2007年05月30日

「人間を幸福にしない日本というシステム」

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Karel van Wolferen 著
鈴木 主税 訳

 寄らば大樹の陰。

 「人間を幸福にしない日本というシステム」の初版が出版された年(1994)より前に、私が学生として就職活動をしたときのことを思い出すことばです。大きな会社に入るほうが断然有利だと。

 私はそれはそれで気になりながらも、いつ無くなってもおかしくないような脆弱さでなければ、働きやすさというか、女性にも機会が与えられる会社を選びたいと思っていました。第一、いい学校に入る努力もせず、当然結果も出せていなかった私が、今さら、いい会社といっても、世間のものさしで言ういい会社に縁故以外で入れるわけもありませんでした。

 その上、そのときの私は「寄らば大樹の陰」の意味するところを理解できていませんでした。

 社会人になって、取引口座や単価の仕組みが徐々にわかるようになり、大樹の陰にいる価値を初めて知りました。

 私は学校を卒業し、最初にフィールドのエンジニアになりました。まず、その分野で仕事をしているエンジニアの単価は、スキルとはあまり連動しないということが意外でした。どの規模、つまり、どのランクの会社の仕事だから、この単価という決まり方をすると考えたほうがわかりやすい、ということです。つまり、単純な作業でも大きな会社から請ければ、単価は高くなります。

 そうなれば、誰でも大きな会社から仕事を請けたいと考えるもの。でもそう簡単にはいきません。取引口座を開くという特別ハードルの高い難関が待っています。名の知られた大きな会社、特にグループ企業を数十社も持つ会社になると、はっきりとこう言われます。「グループ外との契約はできません。グループ企業のどこかを通してください」と。つまり、A社と取引したければ、A社の子会社や孫会社であるどこか、たとえばB社と契約することになります。このB社は実務的には何も関与せず、書類が通るだけなのですが、それでもかなりのマージンをとります。つまり、高い単価に惹かれて大企業との契約にチャレンジするのですが、あっさりその差額を子会社に吸収されてしまうのです。

 まさしく、寄らば大樹の陰。

 上記は、極端に大雑把な説明ではありますが、現実から大きく乖離しているわけではありません。

 そういう現実を前に、私はそれを変えようと考えたことはありませんでした。既に脈々と続いてきた慣習を変えることを考えずに、「しかたがない」と思ったのです。

 この本では、このような系列という独特の形態が日本で生まれ育った歴史や背景が説明されていて、とても納得できました。また、系列がそのまま英語として通用するくらい特異なものである理由が、理解できました。そして、系列に限らず、日本という国家全体をコントロールしているものの核心に触れ、私たち国民がどうすべきかが提示されています。私が口にしたような「しかたがない」という考え方を捨て、国を変えていくことを考えなければならないという著者の考えには、一部同意できます。

 しかし、限りある時間、しかも一生の半分をすでに使ってしまった私から見ると、著者の国を変えるという考え方は、はたして私にも当てはまるのかと考えてしまいました。

 だからといって、著者の考えを真っ向から否定するつもりは、まったくありません。

 自分が生まれた国を見つめなおし、自分の生活を見つめなおし、これから先の人生においての日本との関わり合い方をどうするかを考える格好の本です。著者はオランダ出身ですが、日本で生まれた人の大部分よりも、日本人のことも日本という国の仕組みも把握していると確信できます。

 日本という国がどういう国であるか、無関心でいたくない、あるいは無関心ではいけないと思える方なら、読んで損のない本だと思います。
posted by 作楽 at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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