2020年03月11日

「旅に出る時ほほえみを」

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ナターリヤ・ソコローワ 著
草鹿 外吉 訳
白水社 出版

 最初に世に出されたのが 1965 年という古い作品で、1967 年に日本語に訳され (邦題は「怪獣 17P」)、1978 年に改訂 (邦題は「旅に出る時ほほえみを」) され、それがここに再刊されたそうです。

 ジャンルとしては、いわゆる SF なのですが、ヨーロッパ・アメリカ流の SF ではなく、ソ連風にいうところの『科学幻想小説 (ナウーチナヤ・ファンタースチカ)』なのだと、巻末の解説に書かれてありました。作者自身はこの物語を『現代のおとぎばなし』と称しているそうで、わたしにはそのジャンルのほうが合っていると思えました。1965 年が遠い過去になってしまったことが理由のひとつかもしれません。

 もうひとつ『おとぎばなし』らしく感じられた理由は、主人公が《人間》と称され、最初の翻訳版のタイトルになっている『怪獣 17P』を発明した者として『怪獣創造者』と呼ばれることはあっても、名前で呼ばれることはありません。

『人間』のほか、重要な役割を担う登場人物はほかにもいて『見習工』や『作家』などと呼ばれ、『むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが』と始まるおとぎばなしに似た雰囲気を感じさせます。

『人間』、『見習工』、『作家』などは、権力に憑りつかれた愚かで恐ろしい者たちに、人として最低限の権利さえ奪われてしまういっぽう、怪獣は優しさと成長を見せるあたり、『おとぎばなし』らしく感じられます。

 この物語のなかで、珍しく名前で呼ばれているルサールカという若い女性は『人間』に対してこう言います。『わたしをつれていって……怪獣のところへ。人間といっしょじゃやっていけないわ。人間といっしょだと、わたし、こわいんです』それに対して『人間』は答えます。『わたしも、そうだ』。

 この物語を象徴する会話だと思います。

 こんな会話が交わされた時代もあったと昔話のように語れるときを迎えたいと思いました。
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2020年02月23日

「サイコセラピスト」

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アレックス・マイクリーディーズ (Alex Michaelides) 著
坂本 あおい 訳
早川書房 出版

 タイトルの「サイコセラピスト」は、本書では心理療法士と訳されています。著者は、セラピーを受けて助けられた経験から、サイコセラピストになる勉強をされたようです。それだけに本作品の主人公である心理療法士セオ・フェイバーが語る内容は、専門用語も混じってリアルです。

 ただ、日本語化に際し、その「サイコセラピスト」をタイトルにしたのはマイナスだったように思います。もとの The Silent Patient のほうが、最後の最後まで結末を想像できず、より楽しめたのではないかと感じました。

 The Silent Patient とは、本作品の主人公セオがどうしても自ら担当したいと願う患者アリシア・ベレンソンのことです。夫殺しという重い罪を犯し、司法精神科施設に収容されていて、一切ことばを発しません。

 アリシアが夫を殺害する 1 か月ほど前から書き始めた日記のようなものが本作品の最初に登場し、セオの心理療法士としての仕事の展開とプライベートの結婚生活の流れの要所で挿しこまれています。この作品において鍵となるのは、この 3 本の糸がどう絡まっているかですが、わたしはついこの日記が鍵だと思いこんでしまいました。

 昔読んだ「ゴーン・ガール」に登場する日記のことが思い出され、この日記に真実があるのか、最後まで気になって仕方がありませんでしたが、日記の役割が明かされたときは、ほんの少し正義が残されていたように感じ、読後感は悪くありませんでした。

 誰が精神を病んでいるのか、それを知りたいと思ってしまうページターナーです。
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2019年12月29日

「三つ編み」

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レティシア・コロンバニ (Laetitia Colombani) 著
齋藤 可津子 訳
早川書房 出版

 暮らす国も望みや悩みも異なる三人の女性の人生が三つ編みのように編みこまれた作品です。登場するのは、インドのカースト制度の外側に位置づけられる不可触民 (ダリット) として生まれ自らの手で糞便を集めて生計を立てているスミタ、イタリアのシチリアで祖父が始めた家業を手伝う 20 歳のジュリア、カナダでアソシエイト弁護士として働きながら 3 人の子供を育てている 40 歳のシングルマザーのサラです。

 最初は何の関わりもないように見えた三人が物語が最後で綺麗に交わる構成は見事で、よくできた作品だと思わずにいられませんでした。実際この作品は、32 か国で翻訳され、様々な環境のもとに暮らす人たちに様々な言語で読まれたベストセラーです。

 巻末の解説では『いわゆるフェミニズム小説』とありますが、わたしは、そのことばに少し違和感を覚えました。日本に住むわたしが、カナダの状況を理解できているとは言い難いかもしれませんが、カナダのサラのように、人を蹴落としてでも権力ある立場に立とうとする人たちに混じって椅子取りゲームに参加すれば、男性でもサラと似た立場に追い込まれたのではないかと思いました。

 ただ間違いないのは、インドのスミタの目には恵まれているように映るであろうサラの立場でも、闘わなければ手に入らないものが数多くあるのが現実で、人はそれぞれ自分が求めるものは自分で掴み取らなければ手に入らないということだと思います。そして、行動を起こさなければ何も変わらないということも、スミタ、ジュリア、サラのように置かれた環境が違っていても、共通するのではないでしょうか。

 三人の人生が交わったのは、それぞれが自分で行動を起こした結果だということに意味があるように思えました。
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2019年10月21日

「インスマスの影 クトゥルー神話傑作選」

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H・P・ラヴクラフト (Howard Phillips Lovecraft) 著
南條 竹則 編訳
新潮社 出版

 科学がすべてを明らかにしてくれると思って生きている多くの現代人とは違って、これらの作品をラブクラフトが書いた時代の大半の人には、地球ができる前から存在する生命体といった人智の及ばない領域を容易に信ずることができる土壌があったのだと思います。

 つまり、暗闇を見つけるのが難しいような暮らしをしているわたしが、ラブクラフトが作り上げた怪奇世界に惹きこまれることはないだろうと思って読み始めましたが、結果的に、その予想は裏切られました。

 以下の七篇のうち「暗闇の出没者」では、謎の生物が地球の外から来たことや高度な科学技術を有することなどが事細かに描かれ、その地球外生命体との接触に対し想像が膨らみました。怪奇小説と呼ばれても、SF らしさもある作品だと思います。

−異次元の色彩
−ダンウィッチの怪
−クトゥルーの呼び声
−ニャルラトホテプ
−闇にささやくもの
−暗闇の出没者
−インスマスの影

 また「インスマスの影」は、語り手が自らの恐ろしい体験を披露しているのですが、その体験を凌ぐ恐ろしい事実が最後に明かされます。伏線が張られて回収されるさまは、ミステリーを思わせます。

 初めてラヴクラフトを読みましたが、思いのほか楽しめました。
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2019年06月26日

「飛べない龍」

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蘇 童 (Su Tong) 著
村上 満里子 訳
文芸社 出版

 日本語で読める中国の現代作品は少ないので、少し古い作品 (2007年出版) ですが、いただいたのを機に読んでみました。

 帯に『数カ国語で出版、映画化作品も多数』とあり、この作家の力量を称えていますが、この作品に限ってはそこまで秀でたものには思えませんでした。ただ、文学を目指す人たちにとって自由闊達に表現できる環境とはいいがたいであろう中国で創作を続けている作家の作品が日本語に翻訳されたことは、ある程度の評価を受けて当然だとも思います。

 この本の舞台は急速に都市化が進んだある街です。そこにあった路地や密集住宅が壊されるいっぽう高いビルが建ち、貧しい人たちが追いはらわれたあとに、いわゆるエリートが働くオフィス街ができ、何もかも変わったように見えても、そこにいた人たちもみな変われたわけではありません。

 若さを武器に夢を追いかけて街に来た女、成功を夢見て次々と事業に手を出した男、住み慣れた街が変貌を遂げてもそこに留まろうとあがく中年男、急激に栄えた街で上昇志向に燃える女、流行の波に乗って成功した兄弟、群像劇のような作品には個性の異なる人物が数多く登場しますが、この作品のなかでスポットライトが当たるのは、変貌した街の中心に踊りでることができない人たちです。

 いま貿易をめぐって米国と対立している中国では、都市部で働いていた農村出身者たちが大量に農村へ戻っているといわれています。この小説のような光景が見られているのかもしれないと思いました。気分が塞ぐ話ですが、華やかな場に留まる人たちができる範囲で夢に破れた人たちに優しく接する場面に救われました。
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