2020年06月22日

「マリアさま」

20200622「マリアさま」.png

いしいしんじ 著
リトルモア 出版

雪屋のロッスさん」以来久しぶりに、いしいしんじの短篇集を読みました。

 短篇や掌篇と呼ばれるような長さの作品が 27 篇収められています。(「マリアさま」という作品はありません。)共通するテーマがあるようには見えず、日常生活を切りとったような作品から、ファンタジーのような寓話のような作品まで、いろいろです。初出を見ると、広告誌と思しきものも含まれ、雑多な媒体から集められたようです。

 読後感は「雪屋のロッスさん」には遠く及ばず、正直なところ落胆しました。この作家に対する期待が知らないうちにこれほど高まっていたとは自分でも意外でした。

 そのなかで印象に残った作品は「土」と「船」です。前者は、からだから土がわいてくるようになった男を見舞った友人が語る話です。後者は、家族で乗船した少年がひとり、船が転覆することを予測し、それを伝えるべく就寝後にベッドを抜け出す話です。

 どちらも不安と安堵を得たいという感覚に共感できました。停滞感のあるときだけに、より印象に残ったのかもしれません。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月02日

「華麗なる一族」

20200602「華麗なる一族(上)」.png20200602「華麗なる一族(中)」.png20200602「華麗なる一族(下)」.png

山崎 豊子 著
新潮社 出版

 昔、木村拓哉の主演でドラマ化されたときに読もうと思ってから積読状態でしたが、やっと読みました。さすが山崎豊子作品の貫禄がありました。

 タイトルの「華麗なる一族」とは、阪神銀行を中心に阪神特殊鋼や万俵不動産などの企業から成る万俵コンツェルンを作りあげた万俵家のことです。当主の万俵大介は、万俵コンツェルンのトップであるだけでなく、阪神銀行の頭取も務め、自らの欲望のためには息子さえ利用する灰汁の強い人物として描かれています。

 その万俵家の内情をサブストーリーとすれば、メインとなるのは、阪神銀行頭取の野望とそれを取り巻く金融業界の内情です。その両ストーリーの橋渡しをするのが万俵家の閨閥作りです。男女合わせて 5 人の子を持つ大介は、官僚・実業家・政治家へと伸ばした閨閥を最大限利用し、阪神銀行の生き残りを果たそうとします。

 舞台は、70 年代頃の日本なのですが、半世紀近い年月が過ぎてから読んでも思ったほど古臭さを感じません。政府の許認可が大きな役割を果たす金融業界や大介のようなぎらつく欲望を持った人物は、半世紀経ってもそう変わっていないことが原因かもしれません。加えて、リアリティ溢れる業界の裏事情に惹きこまれたこともあります。あとがきによると、取材と金融の基礎勉強に半年余り費やされたそうで、その成果が余すところなくあらわれていたと思います。

 阪神銀行を大きくするために自らの息子を駒のように使い捨てた大介は悪者として描かれていますが、そこまでした彼の天下もせいぜい 3 年と匂わせる結末は、魑魅魍魎が巣くう政治や官僚の世界を描き切ったように見えました。

 これだけ時代が変化していても本質的に何も変わらない日本の政治・官僚社会の空恐ろしさが印象に残った小説でした。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月01日

「時空の神宝」

20200601「時空の神宝」.png

苗場 翔 著

 Amazon で購入できるプリント・オン・デマンド (POD) です。

 ファンタジーを読みなれていないということもありますが、わたしは、この物語に入りこめませんでした。登場人物の描写が説明的過ぎて、それぞれの表情や発言から個性を読みといたり先の行動を想像したりといった楽しみが感じられませんでした。すべてにおいてわかりやすさが求められる時代とはいえ、ストレート過ぎる人たちばかりが登場する小説は、味気なく感じます。

 そのいっぽうで、ストーリーはおもしろいと思いました。現代にいたはずの主人公が一瞬にして 0946 年に移動してしまい、その理由もわからないまま、その地で時空のかけら 12 片を集め『時空の宝玉』なるものを作りだそうとします。

 そうして時空のかけらを集めていくうち、スマートフォンに表示されている 0946 年というのは実は、10946 年だとわかります。946 年だと思って読んでいたときには違和感なく受け入れることができた風景が、実は未来だったという事実に驚かされます。

 人物や風景の描写が良ければ、ストーリーももっと活きたのではないでしょうか。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月31日

「7番街の殺人」

20200331「7番街の殺人」.png

赤川 次郎 著
新潮社 出版

 子供のころに赤川次郎作品を頻繁に読んでいた時期があり、懐かしさから文庫になったばかりの本作品を読んでみました。

 数十年の時を経ても、赤川次郎作品らしい安定感と雰囲気は変わらず、安心して読めました。表紙を開いてから閉じるまでの 3 時間ほどのあいだ、次々と人が死に、主人公の女の子が安全ながらも大変な状況に置かれているにもかかわらず、なぜか全体的に拍子抜けする程ふんわりのんびりした空気が漂い、ちょっと間の抜けたボーイフレンド未満が頑張り、ハッピーエンドを迎えるという赤川次郎作品の定番中の定番路線を楽しめました。

 ただ、時代を感じさせられたところもありました。タイトルになっている 7 番街というのは団地の 7 号棟のことで、その団地は住む人もほとんどなく高齢者だけが残っているという限界集落のような設定になっていました。

 今回の赤川次郎作品を読んであらためて思ったのは、時代の流れに合わせて変わる部分はあっても、ちょっとリラックスしたい時間に別世界を楽しむという読書の期待を裏切られたことはないということでした。そういう意味では、すごい作家なのだと思います。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月31日

「酸素は鏡に映らない」

20200131「酸素は鏡に映らない」.png

上遠野 浩平 著
講談社 出版

 窓付きの装丁が気に入って購入した本です。中身に対する印象は、独特な世界観のなかに入りこめず、消化不良を起こしてしまった感じでした。

 それでシリーズの途中から読んだのかもしれないと調べてみると「ブギーポップ」というライトノベルシリーズを読んでおくべきだったようです。このシリーズ全体を流れるテーマが何かはわかりませんでしたが、この本のテーマはタイトルにある『酸素』です。

 わたしたち人間にとっての『酸素』の捉え方が、一般的イメージとは少し異なっていました。まるで預言者かのような物言いをする柊という登場人物はこう語っています。
++++++++++
酸素とは触媒だ。
モノを燃やす……そういう働きをするものだ。生命とは、どんな小さなものであっても、エネルギーを燃焼させて、生きている……だからモノを燃やすモノとしての酸素が必要なのだ。
つまり……酸素とは……危険なものだ。
++++++++++

 酸素を必要不可欠とするのではなく、危険物としてみなす考えが新鮮でした。そして、この柊と会話を交わしている健輔という少年が、酸素が危険なら毒みたいなものかと問いかけ、そのとおりだと柊は答えます。
++++++++++
人間は……その成分のほとんどは、毒でできているのと同じだ。
他を取り込み、毒で溶かし、燃やし、己のものに造り変えていくことが、生命の本質――呼吸レベルから、それは身に染みついている……それは、人が人を求めるときでも、同じことが……刺激物が、毒が、つねにそこには存在している……。
++++++++++

 喩えがわかりやすいかどうかは別として、人の性質として、そういう面もあるように思います。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする