2010年12月13日

「翻訳のココロ」

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鴻巣 友季子 著
ポプラ社 出版

 ひとくちに外資系企業といっても社内文化はそれぞれだと思いますが、名詞や動詞などが過剰にカタカナ英語になってしまうことが概して多いのではないでしょうか。一応外資系企業で働く自分の立場で考えると、やはり普段使っている英語のことばのなかには、それにぴったりとくる日本語が簡単には思い浮かばないものもあり、話し相手も同じ仕事をしているからと、英語のまま使ったりしている気がします。

 わたしの仕事の会話ほどカタカナ英語が乱用されているとは決していいませんが、それでもこの本ではかなり大胆にカタカナ英語が使われている気がします。その一方で、死語とはいわないまでも現代ではほとんど使われていないであろうことばも散在します。それだけ、ことばのストックをお持ちなのでしょう。そのあたりのことは巻末の柴田元幸氏との対談で明らかにされています。

 で、肝心の「翻訳のココロ」と銘うたれた翻訳談義ですが、翻訳というプロセスや翻訳家という職業をあまりご存知ない方々を読者として想定なさっているように思います。逆にいうと、翻訳の何かを知りたいと考えられている読者には漠然とし過ぎていて物足りない内容かもしれません。ただ、翻訳というものをどう捉え、その目標をどこに設定したいと思われているのかという説明は、特にその喩えの部分は、個性的だと思います。

 この本の表紙で使われている棒高跳びも、鴻巣氏が翻訳の喩えに使っているもののひとつです。棒高跳びのどこが翻訳との共通点を有するのかは、直接この本をご覧いただくほうがいいかとは思いますが、巻末の柴田元幸氏との対談を読むかぎり、翻訳を何に喩えるかということひとつをみても、同じ仕事をしているはずの翻訳者がそれぞれ違い、その翻訳者の個性があらわれているようです。それだけこだわりを持っていなければ続けていけない職業かもしれません。

 ちなみに、この著者は「嵐が丘」の新訳をなさる際にその舞台となった土地を訪れています。その訪問の模様はこの本にも収められていますが、ひとつのことばを<見つける>道程の大変さが伝わってきます。Webサイトで公開されていた内容が下手な編集でそのまま本になってしまったため重複が多くて読み辛くなっている点は残念です。
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2010年11月25日

「性愛英語の基礎知識」

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吉原 真里 著
新潮社 出版

 あとがきに「恋愛や性といった、もっとも親密でどろどろした人間の感情にまつわる表現の説明を通じて、アメリカの文化・社会感覚を少しでも伝えることができていたら嬉しい」とありました。たしかに、頻繁に使う人がいるからこそ定型表現ができあがるわけで、英語で頻繁に見られる表現を知ることは英語を日常的に使っている人たちの価値観や思考パターンを知ることに繋がるのだと思います。

 読んでいて「へえ」と思ったことはいくつもあるのですが、男女の交際が深まるなかで出てくる commitment ということばに対しては、意外な場所で出会った驚きを感じました。commitment は、仕事などどちらかといえば堅い場に登場するイメージがあったのです。「恋愛関係においては、なにかにむけて時間や労力や感情を持続的に注いでいく意志や覚悟の表明、あるいは約束のことである」と説明されています。向かう方向が「なにか」となっているのは結婚に限定せず長期的な関係なども含むせいです。この commitment は、ふたりの関係が進むうえでの大切な通過地点のようです。長期的な関係を築いたことがあっても、自分自身であのとき commit したと思う時点を思い浮かべられない身としては、その時点を意識しているアメリカ人が大勢いるということに驚きました。

 そのほか、ちょっと読んだだけではわからないような口語表現(スラング)も数多く紹介されていて、「へえ」を連発してしまいました。
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2010年09月13日

「語学力ゼロで8ヵ国語翻訳できるナゾ」

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水野 麻子 著
講談社 出版

 「語学力ゼロ」というのが誇大表現だとは思いますが、一般的にイメージされる語学力レベルよりずっと劣っていても翻訳者として高い評価を得ることは可能だと納得できました。

 わたしを納得させるのに評価が特に高かったのは次の二点です。

 ひとつめは、知識の吸収方法です。実務翻訳の場合、翻訳対象の分野についての知識が要求されます。著者はその「知識」が具体的にどういうものかを明らかにしています。つまり、すでに知っている(常に知識を保持している)必要はなく、必要な知識を必要なときに取り出せることができれば充分であり、その効率的な対処方法を説明しています。著者は、独立してしばらく、資料代に月額で三〇万円前後のコストをかけていたといいます。それだけの量を効率よくこなせれば、得意な分野でなくとも翻訳する上では問題ないと思います。量をこなすというのは、簡単そうでなかなか踏み切れないことなので、それを強く勧めている点は合理的であり画期的でもあると思いました。

 ふたつめは、ルーティンな作業をコンピューターに任せてしまうことです。訳語を統一する、スタイルガイドにあわせるといった目的の作業は、目検では効率が悪いですし、パソコンに任せてしまえば生産性が上がるのは必至です。パソコンが苦手な人でも真似ができるように、著者は自身の Web サイトで数々のマクロを公開している点も優れていると思います。

 翻訳に限らず、効率化のために仕事の作業を見直したいと考えている方にとっては得るものがあると思える一冊でした。
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2010年07月30日

「悩ましい翻訳語―科学用語の由来と誤訳」

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垂水 雄二 著
八坂書房 出版

 生物学に造詣の深い著者が、外国語から取り入れられた科学用語のなかから、日本語への取り込まれ方が不適切なものを列挙し、なぜそのような過ちをもって取り込まれたかの説明もなされています。

 生物学に関わる誤訳で犯しやすいミスのひとつは、「形容詞と名詞の組み合わせが特定の種名を表す場合」だとしています。
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たとえば、box treeは箱の木ではなく、ツゲ属の木の総称であり、red wood は赤い木ではなくセコイア (Sequoia sempervirens) のことで、これとよく混同されるセコイアデンドロン (Sequoiadendron giganteum) は、giant sequoiaと呼ばれるが、big tree という単純な言い方も使われるので、要注意である。
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 これだけを読んでも、その方面の知識がないと日本語にする難しさは並大抵ではないと感じますが、個別のことばを見るとさらにその印象が強まります。

 ひとつは、指摘されなければ過ちに気づけないようなイメージの違いによる誤訳です。たとえば「guinea pig」というのは実験動物用のモルモットのことだそうです。pig とあると、つい食用などになる豚を思い浮かべてしまい「ギニア豚」が誤訳だといわれると、純粋に驚いてしまいます。

 もうひとつは、同じことばに対して違う訳語が定着してしまっている場合です。たとえば fauna ということばは生物学では動物相と訳されていて、古生物学では動物群と訳されているそうです。このことは、医学や心理学などさまざまな分野で起こっているそうで、具体例を読み進めると頭が痛くなってくるほどです。

 最後に、以下の分類が印象的だったので、抜粋してみました。杉田玄白の時代の人々は、現代のわたしたちに比べ、(2)の作業に多大な労力を割いたのだろうな、と思えました。また、(3)でさえ、カタカナ表記の変遷ひとつをとっても難しい問題だと感じました。
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 西洋語から日本語への訳語の問題について本格的に論じた最初の人物は、おそらく杉田玄白であろう。彼は『解体新書』の凡例において、翻訳・義訳・直訳の三つを区別している。現代風に説明すれば、(1)「翻訳」:原語に対応する日本語がすでにある場合にそれを当てること。(2)「義訳」:対応する日本語がないので、意味の上で適切な日本語をつくってそれを当てること。現代の意訳に当たる。(3)「直訳」:適当な造語がむつかしい場合に、原語の音をとりあえず当てておくこと。現代で言えば音訳に当たる。
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2010年07月23日

「英語 うまいと言われる和訳の技術」

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宮崎 伸治 著
河出書房新社 出版

 翻訳に正解はないのだと、あらためて思いました。この本のサブタイトルには「ぎこちない直訳文をこなれた文章に変える秘訣」とあります。英文が示され、その「直訳」とされる日本語が示され、さらにそれをこなれた文章の「ベター和訳」や「ベスト和訳」に書き換えていくというパターンが繰り返されています。

 たしかにそのとおりだ、と思えるものもありますし、たったこれだけの英文では、これがベターだとかベストだとか言われても実感が湧かないものもあります。

 たとえば「単数か複数かをハッキリさせる」という以下の例です。

(英文)
It is time to draw some new cards.

(直訳)
新しいカードを引くときである。

(ベスト和訳)
新しいカードを何枚か引くときである。

 カードを1枚引くことと複数枚引くことの違いが大きいのか、前後関係がないのでわからないのですが、ただ、そもそも日本語は単数か複数かをはっきりさせないことが多いので、「何枚か」とあると、翻訳調だな、と個人的には感じてしまいます。新しいカードを引くタイミングに重点があるときは「何枚か」をなくしてもいいのではないか、などと迷います。

 ただ、そのとおりだと思える基本的な知識も多いので、読んで無駄ではないと思います。わたしの場合、右も左もわからず、学校にも行かず、いきなり実務翻訳を始めたので、最初にこんな本を読んでおけばよかったかな、と思いました。

 あと翻訳に役立てたわけではありませんが、英語に詳しくない友人に英語の特徴を説明するのに役立った章があります。ひとつは「英米人独特のニックネームの訳し方」でRobertの場合Billになるなどの一般的なニックネームが説明されています。もうひとつは「よびかけの言葉をどう訳すか」で、呼びかけの豊富さやおおまかな使い分けの説明が重宝しました。
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