2018年11月13日

「Y 氏の妄想録」

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梁 石日 (ヤン・ソギル) 著
幻冬舎 出版

 リアリティの欠片もないという欠点を覆い隠すために、タイトルに『妄想録』と入れたのかと思われるほどの内容でした。

 作品の骨格のようなものも感じられませんし、『とっちらかった』文章という印象しか受けませんでした。読むのは時間の無駄のように思います。

 この著者の本は、これから避けたいと思います。
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2018年11月12日

「忍びの国」

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和田 竜 著
新潮社 出版

 伏線をはり、鍵となる小物を配し、意外性を埋めこみ、売れる小説をそつなく書いた作品という印象を受けました。

 一方が優勢かと思いきやもう一方が盛り返すという先の見えない展開がテンポよく続き、意外に思うものの無理がありません。登場人物の片側だけにあてていたライトをもう片側にもあてるように、心情的に無理なく転換点がつくられているように思います。

 敵の思考を読み巧みな策を練る伊賀の十二家評定衆が身内を斟酌せず策に溺れたり、わが身のことだけを考えていた下人が妻の機嫌をとるためだけに思いもしない行動に出たり、偉大な親に圧し潰された若者が本音を吐露することによって意図せず人心を掌握したり、どの転換点もクライマックスに向けてうまくつながっていました。

 また、わたしにとって意外だったのは、戦に強いだけで共感できる要素の少ない伊賀者が中心に据えられた点でした。自分たちの稼ぎしか考えない地侍に振り回された下人とはいえ、妻と自分のことしか考えられない主役というのも珍しいと思いました。

 ただ、小説の最後で、織田信長の息子に仕えた武士に『自らの欲望のみに生き、他人の感情など歯牙にも掛けぬ人でなしの血は、いずれ、この天下の隅々にまで浸透する』と言わせている点から、この作家は、現代のわたしたちの姿を伊賀者に見ているように感じられました。あるいは、伊賀者ほどは吹っ切れないものの、そうありたいと思っているわたしたちかもしれませんが、わたしにとって意外な主役であっても、多くの読者から共感は得られていたのかもしれません。
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2018年11月10日

「花が咲く頃いた君と」

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豊島 ミホ 著
双葉社 出版

 若手の作家が書いただけに登場人物も学生が多く、いじめなどの描写もあるのですが、まっすぐな主人公たちが語る内容は、読んでいて爽やかです。以下の 4 篇が収められた短篇集です。

- サマバケ 96
- コスモスと逃亡者
- 椿の葉に雪の積もる音がする
- 僕と桜と五つの春

 Amazon の内容紹介では、『祖父との交流を描いた「椿の葉に雪が積もる音がする」は必読』とあります。祖父と中学 2 年生の孫娘の関係を孫娘の視点から描いているのですが、わたしの場合、年齢からいって、考えることは祖父に近く、つい祖父の視点で見てしまいました。彼が孫娘に問うた「この本、要らんか?」、結果的には最後の会話になったこのひとことの意味が身に沁みました。

 Amazon の内容紹介では触れられていませんでしたが、わたしが一番気に入ったのは「僕と桜と五つの春」です。学生が主人公ならやはり成長物語がいいというのもありますが、桜の描写とそれに重ねた一途な恋が気に入りました。
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2018年10月29日

「虚像の道化師」

20181029「虚像の道化師」.png

東野 圭吾 著
文藝春秋 出版

浪花少年探偵団」のようなミステリ短篇集ですが、こちらはコミカルな雰囲気はありません。

 これを原作とするテレビドラマをたまたま見て、物理学の准教授が書いた難しい数式が原作でどう描かれているのか気になって読んだのですが、もとの小説には、そういった込み入った描写がなく、准教授もドラマほどエキセントリックなキャラクターとしても描かれていません。

 平均 70 ページほどの短篇でトリックを披露するとなれば、人物描写は端折らなければならないという事情はあるものの、やはりドラマでは、脚本家が頑張って話を膨らませ、キャラクターを際立たせているのでしょう。

 収められているのは、以下の 4 篇です。

- 幻惑す (まどわす)
- 心聴る (きこえる)
- 偽装う (よそおう)
- 演技る (えんじる)

「演技る (えんじる)」は、うまうまとミスリードされたものの、動機の面で少し無理が感じられましたが、演技を生業とする俳優という職業での独特の価値観と考えることもできるかもしれません。全体としては、物理学の准教授が思いやりを見せて、ハッピーエンドとなった「偽装う (よそおう)」が一番わたしの好みに合いました。
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2018年10月24日

「美しい星」

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三島 由紀夫 著
新潮社 出版

 自身は火星からきた宇宙人であるという意識に突然目覚めた父親、同様に木星からきたとさとった母親、水星からきたという長男、金星からきたというその妹という顔ぶれの 4 人家族と、白鳥座 61 番星の未知の惑星からきた宇宙人だと名乗る万年助教授とその取巻きふたりのグループが対照的に描かれています。

 なぜ純文学作家が宇宙人を描くのか、理解に苦しむまま読み進めると、4 人家族の父親と助教授が地球人 (人間) について意見を戦わせる場面になります。両者は、人間と自らを切り離して考えている点も人間を不完全な存在として見ている点も全く同じなのですが、前者は人間に平和を与えて救おうと懸命になり、後者は人間を滅ぼそうと躍起になり、目指すところは正反対でした。

 両者の議論において描写された人間の本質は、作家の思想の投影であり、この作品の読みどころでもあります。この場面を読むと、これらの登場人物は、人間を外から見る存在として宇宙人である必要があったのかと納得しかかったものの、そのあとの結末を読むと、その解釈も自信がなくなりました。

 なんとなく宗教における『救い』のように見えた結末は、人間の平和を憂ういっぽうで自らはガンに身体を蝕まれ余命宣告に打ちひしがれる父親にしろ、自らを低く評価する周囲の人間に憎しみを抱き人類の滅亡を願っている助教授にしろ、あまりにも俗っぽい登場人物と相容れないように見えました。あるいは、俗っぽい普通の人たちだからこそ、あの結末だったのでしょうか。すっきりとしない読後感でした。
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