2007年04月27日

「推理小説」

20070427[SuiriShosetsu].jpg

秦 建日子 著
河出書房新社 出版

 この本の一節を読んだとき、思わず、痛っ。。。
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 「推理小説」ほど退屈な小説はない。
 なぜって、読み始める前から、結末が判明しているのだから。
 事件は必ず解決する。
 犯人は必ず明らかになる。
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 最後にはすべてが明らかになるから、読み続けられるとわたしは思うのです。
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 読者は保守的で、作家に対して常に「フェア」であることを求める。「フェアに楽しませてくれ」。「フェアに驚かせてくれ」。
 たとえば、「ヴァン・ダインの二十則」。
 たとえば、「ロナルド・ノックスの十戒」。
 求められるのは、常に予定調和的「大ドンデン返し」。そのくせ、それらは同時に「リアリティ」を持っていなければいけないと読者は言う。あるいは、読者の代理人である編集者が言う。
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 読む側としては、同じことが数珠繋ぎになっている日常を忘れるために、意外性を期待しているのです。そのいっぽうで、リアリティがないと、感情移入しにくくなります。

 前出のように、読者が求めるフェアやリアリティがこの作品で説明されていますが、ここでいうリアリティは、あくまで読者が作り上げるリアリティにすぎず、あまり意味がないようにも思います。人を殺してみたかったから殺してみた、とか、赤ん坊が泣き止まないから壁に投げつけて頭蓋骨を割ってしまった、とか、そういう現実の事件にリアリティを感じられないわたしが理解できる範囲のリアリティを小説に求めているのは、指摘されてみると確かに滑稽なことかもしれません。

 出版も、営利を目的としている以上、読者というどうしようもない制約がつきまといます。それを事件の軸にするというのは、おもしろい着眼点だと思います。そして、その事件に挑む女性刑事に全然リアリティがないのも、この小説には似合ってます。

 軽く読める1冊です。そのことは、本をあまり読まない現代の読者に迎合している気がしないでもありません。事件の軸に、読者の陳腐な期待に対する皮肉をもってきても、本自体は、部数を稼げるように作られているのでしょう。

 よくできてます。
posted by 作楽 at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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