2010年09月21日

「1Q84 BOOK 1」

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村上 春樹 著
新潮社 出版

 そこまで部数を伸ばさなくてもいいような気はしますが、売れているのは納得できます。先の展開を知りたいという欲求がかきたてられる要素が絡み合っています。ひとつは登場人物ひとりひとりが個性的であるだけでなく、言いしれぬ影があることです。もうひとつは、二手に分かれている登場人物たちが社会的立場や志向の点でまったく違い、その二手がどう交わり、どういう出来事を引き起こすのか想像しづらいことです。

 物語は、ふたりの語り手によって交互に語られています。語り手のひとりは、青豆という変わった名前の29歳の女性。表向きはジムでマーシャルアーツのトレーナーをしていますが、裏では必殺仕事人ばりのお仕事をしています。もうひとりは、塾で数学講師をしながら、小説家デビューを目指している天吾という29歳の男性。

 青豆が人を殺めたりするのは、ある年配女性から頼まれるからです。その女性は、虐げられ続け怯えて暮らすしかない女性たちを守るため奔走し、どうしてもほかに手段が見つからないときだけ最終手段として青豆に頼るのです。青豆が、その女性の考えに賛同するのは、彼女の過去の経験に響くものがあるからです。

 一方、天吾は、自分を小説家として育ててくれている編集者小松から、ある話を持ち込まれます。それは、新人賞に応募されてきたある作品−−荒削りな文章ではあるものの、人の心を攫んで話さない不思議な世界を描くファンタジー−−を影で書き直すというもの。小松は、その作品の作者はとても美しい17歳の女の子で、もし芥川賞を受賞すればいやでも話題になり、本は飛ぶように売れると請け合います。しかも、その17歳の女の子は、うまい文章が書けるようにはならないとも確信していて、三人の力をあわせて芥川賞を受賞しようと持ちかけるのです。その小説に魅入られた天吾は、取り憑かれたように、元の作品と誠実に向きあいつつ書き直します。

 影の仕事をし、心に暗闇があるという共通点があるふたりの語り手はいつ出会うのか、そして何が起こるのか、次のBOOK 2が気になります。

2008年10月09日

「風の歌を聴け」

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村上 春樹 著
講談社 出版

 村上春樹氏の処女作です。

 村上氏の個性的な形容は、処女作からずっと続いているのね、と妙に納得してしまった作品です。いつも思うのは、手垢にまみれていない表現は、そういう人物がいたり、そういう出来事が起こったりして、目にしたものを描いたような錯覚を与える力があるということです。

 今、この一冊の薄い本を適当に開いたとします。でも、その適当に開いた1ページにも必ず、ほかの作家の作品では見つけられないような個性的な形容があります。それこそが、村上春樹マークだと思うのです。

 たとえば、こんな感じです。
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 ハートフィールドが良い文章についてこんな風に書いている。
「文章をかくという作業は、とりもなおさず自分と自分をとりまく事物との距離を確認することである。必要なものは感性ではなく、ものさしだ。」(「気分が良くて何が悪い?」1936年)
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 このハートフィールドという作家は実在しないのですが、こういうセリフをいわせると、存在を感じさせます。

 しかも、主人公はこう書いています。
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 僕たちが認識しようと努めるものと、実際に認識するものの間には深い淵が横たわっている。どんな長いものさしをもってしてもその深さを測りきることはできない。僕がここに書きしめすことができるのは、ただのリストだ。小説でも文学でもなければ、芸術でもない。まん中に線が1本だけ引かれた一冊のただのノートだ。教訓なら少しはあるかもしれない。
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 今、外国の書店で平積みされるような日本人作家といって、一番に名前が挙がるのが、村上春樹氏ではないでしょうか。一番になるだけの個性を感じる作家だと思います。

2008年03月05日

「東京奇譚集」

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村上 春樹 著
新潮社 出版

 次の5編から成る短編集です。

−偶然の旅人
−ハナレイ・ベイ
−どこであれそれが見つかりそうな場所で
−日々移動する腎臓のかたちをした石
−品川猿

 「東京奇譚集」というタイトルがあるので、東京という場所をキーに、短編それぞれが緩くつながっているのかと想像していましたが、単に「東京」という文字をタイトルに入れたかっただけのようです。

 それぞれ、ちょっと(かなり?)奇妙な話なのですが、私が一番気に入ったのは、「品川猿」。地下に潜んで、ちょっと変わったものを盗んでしまう迷惑な猿なのですが、盗むものも妙ならば、盗む動機も妙です。そして、その周りの登場人物も妙な感じです。たとえば、どこにでも居そうな、よく話す年配女性のカウンセラーが、実は妙に鋭かったり、その夫の区役所勤務の公務員に行動力があったり、意外性が楽しめます。その一方で、公務員の夫とその部下との会話がいかにも公務員らしく皮肉を込めて書かれている部分は笑えます。

 そうかと思えば、主人公を通して、感情とはどういうものか、その感情と向き合うことの大切さを自然と考えてしまう不思議なはなしです。

 ストーリーとは離れてしまいますが、村上春樹氏の文は、やはり個性的という表現が似合う気がして仕方がありません。翻訳調とおっしゃる方もいますが、翻訳をされていることと関係あるのでしょうか。ことばの選び方がちょっとおもしろいと思えるのです。たとえば、誰かが話しているときの漢語の使い方とか、形容詞とそれに形容される名詞の組み合わせとか。

 ストーリーがわかったあとも、そんなおもしろい表現を探したりしながら、二度楽しめる本のような気がします。

 有名過ぎる作家なので、今まであまり読みませんでしたが、また機会があれば読んでみようかと思います。