2017年05月26日

「死語にしたくない美しい日本語」

20160526「死語にしたくない美しい日本語」.png

日本語倶楽部 編
河出書房新社 出版

 美しいかどうかは主観なので、断定しにくいのですが、わたしのものさしでは『美しい日本語』に入らない日本語も数多く収められています。

 読んでいて思ったのは、抽象的な概念ではなく、現に存在するモノと結びついたことばは、そのモノが存在しなくなると死語になってしまう確率がぐんと高くなるのではないかということです。

 以下は、その例です。

【亭主の好きな赤烏帽子】

時代劇がなくならないかぎり、烏帽子を見る機会はいくらか残るかと思いますが、赤烏帽子の異様さ(烏帽子は黒が一般的)は簡単には伝わらないと思います。また、このことばの意味する、赤烏帽子のように異様なものであっても、一家の主人が好きであれば、家族はそれに従わなければならないという考え方も時代に合いませんし、死語になってしまいそうです。

【轡を並べて】

こちらも轡(手綱をつけるために馬の口に装着する金具)という、目にする機会の少ないモノが含まれています。轡をつけた馬たちは、並んで一緒に進むことから、多くの人が同じ目的で一緒にそろって行動するさまをあらわしていますが、轡をつけた馬の様子を想像するのは難しいのではないでしょうか。

【搦手から攻める】

城の正門を大手、裏門を搦手といい、搦手は警備が甘いことから、弱点や物事の裏面という意味になったそうです。城や戦とは無縁の現代には、イメージしにくいと思います。

 死語にしたくない日本語を読んでいたはずなのに、死語にならない条件を考えてしまいました。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本語/文章) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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