2008年01月30日

「門」

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夏目 漱石 著
岩波書店 出版

 鎌倉に行く機会があったときに入手したガイドブックでは、以下のように円覚寺が紹介されていました。
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 名作『門』に円覚寺が描かれている。明治27年(1894)、漱石は初めて鎌倉を訪れ、円覚寺境内の塔頭、帰源院に2週間ほど参禅した。前年からの結核の迷いなどに悩み、活路を見いだそうとしたが、この試みは失敗に終わった。『門』は漱石の参禅経験に基づいて書かれ、「一窓庵」が帰源院、主人公宗助は漱石そのものである。
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 円覚寺には、漱石の句碑がありました。そこは、お寺を一歩でると車が行きかっていることが信じられないような静けさでした。漱石がここを訪れたとき、ここはどんな趣だったのか興味を覚えたので、「門」を読んでみることにしました。

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 「門」の主人公は宗助という男で、毎日判で押したように役所に通い、世間とたいして関わりも持たずに妻と暮らしています。宗助は、過去において、ある友人に顔向けできないことをしていました。その友人が、隣家の主人に招かれてやってくることを、宗助は偶然知ります。それ以来、宗助の心は落ち着きません。もし、家の近所ででくわしたらどうしよう、と考え出すと仕事にも集中できません。

 その気持ちをなんとかすべく、宗助は禅に取り組みます。しかし、宗助は何も得られませんでした。その宗助の気持ちを表したのが次のくだりです。
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自分は門を開けてもらいに来た。けれども門番は扉の向側にいて、敲いても遂に顔さえ出してくれなかった。ただ、
 「敲いても駄目だ。独りで開けて入れ」という声が聞こえただけであった。彼はどうしたらこの門の閂を開ける事が出来るかを考えた。そうしてその手段と方法を明らかに頭の中で拵えた。けれどもそれを実地に開ける力は、少しも養成する事が出来なかった。従って自分の立っている場所は、この問題を考えない昔と毫も異なる所がなかった。彼は依然として無能無力に鎖された扉の前に取り残された。彼は平生自分の分別を便(たより)に生きてきた。その分別が今は彼に祟ったのを口惜く思った。そうして始から取捨も商量も容れない愚かなものの一徹一図を羨んだ。もしくは信念に篤い善男善女の、知慧も忘れ思疑も浮ばぬ精進の程度を崇高と仰いだ。彼自身は長く門外に佇立む運命をもって生れて来たものらしかった。それは是非もなかった。けれども、どうせ通れない門なら、わざわざ其処まで辿り付くのが矛盾であった。彼は後を顧みた。そうして到底また元の路へ引き返す勇気を有たなかった。彼は前を眺めた。前には堅固な扉が何時までも展望を遮っていた。彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。
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 前へも進めない。あきらめて、どこかに行くこともできない。ただ門の傍らにたちすくむだけという宗助の気持ちが、私の弱い部分を鷲づかみにするような感覚がありました。高くそびえるような門がイメージされ、拒絶の強さの象徴のように思えてきました。分別というものの表と裏。変えようのない運命。自分自身の挫折感とまったく同じものを、違う時代に生きた人が持っていたという不思議な感覚におそわれました。

 ガイドブックに「名作『門』」と書かれていた理由がわかったような気がしました。

 また句碑の前に立って、門の下に立ち竦む宗助をイメージしてみたいと思います。
posted by 作楽 at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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