2017年06月10日

「邂逅 (シドニー州都警察殺人捜査課)」

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キャンディス・フォックス (Candice Fox) 著
冨田 ひろみ 訳
東京創元社 出版

 転属してきた男性刑事の視点で語られる現在の捜査、その男性刑事を相棒として迎えた女性刑事の過去、両刑事が追う犯人とその被害者の動き、その3つの軸で展開します。

 カットバック手法で描かれる女性刑事の過去は、警察官として登場したあとに読むには、驚くほど意外な内容です。その影響で読む側の感覚が麻痺するのか、凄惨な現在の事件のインパクトが弱まったように感じられるほどです。また、女性刑事の個性が強く、いろいろな問題を抱えている男性刑事でさえ相対的に霞んで見えてしまうほどです。

 警察小説で、捜査が進行している事件よりも刑事の過去にスポットが当たり、事件を語る刑事より相棒の刑事の個性が際立っているのが気になりつつ読み進めると、最後の最後で、この本のタイトル「邂逅」の意味がわかる仕掛けになっています。この一冊全体が序章といってもいいのかもしれません。

 警察小説だからといって、勧善懲悪やわかりやすい正義を期待すると、その期待が裏切られるタイプの作品だと思います。
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2017年05月02日

「日はまた昇る」

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ヘミングウェイ (E. Hemingway) 著
大久保 康雄 訳
新潮社 出版

文豪おもしろ豆事典」を読んで、文句なしに文豪と認められるヘミングウェイが最初に発表した長篇を読みなおしてみました。数十年前、この作品を読んだとき、日本はバブル経済のなかにありながら、わたし自身はまったくバブルを意識しておらず、そんな状況でも、祝祭ということばが似合うこの作品の華やかな場面にばかり圧倒され、陽気でお気楽な場面しか記憶に残っていませんでした。

 日本のバブル経済が弾け、『失われた10年』が『失われた20年』になって、この作品で『失われた世代』が描く浮かれた日常を読むと、その自堕落な日常から滲みでるような諦念には、的を射た指摘が数多く潜んでいたことに、いまさらながら気がつきました。

 その場しのぎの日常を送っているだけに見えても、自分の力では如何ともしがたいことを抱え、自分を律している部分を見過ごしていたように思います。

 経済がどうであろうとも、戦争を現実として考えにくい、きょうの暮らしの延長線上に将来の暮らしをイメージできる幸運に、日々もっと目を向けるべきなのだと思いました。
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2017年04月18日

「すべての見えない光」

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アンソニー・ドーア (Anthony Doerr) 著
藤井 光 訳
新潮社 出版

 2015年ピューリッツァー賞フィクション部門受賞作品(原題:All the Light We Cannot See)。

 簡潔な文章の描写が的確で、その場面や人物が映像のように浮かびあがるだけではなく、声の質まで感じられるほどでした。第二次世界大戦を背景に、ドイツ生まれの男の子とフランス生まれの女の子の人生がそれぞれに描かれています。

 精巧をきわめた作品だと感じられた理由は、いくつかありますが、そのひとつは、ジグソーパズルのピースひとつひとつが最適な大きさに切りわけられ、最適な順序で差しだされたように感じたことです。

 この作品の男の子と女の子のように主要登場人物がふたりいる場合、それぞれの登場場面が交互に、ある程度時系列に沿って語られるのがよくあるパターンですが、この作品は違います。途中から第三の人物の視点が加わったり、時系列の流れが不規則だったりします。読者は、場面が切り替わるたび、鍵となることばを頼りに、そのピースがどのピースに続いているのか、誰の視点で語られているのか、一定以上の注意を払って読むことになります。ジグソーパズルをつなぎあわせていくそのプロセスが、500ページという長さを感じさせない要因のひとつに思われます。

 ほかにも、スケールの異なる問題が、それぞれ読者との距離を保ちつつ、収まるべきところにピースとして収まっている印象を受けました。

 ひとりの男の子の気持ちも、戦争といった大きな課題も、そのあいだにあるさまざまな問題も、それぞれが、現実社会と同じように収まるべきところに収まり、安易な結論を声高に主張することなく、さまざまな思いを巡らす余地を読者に残しているように見えました。逆にいうと、読む者がどのピースをハイライトしてもいいように描かれていた気がします。
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2017年04月07日

「通い猫アルフィーの奇跡」

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レイチェル・ウェルズ 著
中西 和美 訳
ハーパーコリンズ・ ジャパン 出版

 動物が語る小説としては、犬が主人公の『名犬チェットと探偵バーニーシリーズ』が好きですが、この作品の語り手であるアルフィーは、チェットとは違って、飼い主に死なれてしまったかわいそうな猫です。不遇な時期にあっても堅実かつ勤勉に生活を立て直そうとする前向きな姿勢が、とても健気です。しかも、エサを前にして我を忘れてしまうチェットとは違って、人間の心理を鋭く分析しつつ、計画的に自分の家族を助けようと奔走します。

 そんなしっかり者のアルフィーですが、捕まえてきたネズミを持ち帰るという人間にとっては甚だ迷惑な贈り物を繰り返したり、あまり仕事のできないビジネスパーソンのように『忙しい』を連呼したり、意外な面を見せたりもします。随所にユーモアが感じられ、ほのぼのとした気分に浸れるので、風邪をひいて横になっていたときの読み物として最適でした。

 少子化が進む日本では、猫と犬を合わせたペット人口は、子供の人口を軽く上回ると言われているだけに、読めば癒されるこんな作品が増えるのかもしれません。
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2017年03月24日

「トレント最後の事件」

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E・C・ベントリー (E. C. Bentley) 著
大久保 康雄 訳
東京創元社 出版

 帯に『乱歩が惚れた大傑作』とあります。半世紀以上にわたって読み継がれている作家、江戸川乱歩が高く評価したのも頷ける作品です。

 妻とはこうあるべきといった常識、携帯電話ではなく電報が最速の通信手段であるといったインフラ、指紋採取が最先端だという科学捜査、さまざまな面で古さを感じるのですが、ストーリー展開は、古さを感じさせるどころか、いまでも斬新にうつります。

 この作品の探偵役は、新聞社から派遣されたトレントで、実業界の大物の死を調査します。トレントは、ほかの探偵同様、精力的に証拠を集め、推理を巡らせ、ひとつの結論に達します。通常の探偵小説なら、探偵役が推理を披露して、犯人が特定された時点で、結末を迎えます。この作品の場合、探偵が新聞社から派遣されている関係で、警察を出し抜いて真実を新聞で報道しようとトレントは文章をしたためます。その記事が新聞に掲載されると思いきや、まったく異なる道をたどります。さらに、これで一件落着と思ってから、またひとつ読者の予想を裏切るできごとが起こります。

 そういった基本展開を裏切るストーリーであるにもかかわらず、プロットに無理が感じられません。トリックを開陳するためだけの推理小説と違って、心理面でも辻褄があうよう巧みに作りこまれています。

 探偵が結論を出した中盤以降が、特に楽しめました。
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