2020年08月22日

「ぶり返す世界恐慌と軍事衝突」

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副島 隆彦 著
祥伝社 出版

 2012 年出版の本書の予測を読むのは意地悪なのですが、いまのパンデミックを考えると、戦争景気に魅力を感じる方々も増えるのではないかと、素人ながら心配になり、タイトルの「軍事衝突」を見て、この本を引っぱり出しました。

 著者は、わたしたちは歴史から学ぶべきで、@ 大災害が来て、A 大恐慌が来て、そして B 戦争が来るというパターンを忘れてはならないと警鐘を鳴らしています。歴史を見るとその繰り返しだから……というのがその理由で、これは歴史の法則であり、運命だと言っています。

 いまの新型コロナは、ひとつの大災害だと思います。このあと大恐慌がくるのか、この大災害を乗り越え恐慌を避ける知恵が現代の各国のリーダーにはないのか、注視したいと思います。

 そしてもう 1 点、景気の動向を予測するのは、誰にとっても難しく不可能といってもいいのかもしれないと、あらためて思いました。著者による、60 円台まで円高が進むという予測も、さる大手金融機関が破綻するという読みも、東京都心のタワーマンションさえ価格が下落するだろうという見込みも、的中していたとは言い難いと思います。

 恐慌が来る可能性を無視することもなく、景気動向予測に振り回されることもなく、過ごしたいと思います。
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2020年06月23日

「人は囚われてこそ−囚われで読み解く現代ストレス社会そして瞑想」

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澤田 幸展 著
柏艪舎 出版

 タイトルにある「囚われ」を著者は『心理社会的欲求に突き動かされること』と定義しています。欲求といえば、三大欲求ということばを思い浮かべますが、著者は、農業革命、産業革命、情報革命を経て三大欲求が、(1) 承認/所属欲求、(2) 金銭/交換欲求、(3) 支配/コントロール欲求という心理社会的欲求へとバージョンアップしたと述べています。

 (1) から (3) それぞれは、ことばどおりの意味で、特に (2) は昔、つまり昭和の時代からずっとあったように思ういっぽう、情報革命を機に、つまり SNS など承認を得ることができるツールの登場以降、(1) の欲求が以前より強まったのではないかと思いました。

 さらに承認欲求について著者は、日本人の場合「裏の承認」に対する欲求が強いと述べています。日本人は周囲の目を強く意識するため、承認を必要とするいっぽう、能力や業績が称賛されるとか個性が尊重されるといった「表の承認」をあまり歓迎せず、和や規律ないし序列を大切にしている姿、奥ゆかしさや陰徳が良しとされる「裏の承認」を優先的に求める傾向が強いと説明しています。

 わたしの目には、それは屈折した心理に映りますが、それゆえに欲求がエスカレートし、どんどん欲求に囚われていく気がします。たとえば仕事において、業績をあげるには能力も努力も必要とされます。いっぽう、和や気遣いなどで認められるには気を張って気配りを絶やさなければ実現可能に思えるからです。誰にでもできそうだからこそ、欲求に囚われやすくなるのかもしれません。

 そうした欲求に過度に囚われることなく、ほどほどに囚われながら過ごすための方法が本の終わりのほうで紹介されているので、欲求に囚われ過ぎかもしれないと思われる方には参考になると思います。
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2020年04月20日

「ビッグデータ超入門」

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『ビッグデータ』という言葉が一般的に用いられるようになって久しいですが、その特徴として、データ量のみが注目されているように感じられます。しかし、本書によると、3 つの V、または 4 つの V によって定義されることが多いようです。Volume (ボリューム)、Variety (多様性)、Velocity (速度) で 3 つ、そこに Veracity (真実性) が加えられて 4 つになることが多いようです。

 多様性については、構造化データ、半構造化データ (スプレッドシートデータなど)、非構造化データ (SNS などのテキストデータ) が混在していることを指しています。速度については、自動運転車に搭載された各種センサーによって生成されるデータを例に、無線によって中央制御システムに即時に送られ、瞬時に分析されて自動車に送り返されなければならないとしています。真実性は、SNS などの不正確、不確実なデータから、信頼性のあるデータを得ることを求めています。

 そう考えると、巷に溢れるデータのうち、ビッグデータの 3 番目と 4 番目の定義を満たすものは限定され、ビッグデータについてはまだまだこれから理解が進む部分も多いように見受けられました。そのなかでも本書に取りあげられた失敗例、Google Flu Trends は、ビッグデータを解析する難しさが如実にあわわれていると思います。

 Google Flu Trends は、ことばの通り、Google の検索ワードから、インフルエンザの拡大傾向を把握しようとする試みで、2011 年から 2015 年まで実施されましたが、期待する結果を残すことはできませんでした。(少なくとも 50% 過大予測してしまうという結果でした。)

 これから、ビッグデータへの期待はさらに膨らむことと思いますが、Google Flu Trends のような試行錯誤は絶え間なく続くように思えます。仕事にも関係する分野なので、引き続き注目したいと思います。
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2020年03月30日

「さよならセキュリティ つながり、隔たる、しなやかなセキュリティの世界」

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大竹 高史 著
インプレス R&D 出版

『セキュリティ』という用語を聞いて何をイメージするかは人によって異なると思いますが、わたしは、この本のタイトルを見て、日々仕事で使っているパソコンがネットワークを介してクラッキングされるリスクを思い浮かべました。

 そのほかに、自分がどんな種類のリスクに日々晒されているのか、これまで認識してこなかったと、この本を読んで知った気がします。

 たとえば、最近話題の AI のセキュリティ面の脆さは、教師データや報酬の誤りにあると説明されています。著者は、AI が行なう『学習』を『教師あり学習』と『強化学習』に分けて説明しています。前者の場合、過去のデータから正解を正解として学び、後者の場合、AI が選んだ結果に対して正解、不正解を『報酬』という形で教えるとしています。

 もし、正解でないデータを正解として教えたり、『報酬』が誤って与えられれば、AI は、誤った判断をするようになります。実例として挙げられているのが Amazon の実証実験で、これは 2014 年に始められ、2017 年に打ち切られました。理由は、過去 10 年分の社員情報を学習していた AI の公平性を証明できなかったからです。実際の社員情報において、圧倒的に男性の情報が多かったから、AI は男性=優秀と判断するようになったというのです。

 AI がどう判断するか、そのアルゴリズムはブラックボックスです。どういうデータの積み重ねが AI の判断を構築したか、明確にすることはできません。そんな AI が入社試験の一次判定をする時代にわたしたちは、公平性を担保しようと自ら動く Amazon のような企業だけが存在することを期待していいのでしょうか。

 テクノロジーの進歩と同時に『セキュリティ』に対する概念も進歩させなければならないと思いました。
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2020年03月12日

「サクラと星条旗」

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ロバート ホワイティング (Robert Whiting) 著
阿部 耕三 訳
早川書房 出版

 日米の文化比較のような本かと、タイトルから勘違いをして入手しました。実は、米国のメジャーリーグのあれこれをそこで活躍する日本人選手を中心に紹介するエッセイです。普段野球を観戦しないので、メジャーリーグに渡った日本人はこんなにも多かったのかと今更ながら驚いたのですが、プレーの話題以外でも色々驚かされたことがありました。

 そのなかでも数字絡みのことは、印象に残りました。ひとつは『セイバーメトリクス (SABR metrics)』です。SABR は、Society for American Baseball Research (アメリカ野球学会) のことで、metrics は指標や評価基準を指します。統計学の一種ですが、これで選手の価値が判断されるそうです。WHIP、PAP、VORP、BIP% など、見てもわからないメトリクスばかりですが、これらを駆使して、野球経験がまったくないながら活躍する GM もいるそうです。

 もうひとつは、日本の球団の懐事情は、年間(数)十億円レベルの球場使用料で痛むいっぽう、米国の球場は、莫大な地元の助成金で支えられ、球団が多額な使用料を支払うことはないという日米の対照的な状況です。こうして球団が選手に資金を投入できる余裕が生まれ、日本の優秀な選手がメジャーリーグに移っていく事情も生まれているようです。結局のところ、地元の助成金も、球場で試合が行われることによる経済効果をもとに算出されているのでしょうから、スポーツも結局は経済活動のひとつということなのだと今更ながら気づかされました。

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