2019年01月07日

「望郷の道」

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北方 謙三 著
幻冬舎 出版

 明治時代、故郷から追放されるも、いつか帰りたいと台湾で懸命に頑張った夫婦の生きざまを描いた作品です。

 佐賀で賭場を営んでいた主が亡くなり、ひとり娘の瑠瑋が跡を継ぎます。時代を考えると、賭場を守っていく覚悟を決めた彼女がいかに胆のすわった人物かがわかります。そしてそこに婿入りした正太は、商売の才覚をあらわし賭場を大きくしていきます。

 順風満帆なのもつかの間、彼らを妬む者から卑劣な方法で商いを奪われ破産に追いこまれそうになったとき正太は、家族を守るため刀で決着をつけようとします。幸いあいだに入る人があらわれ、人を殺めることも賭場を潰されることも免れましたが、正太自身は、所払いとなってしまいます。

 正太は、家業を守り、結果的には家族も守ったわけですが、その代償は大きくいつか故郷に帰りたいという強い願いを抱くようになり、それがこの本のタイトルになっています。

 この夫婦の愛を描いたとも、波乱の時代の事業とそれを為した男の執念を描いたともいえる作品だと思いますが、わたしの印象に残ったのは、人を見て、人を知り己を知ることの大切さです。

 正太が事業家としていかに優秀であっても足りないところは妻が補い続けたこと、正太が菓子の製造販売という事業を立ち上げたときの片腕だった職人の島田がいかに中心にいても、新しい菓子を追い求めるために若い青木を登用し支えたことなど、自己だけでは成り立たないことをそれぞれが知っていたことを羨ましく思いました。

 小説を読むと、自らがいま何を欲しているのかがわかることがありますが、今回がそうでした。
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2018年12月04日

「ステップ」

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重松 清 著
中央公論新社 出版

 主人公の男性が、妻に 30 歳という若さで死なれたあと、ひとりで娘を育てた約 10 年の道のりが描かれています。娘は 1 歳半で母を亡くし、その思い出もなく父親とふたり暮らしです。母のことを知りたいと切望する娘と父親が向き合う場面など、切なくなる描写が続きます。

 悲しく辛い境遇が描かれているとはいえ、登場人物がみな『いい人』ばかりで、娘の成長など希望ももてる物語です。

 生きていくうえで『受け容れて前に進む』ことの大切さが滲みでた小説であるいっぽう、少し現実味に欠けているように感じられました。
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2018年12月01日

「東京少女」

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七重 俊 著
アメーバブックス 出版

 表紙が気に入って手にし、2 ちゃんねるから書籍化された本を期せずして初めて読むことになりました。途中、レスの内容について著者が触れるまでそうとは気づかなかったくらいなので、本のかたちに編集されていれば、2 ちゃんねるは苦手でも抵抗なく読めるというのは発見でした。ただ、やはりフィクションとしての評価は考えられないとも思いました。

 ある社会人男性が、クリスマスの夜を一緒に過ごしてくれる 10 代の女性を買ったところから始まり、ふたりの関係を振り返るかたちで男性は 2 ちゃんねるに書きこんだようです。

 リアリティはありますし、先の展開も気になります。でも、そこに話したいという欲求はあっても、読者の視点というものは最初からないように思います。また描写も読者に伝えることを主眼としていないように感じられました。

 自分にも似たような経験ができるかもしれないといった感覚、あるいは友達の話を聞いている感覚を味わうのにはいいかもしれませんが、作品として見るのは厳しいように思います。
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2018年11月13日

「Y 氏の妄想録」

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梁 石日 (ヤン・ソギル) 著
幻冬舎 出版

 リアリティの欠片もないという欠点を覆い隠すために、タイトルに『妄想録』と入れたのかと思われるほどの内容でした。

 作品の骨格のようなものも感じられませんし、『とっちらかった』文章という印象しか受けませんでした。読むのは時間の無駄のように思います。

 この著者の本は、これから避けたいと思います。
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2018年11月12日

「忍びの国」

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和田 竜 著
新潮社 出版

 伏線をはり、鍵となる小物を配し、意外性を埋めこみ、売れる小説をそつなく書いた作品という印象を受けました。

 一方が優勢かと思いきやもう一方が盛り返すという先の見えない展開がテンポよく続き、意外に思うものの無理がありません。登場人物の片側だけにあてていたライトをもう片側にもあてるように、心情的に無理なく転換点がつくられているように思います。

 敵の思考を読み巧みな策を練る伊賀の十二家評定衆が身内を斟酌せず策に溺れたり、わが身のことだけを考えていた下人が妻の機嫌をとるためだけに思いもしない行動に出たり、偉大な親に圧し潰された若者が本音を吐露することによって意図せず人心を掌握したり、どの転換点もクライマックスに向けてうまくつながっていました。

 また、わたしにとって意外だったのは、戦に強いだけで共感できる要素の少ない伊賀者が中心に据えられた点でした。自分たちの稼ぎしか考えない地侍に振り回された下人とはいえ、妻と自分のことしか考えられない主役というのも珍しいと思いました。

 ただ、小説の最後で、織田信長の息子に仕えた武士に『自らの欲望のみに生き、他人の感情など歯牙にも掛けぬ人でなしの血は、いずれ、この天下の隅々にまで浸透する』と言わせている点から、この作家は、現代のわたしたちの姿を伊賀者に見ているように感じられました。あるいは、伊賀者ほどは吹っ切れないものの、そうありたいと思っているわたしたちかもしれませんが、わたしにとって意外な主役であっても、多くの読者から共感は得られていたのかもしれません。
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