2019年04月09日

「フェルメール 隠された次元」

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福岡 伸一 著
木楽舎 出版

 生物学者である著者は、大のフェルメールファンで有名なフェルメール研究家です。科学者が芸術作品を見る視点は、美術館で人混みに揉まれながら、これがあの有名なフェルメールの作品か……などと思うわたしとはまったく次元が異なり、驚きに満ちていました。

 もっとも驚いたのは、指紋の検出です。著者がフェルメールの作品に違いないと信じている 37 作品のなかには真贋が問われている作品があります。それをキャンバス上に微かに残された指紋から証明しようというのです。現在も進行中のプロジェクトのようですが、その閃きや仮説は読んでいるだけで胸躍るものでした。

 そして著者の専門分野のひとつ DNA の話題からも意外なことを知りました。DNA は、生物を作る設計図のようなものだと思っていましたが、実際は、全体像を把握する地図のような働きはありません。一部の例外を除き細胞は、それぞれ同じカタログブックを持っていて、細胞の差異はカタログのどの部品を選ぶかによって生まれるというのです。細胞の生成 (成長) 過程において、前後左右上下の細胞と相互作用の結果、相補的に差異化されていくのであって、身体の全体像を把握しているものはどこにもないということです。

 いろいろ知識も得られますが、この本の一番の売りは、巻頭に収められている 37 のリ・クリエイト作品のカラーページです。リ・クリエイト作品とは、現存の作品の画像データに対し、修復に似た補正を加え、コントラスト調整を施し、描かれた当時の作品の再現を目指すための色味を加えたものをキャンバス生地に印刷したものです。

 元の状態を正確に知ることができない以上、彩色することを良しとしない修復とは違うこのリ・クリエイトの手法に、ある修復家は「当時はどういう色味だったのかと考えるのは、知的な提案」だと評しています。作品そのものに手を加えるわけではないので、リ・クリエイト作品は歓迎される企画だと思います。

 美術品と生物を一度に楽しめる一粒で二度おいしい本でした。
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2019年04月08日

「見て見ぬふりをする社会」

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マーガレット・ヘファーナン (Margaret Heffernan) 著
仁木 めぐみ 訳
河出書房新社 出版

 このタイトルを見て最初に思い浮かべたのは、いわゆる傍観者効果というものです。この本でも、『危機的状況を目撃した人数が多ければ多いほど、なにか行動を起こす人が減る』と説明されています。

 この本で扱われているのはもっと広い範囲で、『故意あるいは意図的な看過、意識的な回避、意図的な無関心など』を指し、イギリスでは法的概念として確立されているそうです。平たくいえば『知る機会と知る責任があったのに、そこから逃げる』ことで、薄々おかしいと思いながらマネーロンダリングや麻薬取引に加担した人に適用されるケースが多いとか。

 見て見ぬふりは、企業活動のなかでも、個人の生活でも起こっています。

 ビジネス面では『現状の罠』があげられています。著者は『現状維持は安全に感じられ、なじみがあり、慣れている』から、現実を直視できず、見て見ぬふりをするのだと説明しています。そのほか、上に認められたい一心で末端で働く人々の命を賭したコスト削減を推進する管理職など、過去の企業による数々の不正が検証されています。

 個人の生活で印象的だったのは、もしお金が一番大事と考えるようになると、見て見ぬふりばかりになってしまうということです。たしかに、人が困っているところを助けても金銭を得られないので見て見ぬふりになりますし、自分が困っているときもお金で解決するのでしょう。

 著者は、こう書いています。『金のせいで人は人間関係から切り離されてしまうのだ。周囲の人々から隔離されればされるほど、その人のうぬぼれは悪化していき、人を人とも思わぬ扱いをし、有害な文化の中で犠牲になる人々を見て見ぬふりをし、倫理に反する決断をする。』身近でこういう人を見ているので、このプロセスに納得できました。

 こんなことが起こる理由として、わたしが日頃感じるのは、企業で上長から評価され昇進昇給を受けるといった社会的報酬を追い求める人が多いことです。でも実は、化学的な報酬も原因になっているというのです。『我々は社会的な人間関係を形成したり承認されたりすると、それに刺激され、自分をすばらしいと思うようにする物質であるオピオイドが作られる (同様に人間関係が解消されると、オピオイドは作られず、我々はひどい気分になる)』と著者は、説明しています。『社会的な影響と社会的な絆は基礎的な神経化学的な意味でオピオイド依存だといえる』と精神薬理学のジャアク・パンクセックは主張しているそうです。

 結局、自分たちのそういった特性を知って、見て見ぬふりを防ぐよう意識しなければならず、性善説のような考え方ではどうにもならない問題のようです。知る機会があってよかったと思う反面、切なくなりました。
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2019年03月21日

「文化が織りなす世界の装い」

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山田 孝子/小磯 千尋 編
英明企画編集 出版

『装い』と聞くと、わたしは洋装や和装ということばを思い浮かべるのですが、ここで取り上げられる装いはもっと幅が広く、装飾品はもちろんのことタトゥーのように肌に直接刻まれるものも含まれます。

 また、文化的に近い欧米諸国ではなく新興国を中心に取り上げられています。普段接する機会の少ない地域の装いは当然ながら、知っていると思っていた和装についても驚くことがありました。

 もっとも驚いたのは、肌に刻まれるものです。著者のひとりが1980年代のナイジェリアで実際に見たハウサという民族のことを紹介しています。子供が歩き始めると家族の一員の証に、額を縦に走る一本の傷をつける習慣があるそうです。たとえそれが民族のアイデンティティの維持につながっているとしても、日本で女の子の顔に傷をつける意味を考えると驚きました。

 和装について驚いたのは、帯です。幅広の帯が正装になったのは、明治時代に呉服屋が帯の単価をあげ収益につなげようとしたことに端を発していて、もし庶民の半幅帯を正装としていたら、ひとりで気軽に着ることができ、ここまで和装が珍しいものにならなかったのではないかという見方です。たしかに一理あるかもしれません。

 そのほか、自己主張、アイデンティティ、政治、機能、おしゃれといったさまざまな事柄と装いとの関係を広く浅く知ることができた本でした。
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2019年01月18日

「NEVER LOST AGAIN グーグルマップ誕生」

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ビル・キルデイ (Bill Kilday) 著
大熊 希美 訳
TAC 出版 出版

 グーグルマップの元となった製品の誕生 (2001 年のトレードショーで披露されたのが初イベントとなったキーホールアースビューアーという名前の製品) し、それが 2004 年秋にグーグルによって買収されたあと 2005 年 2 月にグーグルマップ (アメリカ国内の地図だけでローンチし、1 か月ほど経ってグーグルローカルに改名) として公開され、2005 年 6 月にはグーグルアースもリリースされ、その後発展し続けた 10年ほどの経緯が描かれています。

 この本には 15 年を超える歳月が収まっていますが、1 冊の本で変化のはやい IT 業界の製品も企業 (つまり人) も広く振り返るには長すぎる期間に思います。さらに、IT 業界に身をおいているわたしの目から見ると、ベンチャー企業が資金繰りで苦労したり、M&A によって異なる企業文化がぶつかったり社内政治で覇権争いがあったりといったことに目新しさを感じられず、冗長に感じました。

 だったら、もっとグーグルマップという製品だけに焦点をあて、機能や技術・開発手法の変遷に絞ったほうがおもしろかったのではないかと思います。著者は、キーホールアースビューアー時代とグーグルマップ時代の一部で、プロダクトマネージャとマーケティングマネージャを兼任していたので、アーキテクチャに疎い人々にも製品の仕組みや特徴をわかりやすく説明できたと思います。

 もしこの本がグーグルアースのリリース直後あたりにそれまでの裏話満載で出版されていれば別ですが、2018 年という出版時期を考えると、取りあげる範囲にもう少し工夫が必要だった気がします。

 そうはいっても、グーグルマップの成長物語としての部分は読みごたえがあり、そういえばそうだったと過去を振り返る機会を得たと同時に、グーグルの価値観やビジネス理論、ファウンダーたちの世界を変えるブレイクスルーを生む信念・信条を再認識できたことは有意義でした。
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2018年12月19日

「わくわく数の世界の大冒険 2」

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桜井 進 著
ふわ こういちろう イラスト
日本図書センター 出版

わくわく数の世界の大冒険」の続編です。シリーズの最初と違って、こちらでは図形が頻繁に登場します。形の把握が苦手なので、前作ほどは楽しめませんでした。

 ただ、子供の頃すごく驚いたことを鮮明に思い出しました。その問題は、同じクラスに誕生日が同じ子がいる確率を問うものです。クラスにはせいぜい 45 人しかいないのに 1 年は 365 日もあります。同じ誕生日の子がクラスにいる確率は、奇跡が起こるのと同じくらいの確率だと思っていました。

 ご存知のとおり、45 人のクラスなら、同じ誕生日の子が 1 組もいない可能性は、1 割を切ります。自分が奇跡だと思うことが起きる確率が 9 割以上あるということです。

 あのとき、そんなはずはないと強く思ったものの、証明できない自分がただの馬鹿に思えました。意外な本で思い出に浸ってしまいました。
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