2018年05月21日

「首都圏大震災」

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牧野 武則 著
幻冬舎 出版

 いちおうフィクション作品ですが、著者が大学教員なので、人物や心理の描写に小説らしさはありません。内容においても、過去 (この本の出版は 2018 年 2 月) のできごとは事実がもとになっていて、タイトルの首都圏大震災のみがフィクションのように見受けられます。

 南海トラフ地震に関する情報が気象庁から発表されたといった報道に接することはあるものの、どのように観測し、予測しているか、具体的にイメージしたことがなかったのですが、この本を読むと、そのあたりのことがよくわかります。

 観測地点を決めたり、集めたデータの分析方法を決めたり、技術面での難易度が高いだけでなく、技術を有した数少ない人材を確保したり、そのための予算をうまく確保するといった調整面での難易度も高いということが理解できるよう工夫されています。

 ただ恐ろしいことに、この作品では、首都圏のビルが倒壊し、高速道路や鉄道が不通になり、証券取引所など経済の中心となっている都心でも被害が発生する大規模な地震が起こってしまいます。

 この本を読んで恐怖心が植えつけられないようにという配慮かもしれませんが、作品内の政府は、目を瞠る素晴らしい活躍をします。森友・加計問題といった、ちゃんとした社会人には考えられないような過ちを連発する政府には到底望めないような働きなので、もし本当に首都圏大震災が起こったらどうなるか、読者がそれぞれ頭のなかでシミュレーションしてみる機会が得られる作品だと思います。
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2018年04月23日

「陸王」

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池井戸 潤 著
集英社 出版

下町ロケット」と似た作品です。資金調達に苦しみながらも新しいモノを開発しようと奮闘する中小企業、それを潰そうとする大企業、実績だけにこだわる銀行など、登場する面々も似ていますし、善と悪のわかりやすい対立を基軸としていたり、特許などの権利関係を絡ませて企業間の駆け引きがあったり、紆余曲折を経てハッピーエンドを迎える展開や万人受けしそうなわかりやすさも似ています。

 少し違うのは、今作で中小企業が開発を挑むのは、「下町ロケット」のロケット部品と違って、一般消費者もイメージしやすいランニングシューズだという点です。中小企業の規模も零細に近い規模で、社長がビジネスに疎かったり、そのランニングシューズがアスリートという生身の人間をサポートすることを通し、ビジネスの枠では捉えにくいスポーツの世界やアスリートの視点も描かれたり、より身近な印象を与えています。

 理不尽なことしか起こらない現実の仕事をいっとき忘れて理想に浸れる作品だと思います。
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2018年01月25日

「幸福な生活」

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百田 尚樹 著
祥伝社 出版

 短篇が19篇収められていますが、例外なくどれも、あるルールに従っています。それは、最後の1行で、意外な結末がもたらされることです。そのルールをを知らずに読み始めたのですが、3篇か4篇読んだところで気づき、その途端、意外であるべき結末がある程度予測可能な結末になってしまいました。

 予測可能な理由は、結末に至るまでの説明にあるのだと思います。結末が意外に感じられるようにするために、結末と反対の印象を与えるべく、くどいといっていいほどの説明が加えられています。心情を描写するでもなく、それを裏づけるしぐさや表情を追うでもなく、結末の1行とそれまでのあいだに落差を作るための説明が続くと、結末を想像するのは、そう難しいことではなくなるようです。

 小説で、くどくどと説明されると、場面を思い描いたり、心のうちを察したり、そういう余地がなくなってしまい、あまり楽しめなくなってしまうものだと思いました。
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2017年12月05日

「野火」

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大岡 昇平 著
新潮社 出版

 戦争中の食べることもままならない辛さ、思ったことを口に出して言えない辛さ、大切な人を失う辛さ、そういう辛苦辛労を疑似体験するような小説は、いままでにも読んだことがあります。でも、そういった小説を超える凄まじさがこの小説にはありました。

 フィリピンのレイテ島で肺病にかかり、戦力外となった田村一等兵は、病院に収容してもらうことも叶わず、わずかな芋を与えられただけで放りだされてしまいます。

 極限状態に追いこまれて彷徨う田村は、飢え以外に何かを感じることも、ましてや考えることなど到底できない状況で、さまざまなことを考え続けます。その姿は、思考を手放せば、人間であることも手放してしまうかのように見えます。そこまでして考えていると、単なる幻覚や幻聴ではなく、自らの思考をイメージしたような白昼夢のような光景を眼にするようになります。

 田村の思考を読むなかで、人間とは何か、倫理とは何か、生きるとはどういうことか、いろいろ考えさせられました。わたしは、これと同じ極限状態におかれたら、人と人が殺しあう戦争などというものが起こるに任せた自分を呪い、あとは可能なかぎり何も考えずに、ひとりで衰弱に身をまかせいたいと思いました。
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2017年10月24日

「私小説 from left to right」

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水村 美苗 著
筑摩書房 出版

 わたしにとって、斬新としかいいようのない形式の小説でした。横書きで、英語の文と日本語の文が入り混じっています (日本語の文に英語の単語が挿入されたりもしています)。外国人と結婚した友人などが配偶者や子どもたちと話しているときの様子そのままに、小説のなかで会話が交わされ、独白がなされる小説というわけです。しかも『〜である』調です。

 12歳のとき、両親と姉とともにアメリカに渡り、その後およそ20年経っても大学院に籍を置きながらアメリカに暮らす、この小説のなかの30代の美苗は、帰る家(家庭という意味でもあり物理的な場所という意味でもあります) を奪われ、孤独に苛まれていると、この小説のなかで語っています。いつまでも大学院生であり続けることもできず、日本に帰るべく行動を起こすこともできず、宙ぶらりんでいる美苗が振り返る過去を読むと、日本で生まれ育った日本人が意識したこともない事柄、とくに日本人やその価値観に関係することが、いろいろ理解できました。また、日本語を拠りどころに過ごした美苗の学生時代を読めば、「日本語が亡びるとき」で著者が国語教育を充実させなければならないと力説した気持ちが以前よりわかったような気もします。

 そのいっぽうで、この小説のなかの話は、あくまでも過去のことであり、限られた環境下の話だと思わずにはいられませんでした。日本において、一億総中流時代は遠い過去になり、村や町といったコミュニティの姿も変わり、外国人労働者に頼る事業が増え、『格差社会』ということばが浸透したいま、この小説のなかの美苗が語る内容は、恵まれたお嬢さまの憂鬱に映り、現代の同世代の読者が、美苗の悩みに共感するのは難しいのかもしれないとも思いました。
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