2018年12月21日

「六つの航跡」

20181221「六つの航跡」.jpg

ムア・ラファティ (Mur Lafferty) 著
茂木 健 訳
東京創元社 出版

 倫理的問題を別にすれば、人間のクローンを作製できそうな現代においても、人間の記憶を自由自在に書きかえたり、ある身体から別の身体に移しかえたりはできそうにはありません。でもこの作品の社会では、人間の遺伝子を操作することも、記憶を書きかえたり移したりすることも、クローンを作製することもすべて法律の枠組みのなかで可能となっています。

 つまり人に死が訪れれば、クローンを作製し、マインドマップと呼ばれる記憶データをインストールし、新しい身体とバックアップされていたマインドマップでさらに生き続けられるわけです。また敵対する人物を誘拐して思想や記憶を書きかえ、自分の味方につけてしまうことなどもできます。

 タイトルは、ある宇宙船の乗組員六人がそれぞれ何百年かにわたりクローン人生を送った軌跡を宇宙船の軌跡、つまり航跡になぞらえてあります。六つの航跡がどう交わり、どう影響しあうのか、気になって先を急いで読みすすめました。

 それぞれの登場人物の心理的描写はあまり多くありません。それでも読んでいると色々考えさせられました。(ヒトから生まれた) 人間とクローンが争う場面では人間とクローンの違いが何か考えてしまいました。また遺伝子操作について、身体的障害などを取り除く操作は仕事として請け負うけれど、思想の操作は請け負わない人物が登場すると、遺伝子操作に善悪の境はあるのか考えてしまいました。

 そういう意味で、SF としてこの作品は成功していると思います。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月17日

「誰かが嘘をついている」

20181217「誰かが嘘をついている」.png

カレン・M・マクマナス (Karen M. McManus) 著
服部 京子 訳
東京創元社 出版

 タイトルの「誰かが嘘をついている」の原題は、"One of Us Is Lying" です。この Us は、殺人事件の舞台となったベイビュー高校の生徒を指しています。

 ある放課後、エイヴリーという教師が、ブロンウィン、ネイト、アディ、クーパー、サイモンの 5 人の生徒に居残りを命じて課題を与え、ちょっとしたハプニングをきっかけに生徒を残してその場を離れたあいだに、サイモンが苦しみだし、結果的に死に至ります。ピーナッツアレルギーなのに、ピーナッツオイルが入った水を飲み、ショック状態に陥ったためです。当然ながら、なぜピーナッツオイルが混入したのかが焦点になります。

 ここでわたしに効いたのがタイトルです。嘘をついている生徒が犯人だと思ってしまい、1 番怪しい人物が小説のなかで嘘と呼べるほどの嘘をついていないことから犯人ではないと思いこんでしまいました。しかしタイトルでは、嘘をついた人物が犯人だとはいっていません。また単独犯だともいっていません。

 うまく読者を誘導し、伏線を張り巡らせ、それらを丁寧に回収し、上々のミステリとして仕上がっています。

 そしてその場に居合わせた高校生それぞれが犯人が誰かを考えるなかで、自身の問題に向き合い成長していくことから、青春小説や成長物語としても読めます。

 スクールカーストということばや SNS のない高校生時代を過ごしたわたしにとっては、謎解きと同じくらい青春小説としても楽しめました。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月24日

「こうしてイギリスから熊がいなくなりました」

20181124「こうしてイギリスから熊がいなくなりました」.png

ミック・ジャクソン 著
田内 志文 訳
東京創元社 出版

 帯などに『寓話』とあるのですが、わたしには教訓や諷刺といった要素はあまり感じられませんでした。以下の 8 つが収められた短篇 (連作) 集ともとれますが、翻訳家は、どちらかというと中篇小説のように捉えたのかもしれません。

 そう思った理由は、邦題です。原題は、"Bears of England" で、「イギリスの熊 (たち)」ぐらいの意味です。それに少し情報を加えたのは、8 篇の並びとも関係があります。

- 精霊熊
- 罪食い熊
- 鎖につながれた熊
- サーカスの熊
- 下水熊
- 市民熊
- 夜の熊
- 偉大なる熊 (グレート・ベア)

 タイトルにあるとおり、イギリスでは 11 世紀に熊が絶滅したのですが、その原因は狩猟だったようです。そこから推察するに、熊が現代のトキのように大切にされていた時期もなかったでしょうし、また絶えて久しい熊の存在が、現に目の前に存在する動物たちに比べ、妖精といった存在に近いと捉えられても不思議ではないように思います。

 実は、そう思えるような不思議なストーリーがこの本にはあります。虐げられ、悲しい思いをする数々の熊が、文章と挿絵で描かれています。熊を人と見ることもできますし、読者それぞれがストーリーを自由に見ることができる作品だと思います。

 読まれるときは、最後の訳者あとがきから読まれることをお勧めします。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月29日

「遅番記者」

20180929「遅番記者」.png

ジェイムズ・ジラード (James Preston Girard) 著
柴田 京子 訳
講談社 出版

 友人の本棚で見つけて貰いうけた古い本ですが、わたしにとっては当たりでした。連続殺人犯を追う捜査をメインに、犯人を追う側の家庭の崩壊と再生がサブストーリーになっている一般的な展開なのですが、少しひねりがきいています。

 まず、タイトルにある遅番記者は、夜間対応の遊軍のような記者です。窓際とはいわないまでも華々しい仕事をしていないその記者が連続殺人犯担当の捜査員に張りついて取材することになります。警察官と同じように事件を追うものの、事件を見る角度がやや異なり、それがこの作品の個性のひとつになっています。

 さらに、冒頭では連続殺人犯を追うことがメインストーリーのように見えていましたが、気がつくとサブストーリーと思っていた犯人を追う側の家庭の崩壊と再生がメインと入れ替わったように見える点も珍しいように思います。

 連続殺人犯の被害にあった女性たちの大部分は、事件に巻きこまれるようなタイプではないことから、普通の人が過ごす何気ない日常が一瞬にして奪われてしまう危険性が世の中に潜んでいるという事実が、事件を追う者に突きつけられます。それによって、日常は、いつ失われてもおかしくないものという感覚が遅番記者に伝わり、物語の展開に影響を与えると同時に物語に占める割合も大きくなっていきます。

 最後に、連続殺人犯の逮捕においても、意外な結末が用意されていて、犯人を追う側の意外な落着とともに、終わりまで目が離せない展開になっています。

 古典的な構成だと思って読み始めましたが、その枠におさまらない部分も楽しんで読めました。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月28日

「天国通り殺人事件」

20180928「天国通り殺人事件」.png

シュテファン・スルペツキ (Stefan Slupetzky) 著
北川 和代 訳
東京創元社 出版

 オーストリアの作家による作品です。普段オーストリアの作品を読む機会が少ないので、期待して読んだのですが、2 つの点で物足りなさを感じました。

 ひとつは、人物描写が少ない点です。主人公ですら、価値観や信念のような内面も過去も描かれていないため、人間らしさに欠けて見えます。

 もうひとつは、中途半端な位置づけの作品だという点です。

 最初に殺人事件が起こり、主人公が犯人に取り違えられるような状況に陥ります。次に主人公は、自身が犯人ではないことを証明すべく真犯人を見つけだすために行動を起こします。ここまでの展開は、コージーミステリのお決まりパターンですが、コージーミステリの素人探偵のような微笑ましさは感じられません。肝心の主人公が元刑事という設定で、素人探偵役には無理があり、また彼の行き当たりばったりな行動が笑いを誘うユーモラスな展開ともいいがたいものがあります。

 では、ミステリとして謎解きを楽しめるかというと、それも難しいように思いました。素人の読者にもわかるような手がかりがないだけでなく、元刑事が探偵役になっているわりには推理も展開されません。

 このシリーズは、すでに 4 作品刊行されていて、本作は、ブルグドルファー・ミステリ大賞を受賞しているそうです。ユーモア (どちらかといえばブラックユーモア) が売りの作品かもしれませんが、日本語にした時点で失われたのかもしれませんし、オーストリアの文化やウィーン語に疎いわたしには伝わらないものだったのかもしれません。でも、わたしには合わない作品でした。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする