2009年12月25日

「Summer Term at St. Clare's」

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Enid Blyton 著
Egmont Books 出版

 「The O'Sullivan Twins」の続きです。タイトルにあるサマー・タームというのは夏休みまでの学期です。双子のパトリシアとイザベルはこの学期で頑張れば、夏休み明けには2年生に進級できると聞かされ、頑張ります。

 しかし、この巻の主役は双子ではなく、それぞれ個性的な5人の新入生たち。サーカス団の一員として育ち並外れた身体能力をもつカーロッタ、いたずら好きで人のためには尽力するのに自分のことはあまり構わないロバータ、まだ13歳なのに15歳に混じって懸命に勉強するパメラ、ファッションなどにしか興味がないセイディー、陰で意地悪をする嫌われ者のプルーデンス。

 このシリーズを読むようになって、英国においてチャンスというものが大きな意味を持つのではないかと思うようになりました。米国人と仕事上で付き合うと、よくフェアだとかフェアでないとか話題になります。日本では、フェアに対する志向性、あるいはフェアという概念そのものが薄い気がするだけに、なんとなく印象に残る話題です。そのフェアであるということの具体的な例がチャンスが与えられる、ということのようです。

 たとえば、パトリシアとイザベルがテニスの対外試合のダブルス選手に選ばれたとき、キャプテンのベリンダは新入生のロバータに補欠選手にならないかと訊きます。それは、一所懸命練習に励むのであれば、補欠選手に選んであげるということです。ロバータは練習が面倒で断ります。といいながら、ロバータはいつもパトリシアとイザベルの練習に付き合ってサーブの練習相手になっていたりするのです。

 そして、試合当日、アクシデントにより補欠選手に出番が回ってきます。それまで優勢だった試合は、どんどん不利になり、結局負けてしまいます。周囲は、ずっと双子の選手と一緒に練習してきたロバートが補欠であれば、いきなり選手交代になっても勝てたのではないかと言います。それはベリンダの判断を責めるように聞こえます。なぜ、ロバータにチャンスが与えられなかったのか、と。もちろん、ロバータなら勝てるとは決められません。ただ、ロバータに任せてみてもよかったのではないかという意見です。

 しかし、ロバータだけは知っていました。ベリンダからチャンスが与えられようとしていたのに、それを取りにいかなかったのは自分だと。その後、ロバータは経験を重ね、チャンスと活かす大切さを学び、積極的に勉強やスポーツに励むようになりました。

 この本の登場人物は15歳くらいなので、ロバータが努力するようになったら結果もすぐ出ました、という結末になっています。でも、もし結果が出なかったら、どうなったのでしょうか? テストの点数などは比較的シンプルですが、スポーツの試合などは相手のレベルによって勝つために必要とされる力に差異があります。負け続けても、チャンスは与えられたのでしょうか?

 チャンスやフェアというものを別の本で考える機会があればいいなと思います。
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2009年09月10日

「The O'Sullivan Twins」

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Enid Blyton 著
Egmont Books Ltd 出版

 「The Twins at St. Clare's」の続編。とはいっても、前回主役だった双子のパトリシアとイザベルは、今回は影が薄い感じでした。

 なんといっても目立っていたのは、クリスマス明けの学期から編入してきた生徒たち。悪目立ちするマージョリー。誰からも好かれるタイプのルーシー。ふたりに比べると脇役といった印象で、双子のいとこになるアリソン。

 マージョリーはとても愛想が悪く嫌われ者で、誰ともうちとけようとしません。しかし、飛び抜けた身体能力がありラクロスの試合などでは大活躍します。そんなマージョリーがある出来事をきっかけに大きく成長します。

 ルーシーは、優しい性格をしているだけでなく、画家として有名な父親の血をひくのか、美術面で才能を発揮します。しかし、家庭内の不幸な出来事がきっかけで、セント・クレアを去らなければいけなくなる状況に追い込まれます。

 今巻でも前巻同様いろいろな事件が起こりますが、一番興味深かったのは、生徒と先生の関係です。日本の場合、先生は生徒を見下ろすような立場にあるように思えるのですが、セント・クレアの場合は違います。なんというか、上下を超えた人と人の関係があるように感じられます。

 二巻目になると、ブリティッシュにも慣れて読みやすくなってきたので、三巻目以降も読みたいと思います。
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2009年08月21日

「The Twins at St. Clare's」

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Enid Blyton 著
Egmont Books Ltd 出版

 イザベルとパトリシアという14歳の双子が、題名にあるセント・クレアという寄宿学校で送る生活が描かれています。実はこのふたり、質素なセント・クレアではなく、裕福層の子供たちばかりが通う別の学校に行きたくて、随分両親にねだったのですが、結局望みが叶わず、ふてくされながら通い始めます。しかし、結局はセント・クレアでの生活が気に入るようになります。

 寄宿学校での暮らしなど想像もつきませんが、読んでいると随分と楽しそうに思えてきます。たとえば、真夜中にパジャマ・パーティのような集まりを開いてお菓子をいっぱい食べたりします。厳しい規則を破ってお菓子をおなかいっぱい食べたのはよかったのですが、翌日気分が悪くなり生徒たちの生活を面倒みてくれる寮母さんにに見破られてしまいます。

 しかし、生徒たちもそんなやんちゃをするばかりではありません。それぞれが問題を抱え、生徒同士で助け合ったりします。そして、この寄宿学校が羨ましく思えるところは、上級生と下級生も相談しあえる仲にあることです。

 いたずらいっぱいで個性的な生徒に着目して読んでもおもしろいですが、逆に先生側に注意して読んでもおもしろいです。常に冷静で厳格な先生もいれば、熱しやすく情にもろい先生もいれば、療養中の先生の代理でいつも生徒たちにからかわれている先生もいて、さまざまです。自分自身が社会人として働いているだけに、先生にも想像をめぐらせるとさらに楽しいです。

 英国の寄宿学校の雰囲気が伝わってくる本です。
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2009年05月15日

「The Hunted」

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Alex Shearer 著
Macmillan Children's Books 出版

 その時代、無料で手に入れられるアンチエイジング・ピルをのめば、200歳程度まで寿命を延ばすことができ、のみ始めた頃の容貌を維持することもできました。でも、人口過密にならないよう自然の摂理が働くのか、ほとんどの人が不妊になり、出生率は異常に低下してしまいます。それに伴い、子どもの誘拐が当たり前になり、高値で売買されるようになりました。運よく子どもを授かった親たちは田舎で人目を避けて暮らし、子どものいない裕福なおとなは、一時間いくらで子どもを借り、子どもと過ごす時間を体験するようになったのです。

 この本の主人公はそういう時間貸しされる子どもです。名前はTarrin。年齢はわかりません。なぜなら、Tarrinの現在の保護者であるDeetは、ある酒場でカード・ゲームに勝ち、酔っ払いの男からTarrinを手に入れたからです。それ以来、Deetが見つけてくる顧客のところで一時間か二時間ずつ子どもらしい子どもを演じるTarrinの収入でふたりは暮らすようになりました。

 そんな極端な世界ではありますが、どこまでも不老長寿を追いかけていけば、そうなるかもしれないと思える程度には現実的な設定です。その歪な世界のなかから、Tarrinは既存の価値観に対する疑問を投げかけます。

 長生きすることではなく、長生きして何をするかが大切なのではないかという疑問。長生きするということは、次の世代が生まれてくる機会を奪うことではないかという疑問。おとながイメージする子どもではなく、自分らしくありたいと思っても、自分らしさを見つけられるのかという疑問。

 最後に拍子抜けするほど唐突な展開があって鼻白みはしたものの、全体の印象は、疑問を呈するかたちが成功している秀作ではないでしょうか。
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2009年04月13日

「The Lovely Bones」

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Alice Sebold 著
Back Bay Books 出版

 主人公はSusie Salmon。1973年12月6日、Susieはたった14歳だというのに、近所に住む変質者にレイプされ殺されてしまいます。その後、Susie自身は天国に行き、残された両親、妹、弟、ボーイ・フレンドのことを見守りながら過ごします。残された家族は、Susieの遺体の一部が発見されたことから、二度と彼女が戻ってこないことを知ります。Susieがいなくなった家族は、少しずつなにかが狂っていきます。犯人を突き止めようとする父親に、辛さから逃げ出そうとして家族をおいて出る母親。

 けれど、家族に何が起こっても、静かに見守るSusieを思い描くと、穏やかな気分になれます。あるがままを受け入れられる気持ちとでもいうのでしょうか。特に妹のLindseyが成長し、自分が夢見ていた経験を重ねていくのを見守っているSusieには切ないものがあります。それと同時に、Susieを失くしたことに打ちのめされている父親のことを普通の娘以上に気遣うLindseyが痛々しくもあります。それでも、残された者は、残された人生で前に進んでいかなくてはなりません。

 不思議な小説だと思います。不思議と恨みを感じないのです。Susieは、未来を奪い取られたにも関わらず、殺人犯に対する怒りをぶちまけたりしません。友人の体を借りて、この世に一度だけ、しかもほんの少しの時間だけ戻ってくるのですが、そのときも殺人犯を追うより、自分の夢を実現させることに時間をつかいます。同じように父親も感情を露わにしません。娘が亡くなった直後、殺人犯が誰なのか父親には直観でわかりました。しかし、証拠がないため、手出しができません。なんとか、証拠を手に入れようとするのですが、それも報復なのかどうなのか、よくわかりません。それよりも、娘はどこにやられたのかを知りたい気持ちや、これ以上被害が出ないようになんとかしたい思いほうが強いように思えるのです。

 そのあたりにリアリティを強く感じ、共感できます。誰でもひどい目に遭わされれば復讐してやりたいと思うでしょう。でも、実際にはどうしていいのかはっきりわからず、ただただ打ちのめされるだけのような気がするのです。

 そんな辛い目に遭っても、ただただ耐えている家族、この世と天国に分たれた家族を見ていると、意識していなかった自分の幸せが感じられます。
posted by 作楽 at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋書(Young Adult) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする