2019年09月15日

「王とサーカス」

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米澤 穂信 著
東京創元社 出版

 7月26日の日本経済新聞で、作家の島本理生氏が『女性ジャーナリストの主人公がネパールで王宮の殺人事件の謎に挑む「王とサーカス」も素晴らしいです』と書かれていました。

 謎に挑むのでミステリといっていいのですが、わたしはミステリ好きにもかかわらず、今回は謎解き以外の要素に惹かれました。主人公である万智が旅先のネパールで親しくなった 10 歳くらいと思しき少年サガルのしたたかさや意外性、他人に対してフェアに自身に対して正直にあろうとする万智の姿、そして何よりストーリー全体を通して知りたいという気持ちが尊重されていることに好感が持てました。

 だからといってミステリとして魅力がないわけではありません。実際に事件が起こるまでのあいだに丁寧に伏線が張られ、それぞれきちんと回収されているうえ、行動に合理性があって、ミステリ小説のために取ってつけたような謎は見当たりません。

 加えて、社会的な問題が投げかけている点も印象に残りました。題名の「王とサーカス」は、ネパールの王族たちが 2001 年 6 月 1 日に首都カトマンズ、ナラヤンヒティ王宮で殺害された事実がこの作品で扱われていることからきています。万智が王族たちに関する取材を頼んだとき、事件がマスメディアに報道されれば、王がサーカスのだしものと同じ扱いを受け、王族の悲劇が大衆に消費されるという理由で取材を断られます。報道にそういった側面があるのは事実ですが、そのうえで報道をどう捉えるかが問いかけられています。

 読者ひとりひとりにそのことを考えてみる機会が与えられたのではないかと思います。
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2019年08月25日

「献灯使」

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多和田 葉子 著
講談社 出版

 2011 年の東日本大震災後の日本をイメージさせる以下の短篇が収められています。「献灯使」は、全米図書賞の第 69 回翻訳書部門 (National Book Award/Translated Literature) を受賞しています。

−献灯使
−韋駄天どこまでも
−不死の島
−彼岸
−動物たちのバベル

「献灯使」では、老人が死なないいっぽう子供たちが脆弱になったという極端な少子社会になり、食べるものにも困り、日本の問題が世界に広がらないよう鎖国し……と、ディストピアを思わせる描写が続きます。そんななか、歩くこともままならない無名という名の子供のささやかな楽しみや献灯使というわずかな希望に触れたとき、どんな環境におかれても、ひとは生きていくのだと思いました。それが幸せなのか不幸なのか、いまのわたしにはわかりませんが。

「韋駄天どこまでも」は、この作家らしい『漢字』を分解して使った遊びのような文章です。軽い気持ちで読んでいたら、誰もがもつ感情、自分のなかにもある気持ちを突きつけられ、少しうろたえてしまいました。

 震災のあと、東京にいられなくなったら、とりあえずソウルか台北にでも行くのかななどと思いながら全然実感がなかった当時のことを思い出しました。
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2019年06月28日

「二度と戻らぬ」

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森巣 博 著
幻冬舎 出版

 かつての学生運動で罪を犯したこの本の主人公、森山道は、その過ち以来世間に背を向けて暮らし、博打で生計を立てています。わたしは、博打の世界をまったく知らないので、物語のなかで語られていることがどの程度現実社会に当てはまるのかもわからないまま好奇心に駆られて読み進めたのですが、読み終えての感想としては可もなく不可もなくといったところでしょうか。

 主人公の博打がひとつのストーリーで、もうひとつは 30 年前の主人公の過ちに関わる清算です。前者は、楽しめました。確率論で博打を見るおもしろさを味わえましたし、控除率 (馬券を 1000 円買うと、そのうちの 250 円分は天引きされるといったギャンブル参加者に戻らない部分の割合) の存在がわかっていてギャンブルに溺れてしまう流れもいくらか理解できました。

 後者のストーリーのほうは、読後感がよくありませんでした。理由は、わたしの価値観にあると思います。何がなんでも、つまり暴力に訴えてでも自分たちの手で変えたいという意思をもった学生たちの運動をリアルタイムに見なかったことも影響しているのかもしれませんが、わたしは暴力で手に入れたものに価値を見出せませんし、いくら暴力に訴えた解決を語られても、こじつけにしか聞こえません。

 独りよがりな主人公に共感できなかったことが作品への評価につながったと思います。
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2019年06月14日

「パコと魔法の絵本」

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関口 尚 著
幻冬舎 出版

 コメディタッチの日本版クリスマス・キャロルといった作品です。

 高度成長時代に身を粉にして働いて一代で財を成し、自らのことを偉いとするいっぽう周囲を見下す、ステレオタイプな嫌なオヤジが、あることをきっかけに悔い改めます。そのきっかけが読者の涙を誘う切ない不幸で、作品全体としては陳腐です。

 ただコミカルに描かれている点が評価できます。ひたすら湿っぽく描くなら誰にでもできそうですが、クリスマス・キャロルをコメディにするという果敢な挑戦はある程度成功しています。嫌なオヤジだけでなく脇役も、それぞれの個性が描きわけられ可笑しみに貢献しています。

 過去に映画化されたようで、それも納得できました。
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2019年05月16日

「ハードボイルド・エッグ」

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荻原 浩 著
双葉社 出版

 コミカルなミステリです。迷子のペット探しが得意でハードボイルドとは無縁な 30 代の探偵と、したたかなおばあちゃん秘書の凸凹コンビが笑えます。

 コメディ路線であることを考えると、犯人はすぐわかってしまうのですが、凸凹コンビの掛け合いと探偵のお人好し加減が軽薄すぎず、ほどよい柔らかさです。

 ひとつひとつの場面に散りばめられた意外性も楽しめますが、結末に明かされるおばあちゃん秘書の本音に自分の姿を見たときは、ほんわかとした雰囲気のなかに人の本質も描かれていたのだと思えました。

 深刻な現実がコミカルに描かれ、ユーモアでやり過ごすようなところは、「さよなら、そしてこんにちは」と似たような印象を受けました。くよくよしがちなわたしには、こういった作品が合っているのかもしれません。
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