2020年07月29日

「星に仄めかされて」

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多和田 葉子 著
講談社 出版

 この「星に仄めかされて」は、「地球にちりばめられて」から始まる 3 部作の 2 作目です。スタイルは、前作から継承されていて、登場人物それぞれの視点で語られます。

「地球にちりばめられて」の最後で、Hiruko は、自分と同じ母語をもつ Susanoo と漸く会えたと思ったのもつかの間、彼がひと言も発しないことから、失語症ではないかと疑い、その治療のために医師のもとに連れて行くことになりました。その医師は以前、クヌートと天文言語学のゼミで一緒だったベルマーです。

 本作の『第 2 章 ベルマーは語る』で、中年男性のベルマーは、自身のことをこう語っています。『自分がみんなに嫌われているなど考えてみたこともなかった。「自分」という名前の楽しい闇の中で生きていた。どこが壁なのか分からないので、狭いと感じることがない。自分というものの輪郭は見えない。自分のいる空間全部が自分だから無理もない。』

 いわゆるジコチュウの心のなかは、まさしくこんな感じなのだろうと思いました。その納得感は、ジグソーパズルのピースがぴたりとはまったときと似ています。なんとなく探していたけれど、どういう色か形か触感か、はっきりとは知らず、目の前に差し出されたとき初めて、間違いないと確信をもてたような感じです。

 多和田作品を読んでいると、なんとなくわかっていたけれど、ことばにしてあらわすとこうなるのか! と、初めてわかったような文に巡り合います。その感覚をまた味わいたくて、ときどき多和田作品を読みたくなってしまうのかもしれません。
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2020年07月28日

「地球にちりばめられて」

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多和田 葉子 著
講談社 出版

 この「地球にちりばめられて」は、3 部作の 1 作目で、群像劇のような小説です。第 1 章から第 10 章までそれぞれ『〜は語る』と、それぞれの視点で語られます。

『第 2 章 Hiruko は語る』で語る Hiruko は、留学を終えて母国である、中国大陸とポリネシアの間に浮かぶ列島に帰ろうとしていた直前に母国が消えてしまい、自分と同じ母語を話す人を探す旅に出ます。その旅に同行するクヌートは、デンマークに住む言語学者の卵です。

 ふたりの接点は、あるテレビ番組でした。帰る国を失った Hiruko は、留学先のスウェーデンに定住できず、ノルウェー、デンマークと移り住みます。短期間で三つの言語を習得したものの、それぞれをきちんと使い分けるのは難しく、スカンジナビアの人なら聞けばだいたい意味が理解できる、『パンスカ』(『汎』という意味の『パン』に『スカンジナビア』の『スカ』をつけた造語) という人工語を作りだし、出演したテレビ番組ではパンスカでインタビューに答えました。

 その番組を見たクヌートは、Hiruko 自身に惹かれたのか、彼女が作ったパンスカに惹かれたのか、同じ母語を話す人を探しに行く Hiruko について行きます。

 Hiruko が最初に尋ねた人物は、彼女と同じ母語を話すことは話しましたが、独学で学んだだけで、彼自身はエスキモーでした。Hiruko は、落胆するでもなく『あなたに会えて本当によかった。全部、理解してくれなくてもいい。こうしてしゃべっている言葉が全く無意味な音の連鎖ではなくて、ちゃんとした言語だっていう実感が湧いてきた。』と言います。

 そのエスキモーの彼のほうは、グリーンランドで、アメリカの会社にリモートで働く父とスイスの会社にリモートで働く母のもとで育ちました。生活に不自由はありませんでしたが、『このまま行くと俺たちは何世代も家を出ないまま、インターネットだけで世界経済と繋がって生きていくことになってしまうんだろうか。でも、もしもディスプレイにあらわれる世界が誰かのつくりもので実際にはすでに存在していないとしたら、どうなんだ。』そう考えるようになり、父親から外国に留学するように勧められたのを機に家を出ていました。

 多和田作品を読むといつも、言語に対する新しい視点や気づきを得るのですが、今回はそれだけでなく、COVID-19 の影響で、コミュニケーションが制限された暮らしをしているため、言語を使ったコミュニケーションについても思うことがありました。
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2020年06月22日

「マリアさま」

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いしいしんじ 著
リトルモア 出版

雪屋のロッスさん」以来久しぶりに、いしいしんじの短篇集を読みました。

 短篇や掌篇と呼ばれるような長さの作品が 27 篇収められています。(「マリアさま」という作品はありません。)共通するテーマがあるようには見えず、日常生活を切りとったような作品から、ファンタジーのような寓話のような作品まで、いろいろです。初出を見ると、広告誌と思しきものも含まれ、雑多な媒体から集められたようです。

 読後感は「雪屋のロッスさん」には遠く及ばず、正直なところ落胆しました。この作家に対する期待が知らないうちにこれほど高まっていたとは自分でも意外でした。

 そのなかで印象に残った作品は「土」と「船」です。前者は、からだから土がわいてくるようになった男を見舞った友人が語る話です。後者は、家族で乗船した少年がひとり、船が転覆することを予測し、それを伝えるべく就寝後にベッドを抜け出す話です。

 どちらも不安と安堵を得たいという感覚に共感できました。停滞感のあるときだけに、より印象に残ったのかもしれません。
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2020年06月02日

「華麗なる一族」

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山崎 豊子 著
新潮社 出版

 昔、木村拓哉の主演でドラマ化されたときに読もうと思ってから積読状態でしたが、やっと読みました。さすが山崎豊子作品の貫禄がありました。

 タイトルの「華麗なる一族」とは、阪神銀行を中心に阪神特殊鋼や万俵不動産などの企業から成る万俵コンツェルンを作りあげた万俵家のことです。当主の万俵大介は、万俵コンツェルンのトップであるだけでなく、阪神銀行の頭取も務め、自らの欲望のためには息子さえ利用する灰汁の強い人物として描かれています。

 その万俵家の内情をサブストーリーとすれば、メインとなるのは、阪神銀行頭取の野望とそれを取り巻く金融業界の内情です。その両ストーリーの橋渡しをするのが万俵家の閨閥作りです。男女合わせて 5 人の子を持つ大介は、官僚・実業家・政治家へと伸ばした閨閥を最大限利用し、阪神銀行の生き残りを果たそうとします。

 舞台は、70 年代頃の日本なのですが、半世紀近い年月が過ぎてから読んでも思ったほど古臭さを感じません。政府の許認可が大きな役割を果たす金融業界や大介のようなぎらつく欲望を持った人物は、半世紀経ってもそう変わっていないことが原因かもしれません。加えて、リアリティ溢れる業界の裏事情に惹きこまれたこともあります。あとがきによると、取材と金融の基礎勉強に半年余り費やされたそうで、その成果が余すところなくあらわれていたと思います。

 阪神銀行を大きくするために自らの息子を駒のように使い捨てた大介は悪者として描かれていますが、そこまでした彼の天下もせいぜい 3 年と匂わせる結末は、魑魅魍魎が巣くう政治や官僚の世界を描き切ったように見えました。

 これだけ時代が変化していても本質的に何も変わらない日本の政治・官僚社会の空恐ろしさが印象に残った小説でした。
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2020年06月01日

「時空の神宝」

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苗場 翔 著

 Amazon で購入できるプリント・オン・デマンド (POD) です。

 ファンタジーを読みなれていないということもありますが、わたしは、この物語に入りこめませんでした。登場人物の描写が説明的過ぎて、それぞれの表情や発言から個性を読みといたり先の行動を想像したりといった楽しみが感じられませんでした。すべてにおいてわかりやすさが求められる時代とはいえ、ストレート過ぎる人たちばかりが登場する小説は、味気なく感じます。

 そのいっぽうで、ストーリーはおもしろいと思いました。現代にいたはずの主人公が一瞬にして 0946 年に移動してしまい、その理由もわからないまま、その地で時空のかけら 12 片を集め『時空の宝玉』なるものを作りだそうとします。

 そうして時空のかけらを集めていくうち、スマートフォンに表示されている 0946 年というのは実は、10946 年だとわかります。946 年だと思って読んでいたときには違和感なく受け入れることができた風景が、実は未来だったという事実に驚かされます。

 人物や風景の描写が良ければ、ストーリーももっと活きたのではないでしょうか。
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