2020年01月31日

「酸素は鏡に映らない」

20200131「酸素は鏡に映らない」.png

上遠野 浩平 著
講談社 出版

 窓付きの装丁が気に入って購入した本です。中身に対する印象は、独特な世界観のなかに入りこめず、消化不良を起こしてしまった感じでした。

 それでシリーズの途中から読んだのかもしれないと調べてみると「ブギーポップ」というライトノベルシリーズを読んでおくべきだったようです。このシリーズ全体を流れるテーマが何かはわかりませんでしたが、この本のテーマはタイトルにある『酸素』です。

 わたしたち人間にとっての『酸素』の捉え方が、一般的イメージとは少し異なっていました。まるで預言者かのような物言いをする柊という登場人物はこう語っています。
++++++++++
酸素とは触媒だ。
モノを燃やす……そういう働きをするものだ。生命とは、どんな小さなものであっても、エネルギーを燃焼させて、生きている……だからモノを燃やすモノとしての酸素が必要なのだ。
つまり……酸素とは……危険なものだ。
++++++++++

 酸素を必要不可欠とするのではなく、危険物としてみなす考えが新鮮でした。そして、この柊と会話を交わしている健輔という少年が、酸素が危険なら毒みたいなものかと問いかけ、そのとおりだと柊は答えます。
++++++++++
人間は……その成分のほとんどは、毒でできているのと同じだ。
他を取り込み、毒で溶かし、燃やし、己のものに造り変えていくことが、生命の本質――呼吸レベルから、それは身に染みついている……それは、人が人を求めるときでも、同じことが……刺激物が、毒が、つねにそこには存在している……。
++++++++++

 喩えがわかりやすいかどうかは別として、人の性質として、そういう面もあるように思います。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月28日

「敵」

20191128「敵」.png

筒井 康隆 著
新潮社 出版

 語り手でもある主人公は、渡辺儀助 75 歳。妻に先立たれてから 20 年間ひとり暮らしを続け、仕事を退いてからは、基本的に家に籠もる生活をしています。

 毎日の食事や買い物など身の回りの細々としたことがらが延々と続き、およそ変化といったことと無縁な描写が繰り返され、この年代につきものの回想も繰り広げられます。対照的に、将来のことといえば、貯金が底を尽いたときどうするつもりか、遺言によって家を相続した者がどう受けとめるかといったことくらいで、老いるということは限りある空間で死を迎えるときを待っているようなものだと思わずにはいられない展開が続きます。

 そうした孤独のなかにありながら儀助は、周囲に疎んじられることを恐れ、数少ない年下の友人たちに来てくれと声をかけるのを躊躇い、いつ来てくれるのだろうと期待しつつ、だれかが来てくれた状況を毎晩夢想して過ごします。

 そしてとうとう現実と夢想の境がなくなり……。読んでいるほうもフィクションかノンフィクションかわからなくなるほどのリアリティでした。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月25日

「黒い紙」

20191125「黒い紙」.png

堂場 瞬一 著
KADOKAWA 出版

 とても大きな箱の蓋を開けたら中にとても小さなものが入っていたとか、美味しそうなジュースを飲んでみたら水っぽかったとか、そういうふうに表現したくなるような作品でした。

 この作品は、34 歳の元警察官長須恭介が企業の危機管理専門の会社で働くようになって 3 か月経ったころ、ある企業に届いた怪文書の事実関係を探る仕事を任されるところから始まります。長須は、公僕である警察官当時に求められたものと、特定の企業のために働く危機管理会社の社員に求められるものの違いに馴染めず、仕事に向き合う姿勢を定めることができません。

 そんな長須が怪文書に書かれた内容の真偽を確かめるとともに怪文書が送りつけられた動機を探り当てます。警察官の視点で動機を見れば理不尽な扱いを受けた者による犯行に見えたかもしれませんし、もちろん登場人物本人にとってはこのうえなく辛かったことでしょう。でも、会社員生活全般で見れば特に珍しいことではないと思います。全体的に、もったいぶって匂わせた割には驚くほどの謎はなかったという出来で、ミステリとしての面白みには欠けると思いました。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月15日

「王とサーカス」

20190915「王とサーカス」.png

米澤 穂信 著
東京創元社 出版

 7月26日の日本経済新聞で、作家の島本理生氏が『女性ジャーナリストの主人公がネパールで王宮の殺人事件の謎に挑む「王とサーカス」も素晴らしいです』と書かれていました。

 謎に挑むのでミステリといっていいのですが、わたしはミステリ好きにもかかわらず、今回は謎解き以外の要素に惹かれました。主人公である万智が旅先のネパールで親しくなった 10 歳くらいと思しき少年サガルのしたたかさや意外性、他人に対してフェアに自身に対して正直にあろうとする万智の姿、そして何よりストーリー全体を通して知りたいという気持ちが尊重されていることに好感が持てました。

 だからといってミステリとして魅力がないわけではありません。実際に事件が起こるまでのあいだに丁寧に伏線が張られ、それぞれきちんと回収されているうえ、行動に合理性があって、ミステリ小説のために取ってつけたような謎は見当たりません。

 加えて、社会的な問題が投げかけている点も印象に残りました。題名の「王とサーカス」は、ネパールの王族たちが 2001 年 6 月 1 日に首都カトマンズ、ナラヤンヒティ王宮で殺害された事実がこの作品で扱われていることからきています。万智が王族たちに関する取材を頼んだとき、事件がマスメディアに報道されれば、王がサーカスのだしものと同じ扱いを受け、王族の悲劇が大衆に消費されるという理由で取材を断られます。報道にそういった側面があるのは事実ですが、そのうえで報道をどう捉えるかが問いかけられています。

 読者ひとりひとりにそのことを考えてみる機会が与えられたのではないかと思います。
posted by 作楽 at 19:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月25日

「献灯使」

20190825「献灯使」.png

多和田 葉子 著
講談社 出版

 2011 年の東日本大震災後の日本をイメージさせる以下の短篇が収められています。「献灯使」は、全米図書賞の第 69 回翻訳書部門 (National Book Award/Translated Literature) を受賞しています。

−献灯使
−韋駄天どこまでも
−不死の島
−彼岸
−動物たちのバベル

「献灯使」では、老人が死なないいっぽう子供たちが脆弱になったという極端な少子社会になり、食べるものにも困り、日本の問題が世界に広がらないよう鎖国し……と、ディストピアを思わせる描写が続きます。そんななか、歩くこともままならない無名という名の子供のささやかな楽しみや献灯使というわずかな希望に触れたとき、どんな環境におかれても、ひとは生きていくのだと思いました。それが幸せなのか不幸なのか、いまのわたしにはわかりませんが。

「韋駄天どこまでも」は、この作家らしい『漢字』を分解して使った遊びのような文章です。軽い気持ちで読んでいたら、誰もがもつ感情、自分のなかにもある気持ちを突きつけられ、少しうろたえてしまいました。

 震災のあと、東京にいられなくなったら、とりあえずソウルか台北にでも行くのかななどと思いながら全然実感がなかった当時のことを思い出しました。
posted by 作楽 at 19:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする