2017年10月24日

「私小説 from left to right」

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水村 美苗 著
筑摩書房 出版

 わたしにとって、斬新としかいいようのない形式の小説でした。横書きで、英語の文と日本語の文が入り混じっています (日本語の文に英語の単語が挿入されたりもしています)。外国人と結婚した友人などが配偶者や子どもたちと話しているときの様子そのままに、小説のなかで会話が交わされ、独白がなされる小説というわけです。しかも『〜である』調です。

 12歳のとき、両親と姉とともにアメリカに渡り、その後およそ20年経っても大学院に籍を置きながらアメリカに暮らす、この小説のなかの30代の美苗は、帰る家(家庭という意味でもあり物理的な場所という意味でもあります) を奪われ、孤独に苛まれていると、この小説のなかで語っています。いつまでも大学院生であり続けることもできず、日本に帰るべく行動を起こすこともできず、宙ぶらりんでいる美苗が振り返る過去を読むと、日本で生まれ育った日本人が意識したこともない事柄、とくに日本人やその価値観に関係することが、いろいろ理解できました。また、日本語を拠りどころに過ごした美苗の学生時代を読めば、「日本語が亡びるとき」で著者が国語教育を充実させなければならないと力説した気持ちが以前よりわかったような気もします。

 そのいっぽうで、この小説のなかの話は、あくまでも過去のことであり、限られた環境下の話だと思わずにはいられませんでした。日本において、一億総中流時代は遠い過去になり、村や町といったコミュニティの姿も変わり、外国人労働者に頼る事業が増え、『格差社会』ということばが浸透したいま、この小説のなかの美苗が語る内容は、恵まれたお嬢さまの憂鬱に映り、現代の同世代の読者が、美苗の悩みに共感するのは難しいのかもしれないとも思いました。
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2017年08月26日

「海の見える理髪店」

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荻原 浩 著
集英社 出版

 直木賞受賞作なので、読んでみました。以下の短篇が収められています。読み通して思ったのは、過去における喪失が次々と登場し、振り返ってばかりいる気分を味わいました。しかも、よそで似たような作品を読んだ記憶が蘇り、新鮮味も感じられませんでした。もちろん、わたしが読んだ順序とは違って、こちらの作品のほうが新しいのかもしれませんし、また、エピソードが似ている作品など、いくらでもあるともあるとも思います。

ー海の見える理髪店
ーいつか来た道
ー遠くから来た手紙
ー空は今日もスカイ
ー時のない時計
ー成人式

 もし数年後に再び手にしても、何も思い出せないような気がする本でした。
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2017年08月24日

「しろいろの街の、その骨の体温の」

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村田 沙耶香 著
朝日新聞出版 出版

 スクールカーストの描写を読んでいるうちに、まだ小学生や中学生だったころのことを鮮明に思い出しました。大昔のことなので、スクールカーストという呼び名はなかったと思いますが、スクールカースト自体はありました。ただ、主人公の結佳が感じるほどの明確な境界線は無かったように思います。エリートクラスとは無縁なわたしのようなおとなの場合、どこへでも流れていけるので、学校に閉じ込められている中学生ほど残酷な場面に立ち会うことは無くなり、残酷な記憶が薄れているだけなのかもしれませんが。

 こうしてわたしの記憶を鮮やかに掘り起こしたので、この作品のリアリティを否定はできませんが、結佳が好きな伊吹の無神経さには、リアリティが感じられませんでした。周囲の何に対しても鈍いのであれば、人物像として破綻しないと思いますが、スクールカーストには気づかないけれど周囲への気配りはできるというキャラクターはイメージできませんでした。

 また、おとなが描くこども視点の小説とはいえ、小学生時代の結佳の分析は鋭すぎて、その延長線上に、自分を持て余してばかりいる中学生の結佳がいるようにも思えませんでした。

 この作家に限れば、読者が自身の経験や知識と照らし合わせるような作品ではなく、「殺人出産」のような非現実的な設定や「コンビニ人間」のような個性が特別際立っている人物が登場する作品のほうが、わたしには向いているのかもしれません。
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2017年07月14日

「殺人出産」

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村田 沙耶香 著
講談社 出版

 以下が収められているこの短篇集は、同じ著者の作品で唯一読んだことのある「コンビニ人間」に比べると、それぞれ設定が現実的ではありません。

−殺人出産
−トリプル
−清潔な結婚
−余命

 すでにできあがった価値観を考えることなくそのまま受け入れるのではなく、個々について自ら考えるべきではないかと主張するかのように、命の価値や結婚の形式など、現在の常識では考えられない設定で展開します。発想としては興味深く、部分的には理にかなっているとも思いますが、人間に備わる感情というものの存在が忘れ去られたように感じられ、共感はできませんでした。

 長いあいだ生きてきて思うのは、AIやIoTによって生活がどれだけ激変しようとも、人間が感情を失うことはなく、それゆえに潤いが生まれることもあれば、面倒に巻きこまれることもあるという状況は、この先も続くに違いないということです。そう思っているかぎり、これら短篇の世界に完全に入りこむことはできない気がしました。
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2017年06月08日

「浮遊霊ブラジル」

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津村 記久子 著
文藝春秋 出版

 この作家の作品を読むのは、「ミュージック・ブレス・ユー!!」以来、8年ぶり。こちらは短篇集で、以下が収められています。

−給水塔と亀
−うどん屋のジェンダー、またはコルネさん
−アイトール・ベラスコの新しい妻
−地獄
−運命
−個性
−浮遊霊ブラジル

 長篇を読んだときと違って今回は、ゆったりとした気分で読めました。作品の傾向としては、一番底にユーモラスな雰囲気があって、そのうえにちょっとした反省とか同情とか疑問とか、日常のどこにでもあるようなできごとが描かれているものが多かったと思います。

「地獄」と「浮遊霊ブラジル」は、どちらも死後の世界が描かれているのですが、悲壮感があるような、ないような、笑えるような、笑えないような、宙ぶらりんな状況が、コミカルに、でもところどころ真剣に描写されていました。

「地獄」の主人公は生前、平凡の極みといった日常を送りながら、ドラマや映画や小説やスポーツの試合などであまりに多くの刺激を消費していたために、地獄で罰を受けていました。なかでも、同情したらいいのか、笑ったらいいのか、微妙だと思った罰は、1日400ページのノルマで小説を読まされるものです。問題は、結末がわかりそうな部分は必ず、ごっそりページが破られている点です。それでも地獄で課せられた罰なので逃げだせず、結末のない小説を読み続けるのです。本が好きな人が考えそうな地獄で、思わずにやりとしてしまいました。

 こんな気晴らしになる短篇集なら、仕事の合い間に向いている気がします。
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