2016年11月11日

「逆さの骨」

20161111「逆さの骨」.png

ジム・ケリー (Jim Kelly) 著
玉木 亨 訳
東京創元社 出版

「水時計」「火焔の鎖」に続くシリーズです。主人公のフィリップ・ドライデンの妻ローラがどうなったのか気になっていたはずなのに、第三弾の出版を見逃していたらしく、友人から第三作を読んだと聞き、早速読みました。

 一番気になっていたローラですが、彼女の両親が住むイタリアに行く段取りを進めているという描写から、全快とはいえないものの、数時間ならベッドを離れられる状態まで戻っていることがうかがえます。前作で登場したCOMPASSという機会を使って、外部とメールをやりとりしたり文献を検索したり、ドライデンの調査を手伝うところまで回復していました。

 ただ、装置や看護は必要で、そうした妻をもつフィリップの負担や気持ちの変化が、今作でも巧妙に描かれていました。逃れられない現実や束縛、逃れたいと思う本音、本音を肯定できない苦しみ、そういった割り切れないものが、リアルに伝わるよう描かれていて、ミステリ以外の面でも満足できる作品です。

 暗い印象が残りがちなこのシリーズですが、今作では、自立心溢れる老齢の女性がドライデンや周辺人物の優しさに救われる部分があり、読後感は悪くありませんでした。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月30日

「日曜哲学クラブ」

20160730「日曜哲学クラブ」.png

アレグザンダー・マコール・スミス (Alexander McCall Smith) 著
柳沢 由実子 訳
東京創元社 出版

 いわゆるコージーミステリに分類される作品だと思うのですが、コージーミステリによく見られるパターンには当てはまらない作品です。殺人嫌疑をかけられて素人探偵が動き出すわけでもなく(そもそも殺人事件と見なされていない)、素人探偵が果敢に調査に食らいつくわけでもなく(倫理や道徳のあれこれを思索するタイプで、行動的とは言いがたい主人公)、警察関係者やプロの探偵が登場するわけでもなく(したがって素人探偵が彼らと張り合うこともできない)、きわめて静かなタイプのミステリです。

 しかもタイトルにある日曜哲学クラブなるものも、陰らしきものは感じられても、実体は見えず、女性哲学者である主人公以外のクラブメンバーも登場せず……。登場人物がきわめて少ないタイプのミステリです。

 わたしが心配することではありませんが、これでシリーズが続けられるのか、少しばかり気になりました(原作では、すでに5作発表され、次作の日本語訳も決定していますが)。訳者あとがきによると、スコットランド、特にエディンバラの雰囲気を楽しむ作品のようなので、それらに詳しい人は、堪能できるのかもしれません。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月24日

「アルケミスト」

20160624「アルケミスト」.png

パウロ・コエーリョ (Paulo Coelho) 著
山川 紘矢/山川 亜希子 訳

 読書会イベントで実施された本のプレゼント交換でいただきました。スピリチュアル系小説なので、どちらかといえば苦手な分野ですが、羊飼いの暮らしぶりや旅の描写が思いのほか魅力的で、するすると読めました。

 25周年記念の特別装丁であることも、この本がプレゼント交換に選ばれた理由のひとつかもしれませんが、サンチャゴという主人公の少年が周囲に導かれ素直に自らと向き合う姿に、温もりを感じました。モノと情報に溢れた現代に生きるわたしたちは、溢れかえったモノや情報に振りまわされ、自分と会話することを忘れているのではないかというメッセージを込めてプレゼント交換に選ばれたのかもしれません。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月23日

「ミリオンズ」

20160623「ミリオンズ」.jpg

フランク・コットレル・ボイス (Frank Cottrell Boyce) 著
池田 真紀子 訳
新潮社 出版

 少し古い本なので、設定も少し古く、通貨にユーロが導入される直前に焼却処分される予定の古い貨幣が盗まれ、その一部がひょんなことからある少年に渡り、あれやこれやのハプニングが引き起こされるというものです。

 その大量の紙幣を拾った少年は、ダミアンという小学五年生で、ありとあらゆる聖人に精通しているものの、まったく空気を読めない風変わりな子です。そしてダミアンの兄アンソニーも弟に負けず個性的で、家を帰る場所だとか住処とかではなく優良資産と捉えるような現実的な子です。

 そんな対照的な兄弟が、ああでもないこうでもないとお金の使い道を考える場面には、ときおり耳が痛くなるような風刺がきいていることもあったり、ハチャメチャなようでいて考えさせられることもあります。映画化されたそうですが、映像のほうがハチャメチャぶりのインパクトが大きくなって、より楽しめたのではないかと思えた作品です。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月09日

「地球の中心までトンネルを掘る」

20160609「地球の中心までトンネルを掘る」.png

ケヴィン・ウィルソン (Kevin Wilson) 著
芹澤 恵 訳
東京創元社 出版

 以下が収められている短篇集です。

−替え玉
−発火点
−今は亡き姉ハンドブック:繊細な少年のための手引き
−ツルの舞う家
−モータルコンバット
−地球の中心までトンネルを掘る
−弾丸マクシミリアン
−女子合唱部の指揮者を愛人にした男の物語(もしくは歯の生えた赤ん坊の)
−ゴー・ファイト・ウィン
−あれやこれや博物館
−ワースト・ケース・シナリオ株式会社

 揃いもそろってみな、現実味の薄い設定でありながら、描かれている心情としては、部分的に強く共感したり、納得できたりする作品ばかりです。

 たとえば、「地球の中心までトンネルを掘る」では、3人の若者が身近な道具でどんどんトンネルを掘るのですが、実際そんなことはできそうにありません。でも、その3人の若者が、それぞれカナダ史で、ジェンダー学で、モールス信号の研究で学位を修めたものの、社会に出て経済的に自立するために必要なことは学んでこなかった事実に大学を卒業して初めて気づき、自分自身をもてあます心情には寄り添えます。また、教育機関と社会生活が乖離している不条理さも理解できます。

 こういう滑稽な状況設定とリアルな心理描写は、終始現在形で語られる文体と妙にマッチしていて、独特の臨場感が感じられ、楽しめました。
posted by 作楽 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする