2019年08月25日

「献灯使」

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多和田 葉子 著
講談社 出版

 2011 年の東日本大震災後の日本をイメージさせる以下の短篇が収められています。「献灯使」は、全米図書賞の第 69 回翻訳書部門 (National Book Award/Translated Literature) を受賞しています。

−献灯使
−韋駄天どこまでも
−不死の島
−彼岸
−動物たちのバベル

「献灯使」では、老人が死なないいっぽう子供たちが脆弱になったという極端な少子社会になり、食べるものにも困り、日本の問題が世界に広がらないよう鎖国し……と、ディストピアを思わせる描写が続きます。そんななか、歩くこともままならない無名という名の子供のささやかな楽しみや献灯使というわずかな希望に触れたとき、どんな環境におかれても、ひとは生きていくのだと思いました。それが幸せなのか不幸なのか、いまのわたしにはわかりませんが。

「韋駄天どこまでも」は、この作家らしい『漢字』を分解して使った遊びのような文章です。軽い気持ちで読んでいたら、誰もがもつ感情、自分のなかにもある気持ちを突きつけられ、少しうろたえてしまいました。

 震災のあと、東京にいられなくなったら、とりあえずソウルか台北にでも行くのかななどと思いながら全然実感がなかった当時のことを思い出しました。
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2019年06月28日

「二度と戻らぬ」

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森巣 博 著
幻冬舎 出版

 かつての学生運動で罪を犯したこの本の主人公、森山道は、その過ち以来世間に背を向けて暮らし、博打で生計を立てています。わたしは、博打の世界をまったく知らないので、物語のなかで語られていることがどの程度現実社会に当てはまるのかもわからないまま好奇心に駆られて読み進めたのですが、読み終えての感想としては可もなく不可もなくといったところでしょうか。

 主人公の博打がひとつのストーリーで、もうひとつは 30 年前の主人公の過ちに関わる清算です。前者は、楽しめました。確率論で博打を見るおもしろさを味わえましたし、控除率 (馬券を 1000 円買うと、そのうちの 250 円分は天引きされるといったギャンブル参加者に戻らない部分の割合) の存在がわかっていてギャンブルに溺れてしまう流れもいくらか理解できました。

 後者のストーリーのほうは、読後感がよくありませんでした。理由は、わたしの価値観にあると思います。何がなんでも、つまり暴力に訴えてでも自分たちの手で変えたいという意思をもった学生たちの運動をリアルタイムに見なかったことも影響しているのかもしれませんが、わたしは暴力で手に入れたものに価値を見出せませんし、いくら暴力に訴えた解決を語られても、こじつけにしか聞こえません。

 独りよがりな主人公に共感できなかったことが作品への評価につながったと思います。
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2019年06月14日

「パコと魔法の絵本」

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関口 尚 著
幻冬舎 出版

 コメディタッチの日本版クリスマス・キャロルといった作品です。

 高度成長時代に身を粉にして働いて一代で財を成し、自らのことを偉いとするいっぽう周囲を見下す、ステレオタイプな嫌なオヤジが、あることをきっかけに悔い改めます。そのきっかけが読者の涙を誘う切ない不幸で、作品全体としては陳腐です。

 ただコミカルに描かれている点が評価できます。ひたすら湿っぽく描くなら誰にでもできそうですが、クリスマス・キャロルをコメディにするという果敢な挑戦はある程度成功しています。嫌なオヤジだけでなく脇役も、それぞれの個性が描きわけられ可笑しみに貢献しています。

 過去に映画化されたようで、それも納得できました。
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2019年05月16日

「ハードボイルド・エッグ」

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荻原 浩 著
双葉社 出版

 コミカルなミステリです。迷子のペット探しが得意でハードボイルドとは無縁な 30 代の探偵と、したたかなおばあちゃん秘書の凸凹コンビが笑えます。

 コメディ路線であることを考えると、犯人はすぐわかってしまうのですが、凸凹コンビの掛け合いと探偵のお人好し加減が軽薄すぎず、ほどよい柔らかさです。

 ひとつひとつの場面に散りばめられた意外性も楽しめますが、結末に明かされるおばあちゃん秘書の本音に自分の姿を見たときは、ほんわかとした雰囲気のなかに人の本質も描かれていたのだと思えました。

 深刻な現実がコミカルに描かれ、ユーモアでやり過ごすようなところは、「さよなら、そしてこんにちは」と似たような印象を受けました。くよくよしがちなわたしには、こういった作品が合っているのかもしれません。
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2019年03月23日

「代書屋ミクラ」

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松崎 有理 著
光文社 出版

 私が行政書士試験に合格したと話した相手の方からいただいた本です。行政書士 → 代書屋のイメージだったのでしょう。

 いわゆるライトノベルなのですが、おもしろいのがこの代書屋という仕事です。大学の研究者からの依頼を受けて、集められたデータをもとに論文を代書するのですが、怖いことに論文として雑誌に掲載が認められた場合のみ報酬が発生する契約になっています。

 なかなかシビアな設定ですが、主人公ミクラの恋愛に関する鈍さが筋金入りで、笑っていいのか憐れんでいいのか微妙なところがコミカルです。しかも研究課題もちょっと笑えます。

 研究者の業績発表数を根拠に結婚によって生産性が低下するかどうかを検証したり、禿頭は進化生物学的に有利かどうか研究したり、無人販売の代金回収率を根拠に人間の良心を測定したり、結婚における男の評価基準を明らかにしたり、目標を紙に書くことによって目標の実現率が変動するか検証したりと、どれも肩の力が抜ける内容です。

 倫理面はもちろん、実際には論文の仕上げをアウトソースする予算もなく、こういった仕事が実現する可能性は低いと思いますが、あったらおもしろそうだとは思いました。気分転換にはいい本かもしれません。
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