2014年07月11日

「日本人の知らない日本一の国語辞典」

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松井 栄一 著
小学館 出版

 最初のページから、「え、そうなの?」と思わせられました。

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 ほとんどの方が、『大辞泉』や『広辞苑』などを"大型"辞典と考えているかもしれません。
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 わたしは『広辞苑』の電子版を愛用していますが、そう思っていました。そして、それを軽く超える辞書があるとも知りませんでした。その辞書の名は、『日本国語大辞典』だそうです。初版全二十巻、第二版全十三巻と別巻というボリュームのうえ、収録語数は五十万を超えるそうです。広辞苑第六版で24万語らしいので、語数だけ比較しても倍以上ということになります。

 そんな辞書の編纂に二度(初版と第二版)も携わった方がこの本の著者です。なにしろ人々が日々使うなかで変化していく日本語を捕捉すると考えただけで頭が痛くなりそうですが、それを苦労を苦労とも思わず充実した時間を過ごせたと受けとめられている著者の謙虚さからは、清々しさを感じました。

 そのうえ普段わたしが気にもとめなかったことが、さまざまな視点から話題に取りあげられていて、読んでいて飽きる暇がありません。言葉を知り尽くしている方の豊かさだと思います。

 どの話題も興味を惹かれましたが、驚いたのは、外来語の増え方を示す数字です。

 外来語が多い五十音は、「は」〜「はいん」の区間だそうです。たとえば1891年の『言海』で0.6%だったのが、1938年の『言苑』で11%になりました。このあいだおよそ50年です。さらに50年ほど経った1992年の『三省堂国語辞典第四版』では36%になりました。

 外来語の浸透速度は加速するばかりかもしれませんが、少なくとも日本語を書くときは、外来語に頼り過ぎないようにしたいという気持ちが起こりました。
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2014年06月17日

「驚くべき日本語」

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ロジャー・パルバース (Roger Pulvers) 著
早川 敦子 訳
集英社インターナショナル 出版

 母語である英語のほか、ロシア語やポーランド語も堪能で、日本に半世紀近く住む著者が、日本語だけを使っていると気づきにくい日本語の特徴を解説しています。

 氏がこのなかで主張されている点は、大きく分けて3点あります。ひとつめは、日本人は日本語が曖昧な言語で習得が難しいと信じているが、決して曖昧な言語でもなければ、(話し言葉に限れば)習得も容易で、言語として優れているというものです。ふたつめは、宮沢賢治の作品などを挙げて、日本語の響きは美しいという主張です。みっつめは、日本語には、世界語として機能した可能性があったというものです。

 ひとつめの論点は、そのとおりだと思います。ふたつめは、氏の言わんとすることは伝わってきます。ただ、みっつめの論点は無理があると感じました。話し言葉に限っては習得が容易であり柔軟性をもつ優れた言語だから、日本語が世界語として機能することもあり得たとする因果関係は、成り立たない気がします。

 まず、世界語の定義が不明瞭ですが、世界で使われる言語は、言語特性に関係すると聞こえてしまう主張は、現実に即していないと思います。もし大日本帝国が大英帝国を凌ぐ植民地化を進めていたら、日本語が世界語になっていた可能性もゼロではないかもしれません。しかしその場合、日本語が言語として劣っていても関係なかったと考えるほうが自然だと思うのです。

 世界語云々の部分は、わたしには蛇足に見えました。
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2014年04月11日

「語感トレーニング」

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中村 明 著
岩波書店 出版

 著者は、語感を次のように説明しています。

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 <中心的意味>はその語が何を指し示すか、というハードな論理的情報であり、<周辺的意味>は、その語が相手にどういう感じを与えるか、というソフトないわば心理的情報である。(中略)この本では世間一般の用語に従って、前者を「意味」、後者を「語感」と呼んでいる。
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 そして「意味」と「語感」の関係を次のように喩えています。

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 話すときも書くときも、表現者は二つの別の方向から最適なことばに迫る。何かを伝えるかという意味内容の選択と、それをどんな感じで相手に届けるかという表現の選択である。芸術における素材と手法という関係に似ているかもしれない。
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 この本には、虫食い状態になっている文に当てはめられる単語を選ぶドリル問題が55題用意されています。そして、その虫食い部分に当てはめられる単語がなぜ相応しいのか、逆に当てはめられないのはなぜかを検討しながら、語感を確かめていきます。

 感覚的にどれが相応しいか相応しくないか、おおよそ見当はつきますが、その理由を説明するのは意外と難しいと気づきました。

 また、言われたり書かれたりした言葉が指すものや概念自体に違いが感じられるだけでなく、その言葉を選んだ人にも違いが感じられるということも再認識できました。

 たとえば、<ファスナー>と<チャック>では、もの自体の差より、その言葉を選んだ世代の差が感じられます。一方、<キッチン>と<台所>では、そこからイメージされる空間の差も同時に感じられる気がします。

 ただ、虫食い部分に当てはめる言葉自体も、世代や地域によって差があるかもしれないとも思いました。実際にひとつひとつドリルを進めてみると、ちょっとした言葉に対する感覚の差が感じられる気がします。
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2014年04月09日

「日本人の知らない日本語4 海外編」

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蛇蔵/海野凪子 著
メディアファクトリー 出版

 大笑いできるので、わたしのストレス発散のシリーズとなっているこの「日本人の知らない日本語」が海外進出しました。フランス、ベルギー、ドイツ、イギリス、オーストリア、チェコ、スイスなどで日本語を学ぶクラスを訪ねています。

 今作も、いままで同様笑えましたが、少し物足りなさも感じました。タイトルにある「日本人の知らない日本語」があまり登場しないことが原因かと思います。日常的に使っている物の名前を意外と知らなかったり、回りくどい表現を使う傾向があると気づかされたり、そういう身近過ぎて気づかなかった日本語のことが話題の中心から外れていました。

 どちらかというと、諸外国で日本語を学ぶ人が日本に惹かれた理由や、外国と日本の文化の違いなどが中心になっています。それはそれでおもしろいのですが、やはり知っていてしかるべきことを知らなかったことの衝撃に比べれば、インパクトが弱い気がします。

 この本がヒットしたせいか、類似の本を見かけるようになりました。それでも、このシリーズが類似本よりおもしろいと感じるのは、構成が練られているためだと思います。はっと気づく瞬間を再現するよう努めているよう感じられるのです。

 どうせなら、タイトルにある通り、日本人なのに知らない日本語について、はっと気づかされる内容を続けてほしかったと感じました。
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2014年03月19日

「かなり気がかりな日本語」

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野口 恵子 著
集英社 出版

 特定の言葉をとりあげ、その使い方の正誤を考えたり、誤用の場合はその理由を考えたりする類の本ではありません。日本語の変化からコミュニケーションの変化を考察しています。その内容は、抽象的でそれだけでは幾分わかりにくい点があるのですが、実例が列挙されているので、説得力ある内容になっています。

 印象に残っている論点は、ふたつあります。ひとつめは、若者のコミュニケーションのとり方が変化してきている点です。東京の大学で教鞭を執る著者が日常的に聞く日本語は、地理的には東京近辺、世代的には若者が多いという偏りがあります。わたしは、同じ東京近辺に住んでいても接する世代は中高年に偏っているため、若者が言葉を発することなく、相手にすべてを察してもらおうとするコミュニケーションをとるよう変化しているとは知りませんでした。ただわたしでも、直截な表現を避け、曖昧な言葉で伝えようとする姿勢は感じていたので、納得できる点もありました。

 もうひとつは、行き過ぎたと丁寧語です。通常、会話は二者間で成り立ちます。そして話者の身内がその会話に登場するとき、敬語は使われません。しかし著者は、その会話が二者間で完結せず聴衆がいる場合、たとえばテレビ放映のためのインタビューを受ける場合などは、丁寧に話しているという印象を聴衆に与えたいと話者が思うあまり、「(高級ブランドのバッグを)主人に買っていただきました」のように身内に対しても謙譲語を使う傾向があると指摘しています。同様に、身内に対して尊敬語を使って事例も紹介しています。敬語が使われる状況の変化は混乱を招きます。尊敬語と謙譲語があるため、主語が省略されても誤解が起きないと言われた日本語ですが、状況は変わっていくのかもしれません。

 どちらかというと円滑なコミュニケーションを阻害する方向に日本語が変わってきているような気がして、読んでいて不安になりました。
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