2018年05月10日

「ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ」

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アンジー・トーマス (Angie Thomas) 著
服部 理佳 訳
岩崎書店 出版

 スターという名の 16 歳の高校生の視点で進むので、読み始めてすぐは、彼女が暗に告げている内容を拾えないのではないかと感じたのですが、少し読み進めると、わたしが理解できないかもしれないと思った原因は、世代の差ではなく、昔ほど表だってはいないものの依然現代のアメリカに残る人種差別やその背景の認知力の差だとわかりました。そしてさらに読み進めると、生まれも育ちもゲットーながら、両親の必死の努力もあり富裕層の子供たちに交じって高校に通っているスターの葛藤がはっきりと伝わってきました。

 いわゆるヤングアダルトに分類される作品ですが、非現実的なハッピーエンドではありません。葛藤と向き合ったスターは、自ら声をあげ行動を起こし何かを変えるため前に進むこと、世間一般のものさしではなく自らのものさしで判断し取捨選択すること、価値観を共有できる仲間であれば肌の色や貧富の差からくる溝を埋められる可能性があること、そういった数々のことがらを学び、成長しますが、厳しい現実に直面することもあります。

 ゲットーにいる自分と富裕層に交じっている自分を使い分けながらも、その自らのギャップにとまどう気持ちに共感できましたし、また人種差別をいますぐ無くすことはできなくても、自分が変われば周囲を変えることができるといった明るさに爽快感を感じました。

2018年01月05日

「老人犯罪団の逆襲」

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カタリーナ・インゲルマン=スンドベリ (Catharina Ingelman-Sundberg) 著
木村 由利子 訳
東京創元社 出版

犯罪は老人のたしなみ」の続編です。タイトルにある老人犯罪団は、5人で合計400歳という年齢を武器に、認知症のフリをしてピンチを切り抜けるという最終手段に訴えることもありますが、周到に計画を立てたり、リハーサルを繰り返したり、犯罪のたびに手口を変えたりといったプロフェッショナルな面も併せ持つユーモラスな集団です。

 そうはいっても、にわか犯罪団なので詰めが甘く、手に入れた金銭や高額品をいともあっさり紛失してしまうというドタバタだらけで、それが読みどころのひとつになっています。前作同様今作でも、失くしたものが巡り巡って目の前にあらわれる場面がいくつかあるのですが、80歳の現役窃盗犯たちよりも、非現実的な設定になっています。

 そんな笑えるほど非現実的な設定があっても、とりあえず楽しく読めてしまうのは、80歳前後のお年寄りが寝たきりになってしまうのではなく、目標をもって元気に窃盗に励み、社会貢献を果たし、5人の共同生活を楽しむという明るさの為せるワザです。こと老後に関しては、暗いニュースが多い世の中にあって、こういうストーリーは、多少のことは目をつぶる気になれてしまいます。
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2017年12月21日

「犯罪は老人のたしなみ」

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カタリーナ・インゲルマン=スンドベリ (Catharina Ingelman-Sundberg) 著
木村 由利子 訳
東京創元社 出版

老人たちの生活と推理」や「氷の女王が死んだ」と同じように老人ホームに住むお年寄りたちが主人公なのですが、受ける印象は、かなり違っています。

「老人たちの生活と推理」で始まるシリーズの老人ホームは、アメリカのサンディエゴ近郊にあり、この作品のほうは、スウェーデンのソーデル(ストックホルムから車で半時間ほど)にあるという地理的な違い以上に大きな違いは、「老人たちの生活と推理」が高級老人ホームを舞台としているいっぽう、こちらは庶民的な老人ホームのようです。

 庶民的な老人ホームのようです、などと書くと、自信がないように見えますが、実際に自信はありません。なにしろ、この庶民的な老人ホームの経営者が変わったことをきっかけに、入居者であるお年寄りたちは、自分たちの老人ホームに比べて、刑務所のほうがいい暮らしをできるなどと思い始めるのですが、主人公のメッタは、老人ホームで2DKの部屋に住んでいます。なんとも羨ましい話だと思ってしまうのは、わたしだけでしょうか。

 しかし、スウェーデンの解放刑務所と呼ばれる刑務所の待遇は、たしかに悪くありません。監視付きとはいえ、外出もできます。これはスウェーデンの一般的な話なのか、あくまでもフィクションなのか、気になったくらいです。

 そしてタイトルにあるとおり、お年寄りたちは犯罪に手を染めてしまいます。しかし、なぜか憎めず、犯罪にかかわる前よりずっと元気になったお年寄りたちをつい応援してしまいました。
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2017年12月14日

「ポンド氏の逆説」

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G・K・チェスタトン (G. K. Chesterton) 著
南條 竹則 訳
東京創元社 出版

 ミステリを読むことは、ゲームに参加することに少し似ている気がします。暗黙のルールがある程度あって、そのなかで作家は、謎を作って自ら解いて見せますが、読者はその謎解きに一歩先んじよう、つまりゲームに勝ったかのような気分を味わってみたいと思いながら読んでいるのではないでしょうか。そして解くべき謎の定番は、犯人は誰? 手口は? 動機は? といったあたりでしょうか。

 この短篇集は、それら定番の謎解きではありません。タイトルにある逆説が謎です。逆説というのは『急がば回れ』とか『負けるが勝ち』というものです。初めて聞いたとき誰でも、負けは負けであって勝ちではないと言いたくなるものだと思います。この短篇集のポンド氏は、「何も飲み物がなかったので、みんなすぐ酔っぱらいました」とか「当然のことながら、彼は脚がないので徒歩競争に勝ちました」といったことを、さらりと言ってのけます。そして、謎解きにあたる部分は、逆説の解説です。

 この短篇集には、次の作品が収められていますが、どれにもポンド氏の逆説がある程度含まれています。ただ、逆説にこだわるあまり、リアリティに欠けてしまった「恐ろしき色男」のような作品もあれば、眼の錯覚などを利用した「高すぎる話」のような得心がいく作品もあります。わたしが気に入ったのは、「恋人たちの指輪」です。しかし、ゲームのルールが特殊なので、馴染むことはできませんでした。

ー黙示録の三人の騎者
ーガヘガン大尉の罪
ー博士の意見が一致する時
ーポンドのパンタルーン
ー名前を出せぬ男
ー恋人たちの指輪
ー恐ろしき色男
ー高すぎる話
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2017年11月10日

「湖の男」

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アーナルデュル・インドリダソン 著
柳沢 由実子 訳
東京創元社

 エーレンデュル捜査官シリーズの「」の次の作品です。このシリーズはいつも、周囲にとっては終わってしまったように見える過去も、本人や身近な人にとっては終わっていないということを突きつけてくるように感じますが、今回も冒頭からそれを感じました。1970年前後に殺され、ロシアの盗聴器という重し付きで湖に沈められた中年男性の白骨が、アイスランドのある湖の水位がさがったことにより発見されるところから始まっているためです。

 その殺人事件と並行して語られるのは、第二次世界大戦後、まだ戦争の爪痕が生々しかったころ、奨学金を得てアイスランドからライプツィヒに留学した青年の学生生活です。青年は、大学で知り合ったハンガリー出身の女性と恋に落ち、幸せな日々を過ごしていましたが、それは共産主義独特の監視社会のなかでのことです。自分の眼を信じ、自分の頭で考え、自らの力で未来を切り開こうと考える人たちにとって幸せな環境ではありません。そうして悲劇が生まれました。

 最後の最後まで、青年の学生生活と殺人事件がどう結びつくのかわからず、なぜロシアの盗聴器という特殊な重しが使われたのか疑問に思いながら、最後まで一気に読んでしまいました。すべての謎が解けたとき、事件を解決する警察小説として上出来だと思うと同時に、「一九八四年」を読んだときに感じた監視社会の恐ろしさを思い出しました。

 わたしたちには忘れられないこともあれば、忘れてはいけないこともあるのだと、あらためて思いました。
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