2015年03月13日

「日本語相談 二」

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大野 晋/丸谷 才一/大岡 信/井上 ひさし 著
朝日新聞社 出版

 わたしが日本語関連の書籍を好んで読むのを知った方が譲ってくださった本なので、少し出版年が古く、いまは絶版になっているようです。

「週刊朝日」に寄せられた読者の質問に答えるかたちの連載コラムがまとめられたものです。回答陣が豪華メンバーですが、わたしはとりわけ丸谷氏の答えが好きです。

 句読点の使い方を問う読者にこう答えています。『わたしの好みで言へば、句読点なしでもすらすら読める文章に、ところどころ、筆者の親切として句読点がついてゐる、といふ感じの書き方が好きです。句読点に頼りすぎた文章は、面倒くさくて性に合ひません。』

 そもそも句読点に悩む読者が『句読点なしでもすらすら読める文章』を得手とするのか怪しいので、回答の名を借りた随筆のような内容です。

 また大岡氏の切り返しには、唸ってしまいました。『日一日』の読みを問う読者に次の句を紹介しています。

 梅一輪一輪ほどの暖かさ

『日一日』の読みとして『ヒヒトヒ』と『ヒイチニチ』があるように、この句にも二つの解釈があるというのです。

(1) 梅が一輪、また一輪と開くごとに、しだいに暖かさが増してゆく。春がやってきた。

(2) 梅が一輪だけ咲いた。その可憐な一輪にふさわしいほどの暖かさはたしかに感じられる。でも今はまだ冬だ。

 わからないという気持ちを二義性を愉しむ気持ちに変えてくれる切り返しです。
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2015年02月14日

「日本語ってどんな言葉?」

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佐々木 瑞枝 著
筑摩書房 出版

 日本語教師が生徒とのやりとりのなかで気づいたことが多岐にわたって書かれています。

 難しいといわれている助詞の使い方や副詞の使い分けを説明するエピソードもそれなりに得るものはありましたが、それ以上に共感できたのは、意思の疎通に問題がない日本語を話せても、日本人の気質や価値観のようなものを無視しては、円滑なコミュニケーションは難しいという考えです。

 この本のなかに遅刻をした生徒が理由を話すエピソードがあります。「〜というわけです」というフレーズを何度も使いながら、生徒が遅刻の言い訳をするのを聞いて、先生である著者は、「日本人に通用する日本語を教えるのはむずかしい。たとえ文法的に正しくても、相手に悪い感じを抱かせては、日本語が話せることが逆効果になってしまう。心して指導しなくては」と結んでいます。

 日本人の場合、たとえ理由があったとしても、まず謝罪があって、おまけとして言い訳がくるほうが、受け入れやすいと思います。ありとあらゆる背景の人が話す英語等を学ぶのに比べて、日本語学習は、日本文化の学習をも包括しているのかもしれません。
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2015年01月23日

「日本語文法の謎を解く――「ある」日本語と「する」英語」

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金谷 武洋 著
筑摩書房 出版

日本人のための日本語文法入門」が面白かったので、日本語を教えるときに使われている日本語文法に関する本をまた読んでみました。

 日本語の構造に関しては、基本的に「日本人のための日本語文法入門」と似たような説明なのですが、とりわけ面白いと思ったのは、助詞の"は"を用いた"〜は"は、主語ではなく主題だという説明です。

 "〜は"は、主題であるということは、「日本人のための日本語文法入門」にも書かれてあったのですが、主語ではないという意見に納得はできても、主題というものが、いまひとつ理解できませんでした。しかし、以下のふたつの例を見ると、理解できたような気がしました。

例1) この本は、タイトルに惹かれた。すぐ読んだが面白かった。

例2) 吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生まれたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いて居た事丈は記憶して居る。

 どちらも最初に"〜は"と述べられた内容が、次の文以降に影響を及ぼしています。

 主語が登場したあとの文では、前の文と主語が変わっていないかぎり、その主語が省略されるという意見を聞いたことがあります。その意見に従って、上記の例を見てみます。例1においては、いずれの文でも"この本"が主語であるとは考えられません。また例2では、"〜は"は主語とする説に従えば、ふたつめの文の主語は"名前は"になってしまいますが、みっつめとよっつめの文の主語は、おそらく"吾輩"ではないでしょうか。

 日本語では、主語がもともと存在しないと考えるべきか、あるいは主語が省略されていると考えるべきかは不明ですが、どちらにしても助詞の"は"を目印に主語を見つけるのは意味がないと理解できました。

 これらの例文の"〜は"が次の文までも影響を及ぼしているのを見ると、主題というものが以前より把握できた気がします。
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2014年12月20日

「日本人のための日本語文法入門」

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原沢 伊都夫 著
講談社 出版

 日本語を使っていても、他言語と比べたときの日本語の特徴を知っていたわけではないので、この本を読んで得るものは大いにありました。

 この本の冒頭で説明されていますが、日本語を使えるようになるために外国の方が学ぶ日本語文法とわたしたち日本人が学校で習った国語文法(学校文法)は、違うものだそうです。学校文法は、古典との継続性における形式的な面が重視されているため、言語学的な整合性に欠けているそうです。

 その意味するところは、章を経るごとに理解が深まるようになっています。

 また、学校で習った文法の難解なイメージに比べて、拍子抜けするほどすっと頭に入ってきます。それはおそらく理屈がとおっているから理解しやすいということだと思います。

 目から鱗が落ちたと思ったのは、文の構造のとらえ方です。文には、核となる述語、その述語と(基本的に)格助詞でつながった成分があるという考え方です。

 格助詞は、ヲ、二、マデ、ガ、ヨリ、カラ、デ、ヘ、ト(『鬼までが夜からデート』という語呂合わせで覚えられるそうです)の9つがあります。

 この格助詞のついた成分が文のなかで出現する順序は、厳密には決まっていませんが、述語によって必須成分と随意成分にわけられます。

昨日太郎が食堂で友達とラーメンを食べた

 上記の例文では「食べた」という述語には「太郎が」と「ラーメンを」という2つの成分が必須です。食べたは目的語を必要とするので、何を食べたかという成分と誰が食べたかという成分が必須で、残りのいつ、どこで、誰とをあらわす成分は随意というわけです。この文の構造の説明は、わかりやすいと思います。

 ここで、述語は登場したけど主語は? 「ガ」と区別が難しい「ハ」は格助詞に入らないの? などといった疑問をもたれた方には、ぜひ読んでいただきたい本です。
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2014年09月30日

「頭の悪い日本語」

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小谷野 敦
新潮社 出版

 できることなら正しい日本語を使いたいという気持ちから、日本語の誤用をとりあげる本を時々読んでいます。ただこの本は、書かれてある内容を鵜呑みにせずに、自分で調べてみたり、考えてみたりするきっかけとして受け止めたほうがいいような気がしました。

 ご本人の好き嫌いによって、よくない(正しくない)言葉だと指摘しているだけあって、首を傾げたくなる点が複数ありました。

 たとえば、以下です。

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日本では1980年代から「バーチャルリアリティ」などという言葉が用いられて、これが「仮想現実」などと訳されたため、「ヴァーチャル」が「仮想の」という意味だと思われるに至っているが、「ヴァーチャル(virtual)は「実質的な」という意味なので、この訳語は、英語の原語が持っているニュアンスと、それが使われた背景を消してしまう、不適切なものである。
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 これで全部です。「virtual reality」はどう訳されるべき言葉なのかという提案はありません。指摘をするだけで、代替案を出せない著者だということは仕方がないとしても、間違っているとする部分の把握が不適切だと思います。

「virtual reality」というふたつの単語が「仮想現実」という四文字の言葉になったから、前半の「virtual」を「仮想」という意味だと理解するのが、間違っているだけで、「virtual reality」を「仮想現実」と呼ぶことが間違っているようには思えません。現実そのものではないけれども、現実と受けとってしまうほどのものに「仮想現実」という呼び名を与えたことが、不適切と決めつけるのは、どうなんでしょうか。

 これに類することが他にもあるため、注意が必要だと思います。
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