2016年06月23日

「ミリオンズ」

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フランク・コットレル・ボイス (Frank Cottrell Boyce) 著
池田 真紀子 訳
新潮社 出版

 少し古い本なので、設定も少し古く、通貨にユーロが導入される直前に焼却処分される予定の古い貨幣が盗まれ、その一部がひょんなことからある少年に渡り、あれやこれやのハプニングが引き起こされるというものです。

 その大量の紙幣を拾った少年は、ダミアンという小学五年生で、ありとあらゆる聖人に精通しているものの、まったく空気を読めない風変わりな子です。そしてダミアンの兄アンソニーも弟に負けず個性的で、家を帰る場所だとか住処とかではなく優良資産と捉えるような現実的な子です。

 そんな対照的な兄弟が、ああでもないこうでもないとお金の使い道を考える場面には、ときおり耳が痛くなるような風刺がきいていることもあったり、ハチャメチャなようでいて考えさせられることもあります。映画化されたそうですが、映像のほうがハチャメチャぶりのインパクトが大きくなって、より楽しめたのではないかと思えた作品です。
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2016年06月09日

「地球の中心までトンネルを掘る」

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ケヴィン・ウィルソン (Kevin Wilson) 著
芹澤 恵 訳
東京創元社 出版

 以下が収められている短篇集です。

−替え玉
−発火点
−今は亡き姉ハンドブック:繊細な少年のための手引き
−ツルの舞う家
−モータルコンバット
−地球の中心までトンネルを掘る
−弾丸マクシミリアン
−女子合唱部の指揮者を愛人にした男の物語(もしくは歯の生えた赤ん坊の)
−ゴー・ファイト・ウィン
−あれやこれや博物館
−ワースト・ケース・シナリオ株式会社

 揃いもそろってみな、現実味の薄い設定でありながら、描かれている心情としては、部分的に強く共感したり、納得できたりする作品ばかりです。

 たとえば、「地球の中心までトンネルを掘る」では、3人の若者が身近な道具でどんどんトンネルを掘るのですが、実際そんなことはできそうにありません。でも、その3人の若者が、それぞれカナダ史で、ジェンダー学で、モールス信号の研究で学位を修めたものの、社会に出て経済的に自立するために必要なことは学んでこなかった事実に大学を卒業して初めて気づき、自分自身をもてあます心情には寄り添えます。また、教育機関と社会生活が乖離している不条理さも理解できます。

 こういう滑稽な状況設定とリアルな心理描写は、終始現在形で語られる文体と妙にマッチしていて、独特の臨場感が感じられ、楽しめました。
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2016年03月27日

「世界を回せ」

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コラム・マッキャン (Colum McCann) 著
小山 太一/宮本 朋子 訳
河出書房新社 出版

 1974年8月7日、世界貿易センターのツインタワーの間、高さ400メートルのところにワイヤーを張り、命綱もなしに1本のポールでバランスをとりながら男がビルの間を渡った実話を1本の糸として、同時代を生きたさまざまな人(こちらはフィクション)もそれぞれが1本の糸となって、紡がれたような物語です。どれが縦糸なのかどれが横糸なのか、織りあがったときにどの色が目立つのか、読み終えてみなければわからず、読む人によって織りあがりのイメージも異なるような作品です。

 さまざまな人々が交わったり、交わらなかったりしながら、物語が進行しますが、数多い交わりのなかでも、クレアという裕福な白人女性とグロリアという貧しい黒人女性が出会い長きにわたって友情を育む関係が、わたしがイメージする全体の構図では、ひときわ目立っていました。1970年代という時代において、それは、高さ400メートルのワイヤーを渡るのと同じくらい難しいことだったはずです。

 この物語に登場するのは、高さ400メートルのワイヤーを渡るほど注目はされなくても、それぞれ困難を乗り越え、自分なりの価値観で生きた人々です。そしてそれぞれの人物がしっかりとした個性をもっていて、いまも回り続ける地球のどこかで実際に存在しているところをイメージできそうなくらいです。わたしには、クレアとグロリアが30年近くものあいだ、どのように互いを思いやったかが見えるようでした。
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2016年03月22日

「オータム・タイガー」

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ボブ・ラングレー (Bob Langley) 著
東江 一紀 訳
東京創元社 出版

 主人公のタリーは、第二次世界大戦時に工作員として活躍し、その後CIAの管理職としてキャリアを積んだという経歴の持ち主です。そして4日後に退官することになっているいま、東ドイツ諜報機関の大物が、アメリカに亡命するにあたって、タリーの立ちあいを求めました。工作員を退いて30年以上経ったいま、なぜ自分が指名されたのかという謎がタリーの前に突如あらわれたわけです。

 もちろん結末では、その謎がすべて明かされるわけですが、そこには戦争という非常事態における国同士の駆け引きという側面とそのなかに巻きこまれてしまえば為す術もなく自由意思を奪われる国民の悲哀という側面があり、スパイ小説のスリルだけでなく、人間の良心や恋愛感情から生まれるドラマも楽しめます。

 国の命運がかかった責務を背負っていても、人としての感情が自然と沸き起こるあたり、戦争の辛さをあらためて感じました。ただ、その戦争が終わっても、国民は、奪われたものを取り返すこともできません。感情を抑え、生をまっとうした個人の切なさなど、来し方を振り返る心情が巧みに描かれていました。
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2016年01月29日

「マジシャンは騙りを破る」

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ジョン・ガスパード (John Gaspard) 著
法村 里絵 訳
東京創元社 出版

 わたし好みのコージーミステリでした。

 描写については、主役も脇役も、登場人物の個性が巧みに描きわけられていて、読んでいると自然とイメージが定まってきます。展開については、あちこちに張られた伏線をうまく回収しつつ、読者をところどころミスリードしたりして、中弛みを感じることがありませんでした。このあたりは、一般的な読者なら、それなりに高く評価する点ではないかと思います。

 そのほか、コージーミステリに対するわたしの好みに合っていて、個人的に高く評価した点は、ユーモアのセンスがあちこちに散りばめられている点、マジシャンという一風変わった職業を選んだことを除けば主人公のイーライがきわめてふつうでありながら『いい人』で共感しやすかった点、バランスがよかった点などです。最後のバランスというのは、あまりにものごとを決めつけすぎていないことを指しています。たとえば、マジシャンであるイーライが似非超能力者の種や仕掛けを看破する場面もありますが、超能力を全面的に否定しているわけでも、肯定しているわけでもありません。否定的意見も肯定的意見もバランスよくでてくるため、読んでいて居心地が悪くなりません。

 原作のほうはすでにシリーズ3作目まで出版されていて、2作目も東京創元社から刊行される予定だそうです。2作目が楽しみです。
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