2015年02月17日

「Skipping Christmas」

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John Grisham 著
Dell 出版

 大学を卒業した娘が2年間ペルーに行くことになったのをきっかけに、ことしはクリスマスをスキップしてしまおうと決めた夫婦の話です。

 アメリカの中流家庭がおくるクリスマスとは、いやはやこんなに手間のかかるものなのかと同情するものの、やっぱり笑ってしまいます。たとえば、クリスマス・ツリー。日本のようにプラスチック製ツリーを毎年使いまわすのではなく、おとなの身長を超える高さの木をトラックいっぱいに積みこんでボーイスカウトが各家庭を訪ねて売るようです。(もちろん保護者が付き添うわけですが。)その利益がボーイスカウトの活動費になったりするわけですから、毎年買ってくれている家庭のぶんを当てこんで木を仕入れ訪ねてきたところへ、ことしはクリスマスをスキップするからツリーは不要と言えば、やっぱり気まずくなるわけです。そのほかにも、クリスマス・プレゼント、クリスマス・カード、クリスマス・パーティ……。きわめつけは、住宅街ごとにクリスマスのライトアップを競うイベントです。ご近所さんの屋根はみなスノーマンでキラキラと飾られているのに1軒だけ真っ暗となれば……。

 しかも終盤にとんでもないハプニングが起こります。

 ジョン・グリシャムといえば、リーガル・サスペンスしか知らなかったのですが、ほのぼのハッピーエンド作品も悪くありませんでした。
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2015年01月25日

「The Kitchen God's Wife」

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Amy Tan 著
Ivy Books 出版

 タイトルにあるキッチンの神様というのは、中国の神様です。中国の神様社会には、会社のような上下関係があるようです。このキッチンの神様は結構下っ端で、日々人間の行動を観察し、1年に1度上司にあたる神様に、どの人間の行いが良いか、どの人間の行いが悪いかを報告する仕組みです。人間の立場からすれば、その報告次第で授けられる幸運が変わってくるわけですから、キッチンの神様にお供えをしないわけにはいきません。

 そんな立場のキッチンの神様は、もともと人間でした。働き者の妻のおかげで豊かな暮らしをしていたのをいいことに、愛人を家にひきいれ、その愛人が妻を追い出してしまっても、愛人と遊び呆けているような夫でした。

 そしてこの夫に尽くしながらも報われることのなかった妻がこの本のタイトルになっています。この物語の象徴のような存在だからでしょう。

 キッチンの神様の妻は、世の理不尽さの象徴でもあり、運命に翻弄される人生の象徴でもあり、強さと弱さが共存するという矛盾の象徴でもあるのでしょう。

 そう考えると、キッチンの神様の妻は、惨めとしかいいようがない感じがしますが、本当にそうなんでしょうか。逆に、キッチンの神様は、遊び呆けたうえに、幸運を得ようとする人々からお供えを受けて、楽しいのでしょうか。

 文化や時代も含めて、幸福や幸運のものさしについて、考えさせられました。
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2014年02月04日

「The Blue Nowhere」

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Jeffery Deaver 著
Pocket Books 出版

 Jeffery Deaver(ジェフリー・ディヴァー)の作品を読んだのは、これが初めてですが、その人気に納得できる内容でした。

 ミスリードにひっかかったあと意外な展開を突きつけられるということが繰り返されます。後半になると、さすがにミスリードに気づけるようになりますが、それでもやはり行きつく展開は意外で、うまうまと一気読みの罠に嵌ってしまいました。

 あるハッカーが他人のパソコンに侵入し、所有者の交友関係やスケジュールなどをいともたやすく手に入れ、その情報をもとに相手を殺害するところから一連の事件は始まります。犯人の高度なハッキング技術を見て、警察側の捜査にも優秀なハッカーを招き入れる必要性を感じた捜査員が支援を求めた先は、禁錮刑を受けている囚人でした。

 読者が驚くような設定や展開が練られているだけでなく、ハッカーたちの価値観も描かれて退屈せずに読めるようになっています。その一方で、誰が悪人であってもおかしくない設定になっているため、登場人物の個性が細かく描きこまれていません。

 また、出版が2001年と古いので、登場するパソコンやシステムも古く、若い人にはわからない可能性があります。

 しかしその頃から変わらず、わたしも含め日本人は、相対的にセキュリティ意識が甘いので、もしこんな犯人があらわれたら間違いなくありとあらゆるコンピューターが凶器に変貌させられるのだろうと、ぞっとしました。
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2010年11月04日

「Winter Frost」

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R.D. Wingfield 著
Transworld Publishers 出版

 「Hard Frost」の続編で、シリーズ5作目です。5作も読むと、このシリーズがなぜ好きなのか、さすがに自分でもわかってきました。

 ひとつは、警察という組織のなかでそれなりに窮屈で自由な日々を送っている主人公フロストに共感できるからです。たとえば、職場でフロストが板挟みになっている状態には無理なく感情移入できます。上司マレットは、部下の安全より自分の出世のほうが大事だと思っていることを隠そうともせずコスト削減を厳しく要求してきますが、フロスト自身は部下の行動にも責任を持とうと頑張っているあたり、自分の身と重ね合わせながら、応援したくなります。しかしその一方でフロストは、事務処理がからきしだめだったり、時も場所も選ばない品の悪い冗談を次々と口にしたり、身だしなみに気を配らなかったりと、社会人としてどうかと思うようなところは、笑えるだけでなくわたしもここまで気楽にやってみたいと少しばかり羨ましい気分になったりもします。

 もうひとつは、複数の事件がてんでばらばらに進行しているように見えつつどこかで一部が交わりあったりしながら、なかには呆気なく解決するものもあったり、七転八倒の苦しみの末に解決するものもあったり、フロストの冴えた推理のおかげで解決するものもあったり、フロストが越えてはいけない一線を越えて無理やり解決するものもあったり、ひとつひとつ違った様相を見せながらも目にした事件がすべて終結していくさまが好きなのだと思います。

 それで今作なのですが、相棒がいつもとは少し違います。どちらかといえばフロストを慕っているのですが、いつか取り返しのつかないことをしでかすという不安を感じさせるタイプで、爆弾を抱えているようなハラハラ感が味わえました。

 事件の解決に関していえば、あっさりと解決するものとどこまでも運に見放されてしまうものの落差が前作以上に大きくなった気がします。フロストは刑事としての立場が危うくなるところまで追いつめられてしまうのですが、誰もを責めるでもなく冷静にフェアに振る舞っていて、またまた共感してしまいました。

 ハズレのないシリーズです。
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2010年05月21日

「Hard Frost」

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R.D. Wingfield 著
Bantam 出版

 「Night Frost」の続編。アラン警部補がほかの署に応援に行くことになったため、主人公のジャックは休暇中にも関わらず、殺人事件を担当させられてしまいます。(見事なくらい毎回不運に見舞われるのが、ジャックです。)

 このシリーズは4作読んだことになりますが、毎回アラン警部補の名前は頻繁に登場するものの、本人が捜査しているシーンなどはまったくありません。捜査に直接関係のないちょっとした会話どまりです。ここまで徹底して表に出てこないと、逆に興味が湧いてしまいます。ちなみに、アラン警部補はジャックとは違って上からの評価が高く、とてもきれい好きで、論理的な人物として描かれています。

 さて、本題のジャックですが、今回は内部でも外部でも今まで以上に手ごわい相手と向かい合うことになります。

 内部の手ごわい相手は、4年ほど前まで同じデントン署で働いていたジム・キャシディ。人手不足のため一時的に昇格され、警部補として古巣のデントン署に応援にきたのですが、ジャックとは最悪の雰囲気で接しています。実は4年前、キャシディの娘が車に轢き逃げされたとき、ジャックが事件を担当したのですが、犯人を捕まえられなかったのです。捜査に手抜きをしたとかたく信じているキャシディは、ことあるごとにジャックに当たり、娘の事件の話を持ち出します。しかし、この轢き逃げ事件には意外な事実が隠されていて、結末あたりで暴露されてしまいます。

 一方、外部のほうの手ごわい相手は、恐ろしく完璧に証拠を拭い去る精神力をもつ誘拐犯人です。証拠を見つけられるものなら見つけてみろといわんばかりの挑戦的な態度でいどんできます。しかし、ジャックの粘りと勘で、思わぬ展開になります。しかし、今回もジャックは越えてはならない一線を越えてしまい証拠を捏造してしまいます。ただ、それまでの長い持久戦でじりじりと追い詰めるさまを読むうちに、ジャックのしたことを肯定しそうになってしまうから、不思議です。

 この巻で特別考えさせられたのは、ジャックの優しさは相手にとっても本当の優しさなのか、ということです。たとえば、この巻では、強盗や恐喝の常習者も殺されます。加害者は、被害者から悪質な脅迫を受け、暴行を受けそうになり殺してしまったのですが、その脅迫内容を供述調書から抹消したいと代理の弁護人がジャックに頼みにきます。担当はキャシディなので、供述調書を書き直すなんてことは絶対許してもらえそうにありません。でも、ジャックはなんとかしてあげると弁護士に約束します。

 規則をまげて、その加害者の秘密が世間に公表されないようにしてあげるのは、ジャックの優しさだと思います。実際、事件に深く関わっていない人たちが知る必要もない秘密を守ってあげたことは、脅迫者に追い込まれて犯罪を犯してしまった加害者たちを救ったことは間違いなく、傷つく人がでてくるとも思えません。でも、キャシディの娘の轢き逃げ事件の真相を隠したジャックの優しさは、だれも救っていないかもしれないという疑問がわたしにはあるのです。

 このシリーズでは、人と人が接していくうえでの本質的な問題を考えさせられることが多々あり、それが私がこのシリーズに惹かれる理由のひとつになっています。
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