖で引きあげられ、それ以降アンティキテラと呼ばれたその機械は、いつの時代に何を目的に作られたものなのか皆目見当もつかない状態から、年月を経て、多くの学者の調査を経て、徐々にその仕組みが解明されていきました。

 タイトルにあるとおり、その機械を古代ギリシアのコンピュータと言っても差し支えはないでしょう。しかし、古代ギリシアにコンピュータがあったのか!という驚きよりも、この機械を調べた探究者たちの思い入れや、科学が科学によって支えられている事実のほうに、わたしは惹きこまれました。

 この機械が引きあげられてから半世紀経って、放射性炭素年代測定法により沈没船の木材が紀元前260年から紀元前180年のあいだと査定されました。有機物に含まれる炭素の減少スピードに着目したこの新しい技術により、機械が作られた年代が限定されたのです。同世代の遺物に歯車が用いられた機械がなかったため、アンティキテラは、ずっとのちの機械だと推測されていたのが、覆ったのです。

 それからさら20年が経ち、長いあいだ海水に浸かって腐蝕した内部の歯車を撮影できる技術として、放射線撮影が実現しました。それまで見えなかった内部が見えるようになり、歯車の仕組みを解明できる可能性が生まれたのです。

 こうして新しい技術によってアンティキテラの解明が進み、ときにはアンティキテラの解明を目的として新しい技術が生まれたこともありました。

 解明したいという探究心から生まれた数々のエピソードは、読んでいて、なぜ科学が発達しつづけてきたのか、少し理解できた気がします。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック