2019年03月23日

「代書屋ミクラ」

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松崎 有理 著
光文社 出版

 私が行政書士試験に合格したと話した相手の方からいただいた本です。行政書士 → 代書屋のイメージだったのでしょう。

 いわゆるライトノベルなのですが、おもしろいのがこの代書屋という仕事です。大学の研究者からの依頼を受けて、集められたデータをもとに論文を代書するのですが、怖いことに論文として雑誌に掲載が認められた場合のみ報酬が発生する契約になっています。

 なかなかシビアな設定ですが、主人公ミクラの恋愛に関する鈍さが筋金入りで、笑っていいのか憐れんでいいのか微妙なところがコミカルです。しかも研究課題もちょっと笑えます。

 研究者の業績発表数を根拠に結婚によって生産性が低下するかどうかを検証したり、禿頭は進化生物学的に有利かどうか研究したり、無人販売の代金回収率を根拠に人間の良心を測定したり、結婚における男の評価基準を明らかにしたり、目標を紙に書くことによって目標の実現率が変動するか検証したりと、どれも肩の力が抜ける内容です。

 倫理面はもちろん、実際には論文の仕上げをアウトソースする予算もなく、こういった仕事が実現する可能性は低いと思いますが、あったらおもしろそうだとは思いました。気分転換にはいい本かもしれません。
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2019年03月20日

「あなたの人生、片づけます」

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 次が収められた短篇集です。

・ケース1 清算
・ケース2 木魚堂
・ケース3 豪商の館
・ケース4 きれいすぎる部屋

 部屋を片づける指導を生業とする中年女性が一話でひと世帯ずつ片づけていきます。第一話から第三話までは、部屋が片づけられない人たちからの視点で描かれ、最終話のみ片づけを指導する側の視点で描かれています。

 どれも部屋がきれいに片づいてよかったという話ではありません。部屋を片づける気になれない人たちは、前に進めなくなってしまった人たちでもあり、片づけられるようにするには、その人たちが前を向けるように仕向け、背中を押してまわること、そういう観点で片づけの指導をしているようです。

 読んでいると、たしかにそういう考え方もあると思えました。最近『汚部屋』や『ごみ屋敷』などということばが一般的になってきたことを考えると、前に進むのが難しくなった時代ということなのでしょうか。

 わたしが少し堪えたのは、ケース4です。安易に人を励ますようでは、まだまだなんだと思わずにいられませんでした。
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2019年01月19日

「永遠の 0 (ゼロ)」

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百田 尚樹 著
講談社 出版

 タイトルのゼロは、第二次世界大戦時の零戦 (正式名称は三菱零式艦上戦闘機) のゼロを意味しますが、それ以外にも特攻の帰還率ゼロ (十死零生) の意味も含まれているように思います。

 グローバル時代のいま、日本の文化や日本人の特性を実感する日々ですが、第二次世界大戦時代のこの小説を読んで思うのは、日本人はこの時代からあまり変わっていないのかもしれないということです。

 この作品では、ある姉と弟が特攻隊員として亡くなった祖父を知る人たちを訪ね当時の話を聴くかたちで、戦争やその時代の価値観が明らかにされます。命を賭した特攻さえ、歴然とした戦力差がある敵の目標物まで到達することは不可能で、無情にも結果を出せないことは自明だったことがわかります。

『失われた 10 年』とか『失われた 20 年』とかいわれだしてから、不正を謝罪する会見があとを絶たない気がします。それも、納期や予算だけでなくあらゆる無茶が底辺に押しつけられ、それらを表面上だけでもクリアしようと底辺が仕方なく不正に手を染めたりするケースが増えたように思います。つまり、かつては『お国のために命』を差し出していた底辺の人々がいまは『会社のために良心』を差し出しているようにも見えたわけです。

 特攻隊員だった祖父が結果的に『お国のために命』を差し出したかたちになっても、彼なりのささやかな抵抗を試み矜持を保って亡くなった道のりが、もしかしたら読者の共感を呼んでこの本がベストセラーになったのかもしれません。
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2019年01月07日

「望郷の道」

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北方 謙三 著
幻冬舎 出版

 明治時代、故郷から追放されるも、いつか帰りたいと台湾で懸命に頑張った夫婦の生きざまを描いた作品です。

 佐賀で賭場を営んでいた主が亡くなり、ひとり娘の瑠瑋が跡を継ぎます。時代を考えると、賭場を守っていく覚悟を決めた彼女がいかに胆のすわった人物かがわかります。そしてそこに婿入りした正太は、商売の才覚をあらわし賭場を大きくしていきます。

 順風満帆なのもつかの間、彼らを妬む者から卑劣な方法で商いを奪われ破産に追いこまれそうになったとき正太は、家族を守るため刀で決着をつけようとします。幸いあいだに入る人があらわれ、人を殺めることも賭場を潰されることも免れましたが、正太自身は、所払いとなってしまいます。

 正太は、家業を守り、結果的には家族も守ったわけですが、その代償は大きくいつか故郷に帰りたいという強い願いを抱くようになり、それがこの本のタイトルになっています。

 この夫婦の愛を描いたとも、波乱の時代の事業とそれを為した男の執念を描いたともいえる作品だと思いますが、わたしの印象に残ったのは、人を見て、人を知り己を知ることの大切さです。

 正太が事業家としていかに優秀であっても足りないところは妻が補い続けたこと、正太が菓子の製造販売という事業を立ち上げたときの片腕だった職人の島田がいかに中心にいても、新しい菓子を追い求めるために若い青木を登用し支えたことなど、自己だけでは成り立たないことをそれぞれが知っていたことを羨ましく思いました。

 小説を読むと、自らがいま何を欲しているのかがわかることがありますが、今回がそうでした。
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2018年12月04日

「ステップ」

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重松 清 著
中央公論新社 出版

 主人公の男性が、妻に 30 歳という若さで死なれたあと、ひとりで娘を育てた約 10 年の道のりが描かれています。娘は 1 歳半で母を亡くし、その思い出もなく父親とふたり暮らしです。母のことを知りたいと切望する娘と父親が向き合う場面など、切なくなる描写が続きます。

 悲しく辛い境遇が描かれているとはいえ、登場人物がみな『いい人』ばかりで、娘の成長など希望ももてる物語です。

 生きていくうえで『受け容れて前に進む』ことの大切さが滲みでた小説であるいっぽう、少し現実味に欠けているように感じられました。
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