2010年10月18日

「Fur Person」

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May Sarton 著
W W Norton & Co Inc 出版

 たった9歳の少年が今まで読んだなかでこの本が一番おもしろかったという手紙を自分に送ってきてくれたと、メイ・サートンのエッセイで披露されていたので、読んでみました。

 メイ・サートンがパートナーと住んでいた家に、野良猫が住みついた実話がもとになっています。物語はその野良猫の価値観で展開していくため、家の主人であるはずのメイ・サートンやそのパートナーは「家政婦」と呼ばれていたりします。つまり、自分の食事を用意したりする召使いだという猫の視点です。たしかに猫って、犬とは違って、そういう風に考えているんだろうなと思うような鷹揚さがある気がします。

 また、ヨガの運動(猫が伸びするしぐさは確かにそう見えます)をしたり、新聞を読み込んだり、しっぽの垂直具合やリズムで気分をあらわしたりするあたり、日々見かける猫から思い当たることばかりで、読んでいて9歳の少年が惹きつけられた魅力がわかりました。

 最高なのは、この猫には紳士猫になるための十か条があることです。そのうちわたしが特に猫らしいと感じたのは次の二つです。

一.名前を呼ばれても筋肉を動かしてはならない。聞こえなかったふりをせよ。
一.怖い目にあったときには、退屈しているふりをせよ。

 近所の野良猫が突然近くに飛んできたボールが当たりそうになったとき、一瞬びくっとしたあと、優雅に尻尾を立ててその場を立ち去ったときのことを思い出したり、友人の飼い猫の名前を呼んだとき、下々の者の相手はしてられませんといった風情で無視されたことを思い出したりしました。

 猫好きの方なら、そうそう、と頷きながら読まれるのではないかと思います。
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2010年03月15日

「Into the Wild」

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Sarah Beth Durst 著
Razorbill 出版

 さまざまなおとぎ話がモチーフになったファンタジーで、おとぎ話を読んだころを懐かしみながら楽しめました。

 昔、ワイルドというおとぎ話の支配者がいました。ワイルドのなかで暮らす人々は、強制的におとぎ話の登場人物にさせられてしまいます。そして、おとぎ話が「めでたし、めでたし」で終わると、登場人物はすべての記憶を失い、またおとぎ話が始まるのです。たとえば、おとぎ話「ラプンツェル」は、魔女がラプンツェルを塔の上に閉じ込めてしまい、ラプンツェルは長い髪を地上に垂らして愛する王子と密会する話です。

 この物語の主人公ジュリーは、そのラプンツェルと王子の娘です。ワイルドから自由になりたいと思ったラプンツェルと王子はワイルドと闘います。そして、身ごもったラプンツェルとラプンツェルを閉じ込めた魔女など、一部の人々だけがワイルドから逃れたのですが、王子はワイルドに残されてしまいました。

 それから5世紀経った現代、もう安全だと思えたラプンツェルは、ジュリーを産み育てます。ジュリーは、普通の暮らしに憧れながらも、数世紀ものあいだ生きている母親や元は魔女だった祖母とワイルドという秘密を抱えながら生きています。ワイルドはいまや、絡み合ったグリーンのような姿になって、ジュリーのベッドの下にいるのです。

 それが、あるとき、ワイルドは突如大きくなって街をのみこみ、昔のようにおとぎ話の世界を繰り広げていくのです。ジュリーはそんなワイルドを止めようと、ワイルドのなかに入っていきます。

 ワイルドのなかでは、いろいろなおとぎ話が展開され、ジュリーとワイルドの闘いもあり、懐かしい気分やひやひや気分が味わえます。続編「Out of the Wild」が出ているので、こちらも楽しみです。
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2010年02月22日

「Red Handed」

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Gena Showalter 著
MTV 出版

 ティーンエージャー向けロマンスです。

 舞台は近未来。宇宙戦争のすえ平和協定を結んだことにより、異星人も地球に居住する権利を得ました。しかし、殺戮を繰り返す不届きな異星人も多く、そんな奴らはA.I.R.という組織が自由に退治できる決まりでした。

 主人公のフェニックスは、17歳。ドラッグに溺れてしまい、母親によって矯正施設に送られてしまった過去をもち、母親に認められたいという強い気持ちを抱えながらも、たったひとりの家族である母親とうまくいかない日々を送っていました。

 そんなある夜、ドラッグで意識が朦朧とする女友達と屋外で過ごしていたとき、異星人に襲われてしまいます。命を落としてもおかしくない状況なのに、意識もはっきりせず戦えない友達を守るためにフェニックスは必死に戦います。そこに、A.I.R.のエージェントがあらわれ、ふたりは九死に一生を得ます。

 しかし、異星人に殺されかけたことをフェニックスの親に知られたくないA.I.R.は、殺されかけてぐったりとしているフェニックスを母親に届ける際、敢えて理由を説明しませんでした。その結果、母親はフェニックスがドラッグでぐったりしていたのではないかと疑います。

 一方、A.I.R.は、フェニックスの異星人との戦いぶりに感嘆し、A.I.R.のエージェント育成所に引き取れないかと母親に持ちかけます。母親はドラッグに娘が溺れていると思いこみ、育成所に娘を入れてしまいます。

 フェニックスは母親の信頼をえられなかったことを悲しみながらも、認められる存在になることを目指します。そうしてフェニックスは育成所で成長を遂げるとともに、恋に落ちます。

 残念ながら、ロマンスの相手があまり魅力的に映らず、わくわくと読み進めるというわけにはいきませんでした。異星人も登場するし、もう少しどきどきやわくわくがあると良かったのですが。
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2009年01月09日

「Takeoffs and Landings」

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Margaret Peterson Haddix 著
Aladdin 出版

 わたしにとって、3冊めのMargaret Peterson Haddix作品。少し物足りなかったです。「Double Identity」や「Escape From Memory」のような、ページを繰る手を止められないような感じはありませんでした。サスペンスではなく、ホーム・ドラマ的な作品だからという理由が大きいとは思いますが。

 表紙やタイトルからわかるように、飛行機の離陸と着陸になぞらえたストーリーになっています。表紙にある飛行機の窓から見えている女の子と男の子が主人公です。女の子は14歳のLori。男の子は15歳のChuck。ふたりは兄妹です。

 8年前、ふたりの父親は亡くなりました。それを機に、両親が運営していた農場を手放し、家族そろって母親の両親のもとで暮らすようになりました。そして、母親は全国から寄せられる講演依頼に応じるため、頻繁に出張するようになりました。

 夏休みの時期になって、母親は突然、5人いる子どものうち、上のふたりである、ChuckとLoriを次の2週間の出張に同行させると言い出します。

 オハイオ州のピックフォード郡から出たことがなかったChuckとLoriは、シカゴ、アトランタ、フィラデルフィア、フェニックス、ロサンジェルスと、母親の講演についていきます。子どもたちは、大勢の人の前で盛大な拍手で迎えられスピーチする母親の姿をはじめて目にします。

 Loriは、母親が一緒に時間を過ごせないあいだ、馴れない場所で何をすればいいのか途方に暮れ、ピックフォードで居場所のあった自分を思います。そして、空虚なホテルという空間で時間を過ごす母親の暮らしがどんなものかと考えたりします。

 一方、Chuckは美術館という自分が時間を忘れて熱中できる場所を見つけます。長らく描いていなかった絵をまた描くようにもなりました。

 そして、この出張に子どもを連れてくると決めた母親自身は、しっくりこない関係を修復したいと考えていました。優等生なのに、Chuckや母親には冷たくあたるLori。太っていることをからかわれて、自分の殻に閉じこもっているように見えるChuck。父親が亡くなったとき、ChuckとLoriは仲良しでした。この旅行が、あの頃の関係に戻るきっかけにならないかと思っていました。

 しかし、普段以上にぎくしゃくとした関係のまま、離陸と着陸を繰り返す家族。そして、最後のロサンジェルスで、ひとつの山を乗り越えるきっかけが見つかります。

 14歳や15歳という難しい年頃、こんなにやすやすとハードルを越えられるかな、と思ったりもしましたが、「ほんわか」しているのは、物語としてそれはそれでいいような気もします。
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2008年08月04日

「When Heaven Fell」

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Carolyn Marsden 著
Candlewick 出版

 コンピュータ・エンジニアとして働いていた頃、ベトナムからいらした研修生と机を並べて作業したことがあります。アウトソース先で、窓口になる人たちを育成しようという計画があり、日本での仕事を学びに来られたそうです。中国へのアウトソースが当たり前になっていた当時、リスク分散として新しいアウトソース先に選んだのがベトナムです。一番の魅力は人件費の安さです。中国と比べて半分もみておけば十分なくらい安いのです。そして、実際に研修生を受け入れてわかったメリットは、現場の精神的負担が少ないことでした。研修担当者によると、昔の日本人に似ている気がするそうです。具体的には、自発的に朝は早くから出社し、勉強されるそうです。また、言われたこと以上の成果を出すための知恵を絞りつつ、謙虚にアドバイスを受け入れるそうです。とても、耳が痛かった記憶があります。

 ベトナムと日本の間には、わたしなどに語れない複雑な過去がありました。それでも、反発的でなく謙虚な姿勢で仕事を請けようとするのは、実は難しいことではないかという気がします。

 そんなことを思い出させてくれたのは、この本です。この著者の本は初めてなのですが、とても心理描写に優れていると思います。語り手である少女の心の揺れが伝わってきます。

 ベトナムに住む主人公Binh(ビン)は、ある日突然、アメリカ人の伯母がいることを知らされます。祖母は米兵との間に娘がいました。しかし、貧しさや偏見などもあり、育てていくのが難しくなり、養子縁組のプログラムに託しました。そして、今、成人した娘が母に会いたいと訪ねてくることになったのです。

 Binhは映画で見たことしかない豊かな国アメリカに想いを馳せます。伯母に連れられ、アメリカに移住することを夢見ます。そして、Binhと同じように、親戚中が夢を抱きます。金持ちのアメリカ人が親戚となれば、家族揃ってアメリカに移住できるかもしれない、少なくとも経済的な援助を受けて、この貧しい暮しから逃れられるかもしれない、と。

 しかし、そんな思惑を察することもできないDi Hai(年長の伯母という意味)は、親戚に豪華な土産を持ってくることもなく、質素な身なりでやってきます。しかし、ベトナムの親戚は何も言うことができません。

 そして、ある日、BinhはDi Haiに、アメリカに連れて行ってくれないかと訊きます。そこで初めて、Di Haiは、親戚の期待を知らされます。アメリカで教師として自立しているとはいえ、雇われの身でできることではありません。連れて行けないという答えを聞いたDi Haiは動揺して、Di Haiはもっと親戚のためにすべきことがあると主張します。困惑しているDi Haiを前に、Binhの両親はBinhにこう言います。アメリカの映画ばっかり見ているから、人を思いやるベトナムの礼儀を忘れてしまったのよ。

 たしかに、このベトナムの家族には礼儀をわきまえるという考えが伺えます。貧しいながらも親戚が集まり、Di Haiをもてなそうとする。裕福なDi Haiに助けを期待しながらも、それを言い出せない。貧しくても、人に優しくしようとする。

 結局、このBinhのひと言から、ふたりはお互いへの理解を深める道すじを辿ります。Di Haiはベトナムの現実を知り、Binhは異国で暮らすことによって失うものを知り、そして近すぎて気づかなかった自分の気持ちや目の前の家族・親戚・先祖に対する想いに気づきます。最後には心あたたまる結末があります。

 希望ということばを思い出しました。
posted by 作楽 at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋書(Age:9-12) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする