2017年12月07日

「あんしん健康ナビ 皮ふと健康 おトク情報」

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花川 博義 著
1万年堂出版 出版

『皮ふと健康』と謳っているので、皮ふのことが詳しく載っているのかと思いましたが、そうではなく、広く浅くアンチエイジングや健康に関することが触れられています。

 そのなかで「それは知らなかった!」と、思うことがいくつかありました。

(1) 布団などに入り込んでいる、アトピー性皮膚炎の原因となるダニは、布団を干しても殺せないので、家庭用布団乾燥機で殺し、死骸を掃除機で吸い取るのが有効だそうです。
(2) 金属アレルギーは、皮膚科のパッチテストで原因がわかるそうです。
(3) 皮膚のシミに有効なレーザーは、Qスイッチのルビーレーザーとアレキサンドライトレーザーで、著者によると、これらの機器を使っていれば、値段に関係なく効果は同じとか。
(4) 美白効果で頭ひとつ抜きんでているのがハイドロキノンという塗り薬だそうです(塗ったとき、1割程度の人に皮膚が赤くなるという副作用があります)。
(5) (4)のほか、肝斑に限っては、トラネキサム酸という成分が入った飲み薬が効果的。

 これを読んだあと、上記をネットで検索したところ、大量に情報が見つかりました。この本で興味をもったことは、ほかの情報源をあたって自分で掘りさげるといいのかもしれません。
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2017年10月29日

「日本語の古典」

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山口 仲美 著
岩波書店 出版

 奈良時代の「古事記」から江戸末期の「春色梅児誉美(しゅんしょくうめごよみ)」まで、作品中に使われていることばに注目しながら、古典名作を紹介しています。

 著者が選んだ『ことば』という切り口で見たとき、もっとも驚いたエピソードは、「古事記」です。『ねぐ』ということばが取りあげられているのですが、これはのちに『ねぎらう』を派生させたことばです。

 景行(けいこう)天皇がヤマトタケル(幼名:オウスノミコト)に「何(なに)とかも汝(なむち)が兄(え)の朝夕(あしたゆふべ)の大御食(おほみけ)に参(ま)ゐ出(い)で来(こ)ぬ。専(もは)ら汝ねぎし教(をし)え覚(さと)せ」と言いました。「どうしてお前の兄は朝夕の食膳に出て来ないのか? よくお前からねぎらい教えさとしなさい」という意味だそうです。この兄は、オオウスノミコトのことですが、このあと弟に殺されてしまいました。なぜなら、弟が『ねぐ』をそういう意味にとったからです。著者は、ヤクザ仲間や運動部で「かわいがる」と言うと「痛めつける」「しごく」ことを意味するのと同じように、オウスノミコトが『ねぐ』を痛めつけて始末する意味にとったと説明しています。

 怖い話です。痛めつけた結果の傷は癒えても、殺してしまっては取り返しがつきません。それだけに、オウスノミコトの気性がよく伝わってきます。

 ほかにも、古典が数多く登場しますが、翻訳に関係する印象的な古典がふたつありました。ひとつは「伊曽保物語」です。わたしの学生時代の成績は、目も当てられないほどだったので、これが「イソップ物語」の翻訳で、しかも1593年刊行と、江戸時代より前に訳されていたとは知らず、驚きました。

 もうひとつは、「解体新書」の翻訳をしたとされる杉田玄白が書いた「蘭東(らんとう)事始」(一般的に「蘭学事始」として知られている書の原書名)です。「解体新書」のクレジットには、杉田玄白の名しかありませんでしたが、実は、杉田玄白にとって師と呼べる前野良沢が翻訳において最も大きな役割を果たしていました。その結果、前野良沢との関係が壊れてしまい、杉田玄白は、この「蘭東事始」で「解体新書」の経緯を詳らかにしたかったのではないかと著者は、解説しています。

 この著者の解説を読めば、ふだん接することのない古典も、おもしろい読み物に感じられました。
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2017年09月30日

「アフリカの印象」

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レーモン・ルーセル (Raymond Roussel) 著
坂口 恭平 イラスト
國分 俊宏 訳
伽鹿舎 出版

 わたしの想像を超えた作品でした。まず、タイトルに『アフリカ』ということばがあるにもかかわらず、架空の国の架空の国王の戴冠式から物語は始まります。それでも、やはりアフリカ大陸のどこかだとイメージして読み進めるのですが、舞台がアフリカだろうとどこだろうと関係ないような非現実的な描写が続き、まるで大きな見世物小屋を次から次へと覗いているような感覚に見舞われます。しかも、眼の前に繰り広げられる戴冠式のあれこれを観察している『私』が誰なのか、なぜ国内の事情に通じているのか、明かされるのは、中盤になってからです。

 物語の展開だけでなく、形式面から見ても、変わっていて抄訳です。さらに、イラストも超のつく個性派で、国籍や人種を超えています。帯には『摩訶不思議な世界』とありましたが、まさにそんな印象です。作家紹介では、1877年生まれ1933年没となっていますが、書かれた時代も感じさせません。

 時代や国籍や小説の形式といった枠を何も感じさせない、わたしの理解を遥かに超えた作品で、SFすら苦手なわたしには、消化しきれませんでした。
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2017年09月21日

「スティーブ・ジョブズ」

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ウォルター・アイザックソン (Walter Isaacson) 著
井口 耕二 訳
講談社 出版

 IT業界の変革者ジョブズですが、強烈ということばをもってしても伝えられないくらい個性が強い人であったことが如実に伝わってきました。特に若いころの恋人や娘に対する仕打ちは、読んでいて辛いものがありました。のちに、元恋人が彼を自己愛性人格障害と分析していましたが、それにしても、ここまで冷酷になれるものかと驚きました。

 そのいっぽうで、ジョブズが起こした変革を、歴史として習ったのではなく、その時代に生きて目の当たりにしてきた身としては、後半は楽しく読めました。

 一番楽しめたのは、開発秘話といった類のエピソードです。向日葵を見てインスピレーションが湧き iMac が生まれたとか、衝撃的だった iPod のホイールを iPhone の開発にも当てはめようとしたとか、試行錯誤のプロセスに関する話題です。

 次に興味がわいたのは、ジョブズの比類なきこだわり方です。きちんとするのが大好きな養父から、見えない部品にさえ、ちゃんと気を配ることを学び、子ども時代を送った地域の建売住宅から、すばらしいデザインとシンプルな機能を高価ではない製品で実現することの素晴らしさを知ったジョブズが、一般消費者がこだわらない点にもこだわり抜く姿勢をもったことも、そういった信念を子どものときから持っていた点も、わたしのような凡人とまったく異なるのだと痛感しました。

 そうした背景を知ると、この業界で意見を二分する、オープンかクローズドかという問題において、ジョブズがクローズドの方針を貫き続けたのは自然なことに思われました。若いころのわたしは、クローズドに批判的でしたが、パソコンでもタブレットでもスマホでもコモディティ化しているいま、大多数の人にとってはクローズドが必要なのだと実感しています。時代がジョブズに追いついてきたのかもしれません。

 そして、その卓越した先見性だけでなく、選択と集中の実践力、『現実歪曲フィールド』と揶揄される強靭な推進力など、並外れた才能によって会社が大きくなっても変革を起こすことができたのだと思います。もしもっと長生きしていたら、もうひとつ階段をのぼっていたのかもしれません。次の一段を押しあげるジョブズのような人物が出てくるのを、この業界に身を置くあいだにもう一度見たいと思いますが、そう簡単に実現する時代ではなくなった気もします。
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2017年09月16日

「オーケストラの指揮者をめざす女子高生に『論理力』がもたらした奇跡」

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永野 裕之 著
実務教育出版 出版

「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」の真似というのが、この本に対する第一印象ですが、取りあげられているのが難しそうな数学書「原論」で、それを学ぶのが女子高生となれば、わたしも難解な数学を少しは理解できるかもしれないという期待がわき、読んでみました。

 本当に基礎の基礎から始まるうえ、既出の問題にも適宜触れながら進むので、投げ出さず読み通せました。その基礎の基礎の例ですが、以下のようなギリシャ文字の読み方も載っています。そんな至れり尽くせりでも、さすがにわたしのレベルでは「原論」を理解できたと言えるには至りませんでしたが、それでも、2000年以上も前の書物がいまも読まれている理由が納得できました。

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 紀元前3世紀ころにユークリッドが書いたとされる「原論」に対して抱いたイメージは、無駄をいっさい排除した美しさのようなものです。異を挟む余地がまったくないよう証明され、その証明はその後の証明において最大限活用できるよう組み立てられ、直線的に高みへと登っていくようなイメージです。

 異を挟む余地のない証明を根底で支えているのは、定義、公理、公準などです。これらはいずれも、異なる考えをもちうる人たちのあいだで基礎となるルールにあたります。そのうえにさまざまな証明が重なり、タイトルにある『論理力』、つまり異なる考えをもちうる人々が認識を一にするため必要なものを欠かさず積み重ね、揺るがない共通認識を築きあげることが可能になるということを本書は伝えています。

 以心伝心といった文化をもつ日本で、あまり知られていないユークリッド原論の方針は、グローバル時代において、もっと理解されていもいいものだと感じました。
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