2017年02月08日

「日本語の作法」

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外山 滋比古 著
日経BP社 出版

 ここでいう『作法』をどう説明すればいいのか迷うところですが、『おとなの嗜み』とでもいえばいいでしょうか。著者が常日頃見聞きしたなかから、すぐれた言葉遣い、いただけない無遠慮などを紹介しています。

 決まりきった型は、無難ではあるものの、ときには相手への配慮がいまひとつ欠けているといえなくもない状況に陥ることもあります。ここでは、年賀欠礼がとりあげられています。師走に入り、年賀状を書き終えてから届いた欠礼のあいさつには、「……当方の賀状は控えますが、いただくのはありがたくお受けします。にぎやかなことの好きだった故人も喜ぶでしょう」とあったそうです。すでに書いてしまった賀状のことを考えて気が重くなる相手を慮っての素敵なことばだと思います。

 それとは違うタイプの工夫ですが、日本におびただしい外来語が入ってきた明治時代、そのままの原語ではわからないから、細工は流流の訳語をこしらえたことをあげています。それが現代では、外国から入ってきた新しい概念やものごとをよく理解しないまま、カタカナ語で誤魔化し、それを恥ずかしいと思わないと批難しています。(著者は、自国にないものを借りてくることはしかたがないと認めたうえで、わからないことを誤魔化しても恥と思わない心根を嘆いています。)適当にカタカナ語にしてしまい、日々それらを使っているIT業界の一員として、耳が痛いご指摘です。

 作法というと、決まりごとのように聞こえますが、基本は『気遣うこころ』だと、あらためて認識しました。
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2017年01月27日

「日本語どっち⁉」

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北原 保雄 著
金の星社 出版

問題な日本語」の著者が書いた本なので、読んでみました。期待とは少し違って、こちらは対象読者の年代が、少々低めに設定されているようです。高校生あたりではないかと思います。

 AとBを提示して、タイトルにあるように、どっちが正しいか問い、正解を説明する構成になっています。

 読者層が高校生くらいかと思って読み始めたものの、A/Bの選択を間違えてしまったものが、いくつかありました。

『一段落』。これの読み方として正しいのは、次のどちらでしょう。A.いちだんらく、B.ひとだんらく。

 正解は、A.いちだんらく、のほうです。

「一仕事」(ひとしごと)「一安心」(ひとあんしん)「一苦労」(ひとくろう)といった読み方に影響されたのではないかと著者は分析しています。まさにわたしのことです。

『さわり』。この言葉の意味として正しいのは、次のどちらでしょう。A.物語や歌、芝居などの最初の部分。出だし。B.物語や歌、芝居などの、いちばんの見どころや聞きどころ。

 正解は、B.いちばんの見どころや聞きどころ、のほうです。

「さわり」は、もとは人形浄瑠璃で、義太夫節以外の流派の節を取りいれた部分のことだったそうです。その部分が最高の聞かせどころだったことから、見どころ、聞きどころの意味で広く使われるようになったとか。ずっと昔からも間違えて使っていたなんて、恥ずかしい話です。
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2016年03月10日

「日本語擬態語辞典」

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五味 太郎 著
講談社 出版

 絵本作家として有名な五味太郎が描く擬態語辞典です。読者として想定されているのは、日本語を母語としない方々です。

 厳選された200の擬態語が英語と日本語でそれぞれ数行ずつ解説され、その状況が絵であらわされています。絵本作家が思い浮かべる辞典は絵なのだと、新鮮な感覚で見ることができました。

 擬態語というのは、そのニュアンスを伝えるのが難しいと同時に、形式張った表現にそぐわないものなので、ユーモア溢れる絵にしてしまうのもアリかなと妙に納得してしまいました。
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2016年02月12日

「日本の大和言葉を美しく話す―こころが通じる和の表現」

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高橋 こうじ 著
東邦出版 出版

 このところ大和言葉が静かなブームなのか、関連書籍をよく見かけます。この本は、大手書店のレジ前で平積みになっていたので、つい読んでしまいました。

 仕事をするうえでは、一に外来語(ニュアンスをうまく伝えきれず、ついカタカナのまま)、二に漢語(堅い雰囲気を醸せるので、ついお手軽に)ときて、大和言葉を意識することはありませんでした。

 無駄に歳をとっているだけで、品がついてきていないわたしにとって、いつかこういうことばを使えたらと、いつまで待ってもこないであろう「いつか」を想ってしまうことばが並んでいます。

 せわしなさに負けて、なんでも「つい」で済ませてしまう日々を反省して、(この本を閉じた途端に、いつものせわしなさに戻るのだとしても)所作ひとつ、気遣いひとつに心をこめていきたいという心持ちになりました。大和言葉が注目を浴びている背景がわずかながら理解できた気がします。

「いつか」使ってみたいことばの一番は「お買い被りを」や「お戯れはもうそれぐらいで」といった謙遜のことば。そもそもお褒めいただける点がないので、「いつか」がさらに遠いことばです。
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2016年01月28日

「すべらない敬語」

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梶原 しげる 著
新潮社 出版

 タイトルの「すべらない」は、テレビ番組「人志松本のすべらない話」からきていますが、その番組とは直接関係はなく、しごく真面目に敬語と向き合って書かれた本です。

 わたし自身が学校で習ったとき、敬語は尊敬語、謙譲語、丁寧語と三種類に分かれていました。それが2007年に国の文化審議会が出した最新の敬語の指針では、尊敬語、謙譲語T、謙譲語U(丁重語)、丁寧語、美化語と五種類に分けられています。これ以降わたしは、以前にも増して自分の敬語が正しいのか、自信が持てなくなりました。

 そして自分の敬語が正しいか確かめたくて、この本を手にしたのですが、この本が意図することは違うところにあります。敬語を使う本来の目的を思い出させ、敬語が正しく使えていれば、敬語を使って実現しようとしている状況を実現できると思い込むのは、誤りではないかと指摘することにあるようです。

 具体例をもとにいろいろ検証していますが、それはひとつひとつの例に対し正誤を論じるというより、その基準を(各自が各自の判断で)考えようというもので、望む状況を実現できれば、正しいと論じられている敬語を使うことにとらわれる必要はないという考えがもとになっているように思います。

 著者の指摘は的を射ていて、はっと目が覚めたように感じられた部分もありました。ただ、敬語が正しいかどうか気にする習慣がわたしから抜けたわけではありません。習慣とは、そう簡単に変わらないようです。
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