2007年06月12日

「グレート・ギャッツビー」はココがすごい!

20070612[GreatGatsbyhaKokogaSugoi].jpg

雑誌名:翻訳事典
号: 2008年度版
出版社:アルク
文: 上岡 伸雄

 村上春樹氏が訳した「グレート・ギャッツビー」と野崎孝氏が訳した「グレート・ギャッツビー」を両方読んでみた私にとっては、興味が湧く記事でした。

 A4サイズの雑誌の表紙に、わりと大き目のタイトルが載っているものの、実際の記事は4ページと短いものです。原文と村上春樹氏の訳文を並べ、野崎孝氏の訳を交えながら、村上氏の翻訳を評価していています。

 内容の密度という観点からは、たった4ページの中に、以下にある3点が見つかったので、私にとっては参考になる記事でした。

1. デイジーのイメージ
2. 翻訳のその時代での価値
3. 原文への忠実度

 1番め。デイジーのイメージが村上氏訳と野崎氏訳では違ってきているのは、やはり誰でも感じることなのだと、最初に思いました。「デイジーが魅力的になったと感じられるのは、何といってもその科白の訳し方による」と上岡氏は書かれています。村上氏訳では、デイジーがおっとりとお嬢様然としながらも、それなりに気苦労もあり、その寂しげな部分も含めて魅力的に映る女性の話し方になっていると思っていたので、納得でした。

 2番め。上岡氏は、野崎氏の翻訳を絶賛した上で、こう書かれています。「とはいえ、どんな名訳でも古びてくるのはどうしようもない。特に会話については、読者の日常話す言葉とどうしてもズレが生じてくる。」日常の私たちの話ことばが変わっていく以上、そのギャップは広がっていくということだと思います。翻訳された時代においては、リアリティを感じた会話も、時代を経ると違和感を感じるようになってしまう、ということなのでしょう。この点については、私はうまく消化できませんでした。たとえば、明治時代の日本文学を読んでいて、その会話が現代と大きく差異があっても、その時代の雰囲気を感じるという点において、それはそれでリアリティを感じていると私は思います。それが、翻訳になると、その時代の雰囲気を伝えるセリフではなく、古びたセリフになってしまうのは、なぜなんでしょう。疑問に残る点でした。

 3番め。上岡氏が村上氏の特徴のひとつめに挙げているのが、原文への忠実さ。「村上訳の特徴として、まず原文に正確・忠実であろうとしていることが挙げられる」と述べています。この記事のように原文と訳文の対応する部分が抜粋されていると、それは納得ができます。原文は比喩などが多いので、原文に忠実になれば、原文の豊かな表現というか描写が生きてくるのだと思います。原文で、デイジーが娘に触れる場面で、"as if feeling its lovely shape,"とある部分を、村上氏は「まるでその愛らしいかたちを味わうかのように」と訳しています。"feel"を「味わう」とすることによって、"lovely shape"をそのまま「愛らしいかたち」と訳せるんだなぁ、と勉強になりました。きっと、このように細やかにことばを操り、原文から離れず、全体が訳されているとすれば、すごいことだと思いました。記事のタイトル通りになってしまいますが。

 私も一度、原文と訳文を照らし合わせながら、なにか読んでみたいと思います。この記事にあるような発見を自分でできると楽しいのではないでしょうか。自分の英語力なども考えると、最初は児童書がいいかもしれません。「SO B. IT」は好きな本なので、一度訳を照らし合わせてみたいと思います。
posted by 作楽 at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 本に関する雑誌の記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック