2017年04月08日

「人はなぜ笑うのか―笑いの精神生理学」

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志水 彰/角辻 豊/中村 真 著
講談社 出版

『笑い』というものが多角的に分析されています。どのような起源か、使う筋肉は何か、文化的にどのような役割を担っているのか、そういったさまざまな切り口で論点が展開されています。

 わたしが一番興味をもったのは、さまざまな感情において笑いがどのような位置づけにあるかというモデリングです。

 感情には、それを表わす側と受けとる側があり、ときには受けとる側が混同することもありますが、混同しやすい感情を隣り合わせに並べると以下のようになるそうです。『笑い』から最初に連想するのは、おそらく『楽しい』といった類の感情だと思いますが、以下のモデルでは、『愛・幸福・楽しさ』に含まれます。ただ、『笑い』には、『冷笑』なども含まれ、こちらは以下のモデルの『軽べつ』に含まれます。その対極にある怒りや苦しみの真っ只中にあれば、笑うことはできません。

20170408 感情の円環モデル.png

 上記と似たモデルに、感情と表情の立体モデルも紹介されていました。こちらは、笑いを分類(@からF)し、それを立体モデルにマッピングしています。この地球儀のように見えるモデルの中心部分は、感情がない状態にあたり、地表に向かっていくにつれ、感情が強くなります。

20170408 感情と表情の立体モデル.png

 普段数値化しやすいものを扱う仕事をしているせいか、感情や表情といったものも、このようにモデリングできると考えたことがなかったので、おもしろく読めました。
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2017年03月22日

「脳科学医が教える他人に敏感すぎる人がラクに生きる方法」

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高田 明和 著
幻冬舎 出版

 一般的にはあまり知られていない HSP (Highly Sensitive Person) について、該当者である著者が、おもに自らの体験を書いている本です。

 HSP とは、タイトルにある『他人に敏感すぎる人』のことで、アメリカの心理学者、エレイン・N・アーロン博士が見出したそうです。およそ 5 人に 1 人がこの HSP に該当しますが、病気ではなく、一種の『気質』にあたるそうです。

 この本を読んだきっかけは、自分がこの HSP に該当するかもしれないと思ったことです。読み終えて、いろんなことに納得がいきましたし、社会に出る前にこういう概念を知っていれば……とも思いました。(ただ、HSP が知られるようになってまだ 20 年経っていないので、物理的に不可能なのですが。)それでも、この 20% という数字や適性について知ることができたのは有意義だと思います。これまで自分ひとりの経験のなかから結論めいた、自分なりの答えを出して、それに従って行動してきましたが、その裏づけのようなものを読むことができてよかったと感じました。

 もし世代に関係なく、この HSP が 20% の割合で存在するのであれば、仕事を決めるとか、さらにはもっと前、学校を決めるとき、該当しそうな人たちに読んでほしいと思います。
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2017年02月23日

「相手を思いのままに「心理操作」できる!」

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デヴィッド・リーバーマン (David J. Lieberman) 著
斎藤 勇 訳
三笠書房 出版

 タイトルだけを見ると、相手を騙したり、悪いことに使えるテクニックに見えなくもないですが、対人心理学に基づく社会生活に役立つ手法のようです。

 数多くの手法が紹介されていましたが、そのなかでも一部、わたしの日常で使ってみたいと思った手法を、自分がこれまでに困った場面に当てはめて選んでみました。

(1) 肯定的だけれども表面的な感想を言われ、本音が聞けないとき

Q「新案のコンセプトは気に入っていただけたでしょうか?」
A「ああ、とても独創的でよかったよ」
Q「では、もっとよくするには、どうしたらいいでしょうか?」

 上記のように、相手の意見を否定せず、まだ改善の余地があることを示せば本音が出てくるそうです。

(2) 相手が暴言を吐いて、くってかかってきたとき

「どうして私にこんなことをするのよ」という代わりに、「『あなた』、今日は何か不愉快なことでもあったみたいね」というように『私』のことを防御せず、『あなた』のことを話すと、問題は、相手のなかにのみ存在することをはっきりさせることができ、鎮静作用が働くそうです。

(3) 嫉妬されて困ったとき

 AさんがBさんを妬んでいる場合、Aさんのよさを褒めても効果は見込めないそうです。AさんになくてBさんにあるもの、つまり嫉妬の原因となる事柄について、価値がないと伝えることが大切だそうです。友人が多く収入の少ないAさんが、収入の多いBさんを妬んでいる場合、収入が多いことよりも友人が多いことが重要であると、さりげなく話すと効果が高いとか。

(4) 相手に行動を起こさせようと説得するものの、応じてもらえないとき

 行動することにより得られるものを説明し、行動を促すよう説得するより、行動しないことにより失うものを説明し、行動を促すよう説得するほうが応じてもらえる確率が格段に高くなるそうです。決断は感情に支えられていて、何かを失う怖さが決断を引き起こすという理屈です。

(5) 相手の指摘や質問によって窮地に立たされたとき

「あなたは、もう○○する年じゃないでしょ。やめれば?」といわれたとき、「そんなことはないよ。だって……」といった守りに入れば途端に窮地に立たされるそうです。「何歳までならいいと思う?」と質問で返せば、その問題を自分からは遠ざけ、相手の問題にしてしまうことができます。40歳と答えても、30歳と答えても、41歳にはダメで40歳にはいい理由、31歳にはダメで30歳にはいい理由を説明する羽目に追い込まれるのは、相手だからです。

 こういう手法を知り尽くした人と議論したくはないと思いました。
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2017年02月10日

「万年筆で極める美文字」

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青山 浩之 著
実務教育出版 出版

 わたしの親しい友人が、かなり万年筆に凝っていて、廉価なものから高価なものまで、100本とまではいかなくとも、かなりの数を揃えています。それで、タイトルの『万年筆』が目につき、万年筆の魅力を知りたくて読んだ次第です。

 コレクションしたくなるほどの魅力が万年筆のどこにあるのか知りたいという軽い気持ちだったのが、読み終えたときには、わたしも少し練習すれば、万年筆で綺麗な文字が書けるような気がしたのが、意外でした。

 本書では、『表情の豊かな文字』が書けることを万年筆の魅力としてあげています。微妙な力加減やスピードの違いによって、文字に濃淡が出て、文字に表情があらわれるというのです。説得力のある実例が添えられています。

 しかも、『美文字』を書くためのルールを絞り、簡潔に説明しているので、なんとなく実践できそうな気がしてきます。

(A) すき間均等法
 文字を書くとき、線ばかりに意識を向けてしまいますが、すき間の大きさも注意する必要があります。たとえば禾編では、線に区切られるすき間が6箇所あり、このスペースを同じにすれば、バランスがとれます。
(B) 中心線串刺し法
 文全体としてバランスをとるには、漢字とかなで大きさを変える必要がありますが、それぞれの縦の中心線を合わせると見栄えがよくなります。
(C) 手首固定法
 手首を机につけることにより、安定して一画一画を書けるようになります。

 文字を丁寧に見せるルール(ただし、楷書に限定)もあります。
(a)「ピタ」のルール
 横画の最後を筆圧を加えて「ピタ」と止めれば、整った印象になります。
(b)「カク」のルール
 折れる部分は、横画の終わりで、いったん力をゆるめてからコブができるくらいしっかり押さえて折ることで、丸く書いた角にはないメリハリがうまれます。たとえば『口』の右上の折れなどに使えます。
(c)「ピト」のルール
 つけるべきところを筆圧をかけてしっかりつけると、きちんと感がうまれます。たとえば『目』のあいだの二本をきちんと左右につけると乱暴に書いたようには見えません。

 文字ひとつひとつの書き方を覚えるのではなく、多くの漢字に当てはまる基本ルールを覚えるよう説明されているので、きれいな字を書くのはそう難しくはないように思えてきます。実際は、難しいのでしょうけれど、少し意識するだけで、かなり違う印象の文字を書けそうな気はします。
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2017年01月26日

「バルカンをフィールドワークする―ことばを訪ねて」

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中島 由美 著
大修館書店 出版

 これも「ガセネッタ&シモネッタ」を読んで、見つけた本です。実際に読んで思ったのが、「そもそも、これ、いつの本?」出版は1997年で、フィールドワークに出かけた最初の時期は1978年から1980年です。まず、時代を感じました。しかし、それが悪いというわけではありません。そういう時代だったなぁ、と感慨を覚える部分もありますし、そういう時代だったんだ、と新たな知識を得ることもあります。

 しかし、一番の醍醐味は、はるか遠い日本という国から、わざわざユーゴスラビアまでマケドニア語を研究しに来た日本人を迎えた現地の人たちとの交わりではないかと思います。この本自体は、ユーゴスラビアという多彩な民族や言語を抱える国において、言語がどのような影響を与え合ったかを地理的に解明しようという言語地理学の観点からフィールドワークを実施するというものですが、日本人にとってユーゴスラビアはあまり馴染みがない地方なので、この本を読むことによって現地の方々の文化、習慣、料理など、楽しめると思います。

 そういえば、「石の花」でも出てきたあれが、また出てきました。

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 ユーゴスラヴィアといえばその頃は例の数合わせ、「七つの国に囲まれ、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字があって、でも一つの国家」というのが自慢だった。
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 "その頃は"というのは、著者が最初に研究のためにユーゴスラビアを訪れた1978年から1980年のことです。その後、時代は移ります。

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 一九九一年マケドニアが独立を宣言すると、国名をめぐってギリシアから横槍が入った。ギリシアが問題にしているのは「マケドニア」なる名称を「他人」が使うことであり、長年我がマケドニア国を「スコピエ政府」などと呼んできた。とはいえマケドニアがユーゴスラヴィア連邦の一部である間は、表だった外交問題に発展することは稀だった。ユーゴスラヴィアの黄金期には、ギリシアでバカンスを過ごす人も多かったし、スコピエの悪友どもも何かあると車を仕立ててソルン(テッサロニキ)までショッピングに出かけていたものだ。
 いよいよ「マケドニア」が正式国名として旗揚げされると、両者の関係は一気に悪化した。アトランタ・オリンピックにも登場した「旧ユーゴスラヴィア・マケドニア共和国」という妙な国名は、国連が承認に踏み切るにあたって、ギリシアとの妥協のために考え出した苦肉の策である。片や旧連邦を引き継いだ国は「新ユーゴスラヴィア」だというのだから、ややこしい。
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 政治的に新しい国の誕生は難しそうですが、新しい言語の誕生という観点から見ると、興味深いです。著者はマケドニア語の父といわれるコネスキ氏とも直接親交があったそうで、伝聞ではないよさで解説されています。そもそも、ひとつの言語が近代において作られるというのは、あまり例のないことでしょう。そういう希少性からも、マケドニア語誕生秘話とその後の経過はなかなか興味をそそられる話に仕上がっています。

 もうひとつ興味を惹かれたのは、著者が帰国子女などではなく、日本語を母国語として生まれ育ち、大学生時代までユーゴスラビアに行ったことがないということです。実は、フィールドワークと聞いて思ったのは、子どもの頃どういうところで育った方なんだろう、ということだったからです。わたしは、おとなになってから習得した言語では、データがとれるほどには聞き取れないと思っていたのです。そのことについては、著者も説明の必要性を感じられたのか、ある程度説明されています。それでも、正直、信じられません。結局、著者の努力が桁外れだったのだろう、という結論が妥当に思われました。

 世界は広いのに、人が見られる世界は小さいものだな、と寂しさを感じてしまいましたが、こうやって本があることによって広がる世界もあるのだと再認識しました。
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