2017年07月13日

「楽園 (シドニー州都警察殺人捜査課)」

20170713「楽園」.png

キャンディス・フォックス (Candice Fox) 著
冨田 ひろみ 訳
東京創元社 出版

邂逅」の続編で、前作と同じくカットバック手法がとられています。前作では女性刑事エデンと兄の過去が明らかになりましたが、今作で明らかになるのはエデンの養父ハデスの過去です。そして前作同様男性刑事フランクの視点で現在の事件捜査が語られます。

邂逅」のときも、型に嵌らない展開にとまどったのですが、今作もその点は同じです。警察を舞台にした小説でありながら、警察官が公務として追う事件よりも警察官が個人として追う過去や悪人に重きがおかれています。それは、警察官という公僕であっても、理不尽な目に遭えば憤りを覚えるひとりの人間だということを突きつけ、正義とは何か、善と悪の線引きはどこにあるのかを問う意図があるのかもしれません。

 あと特徴的なのは、このシリーズは、一作一作がいちおう完結していても、連続ドラマのように各作品の最後に思いもかけない展開があり、それが次の作品でどうつながるかが気になるよう作られていて、シリーズの途中から読んだ場合、その世界に入り込めないようになっています。シリーズ作品では、シリーズ全体がぶどうの房で、一作が一粒のぶどうに当たり、どの一粒を取っても楽しめるようになっている場合が多いのですが、このシリーズはそうなっていません。読む場合は、第一作の「邂逅」から読み始めることをお勧めします。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

「邂逅 (シドニー州都警察殺人捜査課)」

20170610「邂逅」.png

キャンディス・フォックス (Candice Fox) 著
冨田 ひろみ 訳
東京創元社 出版

 転属してきた男性刑事の視点で語られる現在の捜査、その男性刑事を相棒として迎えた女性刑事の過去、両刑事が追う犯人とその被害者の動き、その3つの軸で展開します。

 カットバック手法で描かれる女性刑事の過去は、警察官として登場したあとに読むには、驚くほど意外な内容です。その影響で読む側の感覚が麻痺するのか、凄惨な現在の事件のインパクトが弱まったように感じられるほどです。また、女性刑事の個性が強く、いろいろな問題を抱えている男性刑事でさえ相対的に霞んで見えてしまうほどです。

 警察小説で、捜査が進行している事件よりも刑事の過去にスポットが当たり、事件を語る刑事より相棒の刑事の個性が際立っているのが気になりつつ読み進めると、最後の最後で、この本のタイトル「邂逅」の意味がわかる仕掛けになっています。この一冊全体が序章といってもいいのかもしれません。

 警察小説だからといって、勧善懲悪やわかりやすい正義を期待すると、その期待が裏切られるタイプの作品だと思います。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月02日

「日はまた昇る」

20170502「日はまた昇る」.png

ヘミングウェイ (E. Hemingway) 著
大久保 康雄 訳
新潮社 出版

文豪おもしろ豆事典」を読んで、文句なしに文豪と認められるヘミングウェイが最初に発表した長篇を読みなおしてみました。数十年前、この作品を読んだとき、日本はバブル経済のなかにありながら、わたし自身はまったくバブルを意識しておらず、そんな状況でも、祝祭ということばが似合うこの作品の華やかな場面にばかり圧倒され、陽気でお気楽な場面しか記憶に残っていませんでした。

 日本のバブル経済が弾け、『失われた10年』が『失われた20年』になって、この作品で『失われた世代』が描く浮かれた日常を読むと、その自堕落な日常から滲みでるような諦念には、的を射た指摘が数多く潜んでいたことに、いまさらながら気がつきました。

 その場しのぎの日常を送っているだけに見えても、自分の力では如何ともしがたいことを抱え、自分を律している部分を見過ごしていたように思います。

 経済がどうであろうとも、戦争を現実として考えにくい、きょうの暮らしの延長線上に将来の暮らしをイメージできる幸運に、日々もっと目を向けるべきなのだと思いました。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月18日

「すべての見えない光」

20170418「すべての見えない光」.png

アンソニー・ドーア (Anthony Doerr) 著
藤井 光 訳
新潮社 出版

 2015年ピューリッツァー賞フィクション部門受賞作品(原題:All the Light We Cannot See)。

 簡潔な文章の描写が的確で、その場面や人物が映像のように浮かびあがるだけではなく、声の質まで感じられるほどでした。第二次世界大戦を背景に、ドイツ生まれの男の子とフランス生まれの女の子の人生がそれぞれに描かれています。

 精巧をきわめた作品だと感じられた理由は、いくつかありますが、そのひとつは、ジグソーパズルのピースひとつひとつが最適な大きさに切りわけられ、最適な順序で差しだされたように感じたことです。

 この作品の男の子と女の子のように主要登場人物がふたりいる場合、それぞれの登場場面が交互に、ある程度時系列に沿って語られるのがよくあるパターンですが、この作品は違います。途中から第三の人物の視点が加わったり、時系列の流れが不規則だったりします。読者は、場面が切り替わるたび、鍵となることばを頼りに、そのピースがどのピースに続いているのか、誰の視点で語られているのか、一定以上の注意を払って読むことになります。ジグソーパズルをつなぎあわせていくそのプロセスが、500ページという長さを感じさせない要因のひとつに思われます。

 ほかにも、スケールの異なる問題が、それぞれ読者との距離を保ちつつ、収まるべきところにピースとして収まっている印象を受けました。

 ひとりの男の子の気持ちも、戦争といった大きな課題も、そのあいだにあるさまざまな問題も、それぞれが、現実社会と同じように収まるべきところに収まり、安易な結論を声高に主張することなく、さまざまな思いを巡らす余地を読者に残しているように見えました。逆にいうと、読む者がどのピースをハイライトしてもいいように描かれていた気がします。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月07日

「通い猫アルフィーの奇跡」

20170407「通い猫アルフィーの奇跡」.png

レイチェル・ウェルズ 著
中西 和美 訳
ハーパーコリンズ・ ジャパン 出版

 動物が語る小説としては、犬が主人公の『名犬チェットと探偵バーニーシリーズ』が好きですが、この作品の語り手であるアルフィーは、チェットとは違って、飼い主に死なれてしまったかわいそうな猫です。不遇な時期にあっても堅実かつ勤勉に生活を立て直そうとする前向きな姿勢が、とても健気です。しかも、エサを前にして我を忘れてしまうチェットとは違って、人間の心理を鋭く分析しつつ、計画的に自分の家族を助けようと奔走します。

 そんなしっかり者のアルフィーですが、捕まえてきたネズミを持ち帰るという人間にとっては甚だ迷惑な贈り物を繰り返したり、あまり仕事のできないビジネスパーソンのように『忙しい』を連呼したり、意外な面を見せたりもします。随所にユーモアが感じられ、ほのぼのとした気分に浸れるので、風邪をひいて横になっていたときの読み物として最適でした。

 少子化が進む日本では、猫と犬を合わせたペット人口は、子供の人口を軽く上回ると言われているだけに、読めば癒されるこんな作品が増えるのかもしれません。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする