2007年10月30日

「使ってはいけない英語 」

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ディビッド・A. セイン/長尾 和夫 著
河出書房新社 出版

 正直、なんとなくお勧めするのが、躊躇われる本です。

 シリーズとして扱われているわけではないのですが、「使ってはいけない日本語」の隣に並んでいて、手にとってしまった経緯があるため、つい私の中ではつい比較してしまいます。「使ってはいけない日本語」の「日本語」の部分が「英語」になっただけで、注意すべき表現がある程度分類され、説明されています。こういう意図で発言したこの文は、ネイティブにはこう理解されるので、このように改善しましょう。そういうトピックが並んでいます。日本語版と英語版で、本としてのスタイルがまったく違うわけではありません。

 違うのは、私たち読者の立場です。日本語の場合、母国語が日本語の読者が、勘違いで使っていることばや知らなかった慣用句を覚えたりするのに、重宝します。「使ってはいけない日本語」で書いたように、中には、読者として著者の良識の範囲が狭すぎると感じることがあっても、それを自分の中で否定することができます。

 一方、「使ってはいけない英語」の場合、著者にネイティブはこう理解する、と書かれると、本当にそうかなと思っても否定することは難しいと思います。また、発音などについても触れられているのですが、音声もない本で発音のことを言われても、ひとりひとりの幅が大きい問題だけに、「日本人はこう発音する」とひとくくりされているのにも抵抗がありますが、私の発音は大丈夫と否定しにくいでしょう。

 そう考えていくと、英語にあまり馴染みがなく、間違えることに対して敏感になっている方、あるいは敏感になりそうだと思われる方には、この本は向かないように思います。一方、どんどん間違えていって、身に付けたいという方の場合、間違える機会を得るより先にこの本を読むことはいいことだと思います。

 ただ、やはり、この本の立場なり、読者の立場なりに、文中で触れてもらいたいという気持ちはあります。今、英語を勉強している方々の中で、外国人と接したことがない、英語を母国語とする人たちとコミュニケーションをとらないといけない人の割合はどの程度なのでしょうか。私は、仕事で英語を使う機会もありますが、相手は常に私が英語を母国語としていないことを了解しています。そのため、おかしいと思われる部分があっても、前後の文脈から推測をめぐらせてくれます。私も多少冗長になっても、誤解の余地のないよう前後に補足を入れるなどの工夫をします。そういう状況の人は少なくないと思います。

 つまり、私が経験した範囲で受ける印象としては、この本のように、極端な誤解のオンパレードということは起こりにくいと思うのです。

 だからといって、正しい表現を学ぶ姿勢をやめることはないとは思いますし、そういう目的を達成するのに、この本の内容は役立つとも思います。

 あまりにも意外な意味に受け取られる例、特に性的な意味に誤解される例が目立つので、読者の中には萎縮される方も多いのではないかと思うと、私の中では、手放しでいい本だと勧められない複雑な感じの本という分類に入ってしまうのです。
posted by 作楽 at 00:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 和書(英語/翻訳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本題から少々はずれていて失礼します。

日本人以外の人が話す少々おかしな日本語を、ストライクゾーンを広く設定し、理解しようとする…。

英語と比較するのは難しいけど、日本人にそういう態度が求められるなぁと、そう思いました。

Posted by CHOOT at 2007年11月05日 23:51
CHOOTさん

コメント、ありがとうございます!
私もまったく同じことを思います。日本語を母国語とする人に囲まれて過ごしていると、少し間違っているだけの日本語でも、(想像力が働かなくて)受け取れなくなりがちだと感じることがあります。相手が何を言いたいのか、状況を読みながら、想像力を働かせて円滑なコミュニケーションをとれたら、と思います。
Posted by 作楽 at 2007年11月06日 21:40
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